第13話 旅立ちは宴の後のようで

「これで終わりか」

 マホちゃんが意識を取り戻した。

 ウォーウルフはまとめて食料になった。

 旅の仲間が三人揃った。

 当初の目的は果たされたと言えるだろう。

 だがこれで一件落着させてはいけない。

「あっちを何とかしないとな」

 壇上の戦いは終わったが、広場の戦いはまだ続いていた。

 村人同士の同士討ちである。

 あれをどうにかしないとすっきりしない。

「あれはどうしようもないの?」

 カクさんが首を縦に振った。

 どうしたもんかね。

 カクさんの呪い。

 これをどうにかできれば晴れて一件落着だ。

 少し考えてみるか。

 有効範囲はカクさんの声が届く範囲。

 意識の無い人間には効かない。

 解呪は不可能。

 これ、本当なのか?

 情報源は全てカクさんだ。

 あくまで主観での話でしかない。

 ここはその外の世界。

 何かヒントがあるんじゃないか。

 例えばシン。

 あの神様野郎、俺の世界が危なくなるから俺に力を与えるとか言っていた。

 そもそも俺の世界の何とかさせたいのなら、俺に力を与えて終わりのはずだ。

 じゃあなぜ俺は旅をしなくてはいけないんだ。

 そこに何か意味があるはず。

 三人。

 異世界。

 力。

 境遇。

「…ふむ」

 さっぱり分からん。

 ただ何かあるのは間違いない。

 勘がそう言っている。

「マホちゃん」

「むが?」

 必死にウォーウルフに齧り付いていたマホちゃんが頬を目一杯に膨らませてながら反応した。

「魔法で村の人間の意識を奪う事は出来る?」

「相手が人間で、しかもこの規模は残念だけど無理ね。そんな芸当、普通の魔法使いに求めないでよ。効果が均一な魔法を同時に複数展開するなんて繊細な作業、普通の魔法使いには無理よ」

 んぐんぐんぐと咀嚼して肉塊を呑み込んでから言った。

 確かに。

 そんな繊細な事は無理そうだもんな。

 気は進まないが、俺が何とかする以外に方法はなさそうだ。

「カクさん。マホちゃん。そこの三人を壇の下に集めて」

「何をするのよ。危ないじゃない」

「まあ良いからさ」

 そう言って白目を剥いて放心しているゴンベエと意識のないスローンとハナさんを壇から降ろしてもらう。

「さて、どうしようか」

 ダメで元々。

 失敗してもしょうがない。

 それでも敢えて考えよう。

 要するに寝ている相手には効果がないって事だろ。

 それは聞こえなければ問題がないという事か。

 いや。

 寝ていると言っても外界の刺激は常に受けている。

 声は届いているはずだ

 条件はそうじゃない。

 聞いたという認識が発動条件か。

 そこを消してやれば良い。

 聞いたという認識を消す。

 記憶を消せば良いのか。

 丁度良い魔法思い付いた。

 でもこれは嫌だな。

 やりたくないな。

 でも思い付いちゃったもんな。

 他に方法なんかないよな。

 …。

 やるか。

「行きます」

 ああ。

 嫌だな。

 本当に気が進まない。

 でもやんないとな。

 溜息。

 覚悟を決めて魔法を発動させる。

「ノミカイゴ!」

 強制的に対象を二日酔い、そして健忘症にしてしまう魔法。

 恐ろしい能力だが、真に恐ろしい所は別な所にある。

「何これ! くっさ!」

 そう。

 この魔法にかかった人間は酒臭くなるのだ。

 そりゃあ飲み会後だしね。

 村人全員にこの魔法をかけると必然的に村中が酒臭くなる。

 予想はしたが、これは酷い。

 思わず吐きそうになる臭いだ。

「我ながら恐ろしい魔法を思い付いたものだ」

「うるさい! しょうもないにも程があるわ! 何とかならないの?」

「無理。だってこれはそういう魔法だから。アルデヒドが分解されれば臭いも治まる」

「うええ。じゃあ早く出発しましょうよ。ここにはもう用もないんだし」

「そうすっか」

 カクさんに視線を送るとカクさんはただ頷くだけだった。

 そこから何かを読みとる事は出来ない。

「気に病むなよ」

 カクさんはやはり頷くだけだった。

 ただ、文句を言うように小突かれた。

 痛かった。

 宿に置いてあった荷物を取ってからすぐに旅を始める事にした。

 俺がこの村にやって来た時に使った門から村を出る。

 相変わらず長閑な風景が広がっている。

 歩いてしばらくすると風が吹いた。

 そよ風ほどのものだが、それによって草が揺られて青い匂いが鼻孔をくすぐる。

 何も知らないのであればとても居心地が良い。

 あの村の真の顔を知った後だとあまりぞっとしない。

 スローンは、あるいはゴンベエは何を思ってウォーウルフを使って盗賊のような事をしていたのか。

 生ぬるい世界に浸っていた俺にはどうも実感が沸かない事ではある。

 想像するに、答えはきっと生きるためだ。

 自分達が生きるために他の何かを犠牲にしてきたのだろう。

 その中で生きてきた彼らにとってこの場所はどういった意味を持っていたんだろう。

 この風景は罪悪感で打ちのめされた心を慰めるためのものだったのだろうか。

 振り返って村の方を見る。

 遠くから見ると何の変哲もない場所だ。

 あるいはもしかしたら…。

 止めだ止めだ。

「俺には関係のない事さ」

 そうとも。

 何も関係ないのさ。

 所詮、俺は旅人。

 一時だけ身体を休めるためにあそこを立ち寄ったに過ぎない。

 それにこんな事、どこにいたとしても少なからずある事だ。

 よく見れば分かる。

 それを知らないのはただそれを見ようとしていないだけ。

「ああっ!」

 マホちゃんが何かを思い出したかのように素っ頓狂な声を上げた。

「どうした?」

 本当にどうしたんだよ。

 せっかくおセンチになっていたのに。

 雰囲気ぶち壊しだよ。

「どうしたじゃないわよ。ローブよローブ! 置いてきちゃったじゃない!」

「ああ。そう言えば」

 小屋から取ってくんの忘れたや。

「知ってるの? 教えて!」

 ウォーウルフが飼われていた小屋に会った事を教えるとマホちゃんはそのまま村の方へ引き返して行った。

「うわぁ。めっちゃ速い」

 俺も一緒に行った方が良いよな。

 二日酔いにさせているとは言え、スローンなんかそんなのお構いなしな気がする。

 マホちゃんなんか野兎みたいに瞬殺されるに違いない。

「あれ? カクさんどうしたよ」

 カクさんは何か気掛かりがあるような顔をしてマホちゃんが走って行った方を見ていた。

「俺も忘れ物」

「あ、もしかしてあの球?」

 そう言えばあれも宿の裏に置きっぱなしだった。

「ああ。あれも機竜だ。便利だが、厄介な事に回収しないと再利用できない」

「じゃあ行ってきなよ。マホちゃんが心配だし、代わりにあの子を見ていてやってくれ。俺はここで待ってるからさ」

「そうか」

 そう言うとカクさんも物凄い速さで村の方へ行った。

「留守番か」

 この調子だと、合流するまで二十分くらいかな。

「よし。寝よう」

 疲れた。

 良い感じに木陰が出来ている場所を見つけたのでそこへ行って横になる。

 目を瞑る。

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