第11話 捕まっちゃった

 振り返るとスローンがいた。

 いつもと変わらぬ調子で尋ねてくる中、両手に握られている大ぶりの包丁が異彩を放っている。

 腰には更に長い包丁、いや剣と呼ぶのが相応しい刃物がぶら下がってる。

 握られた包丁は普段、家畜を捌くための物なのだろう。

 随分と使い込まれているように見える。

 しかし困った。

 スローンの気配にカクさんが気付いた様子はない。

 ということは相当の手練れなのだろう。

「知ってるか? 人間って不味いらしいぜ。どうせ捌くならこのウォーウルフなんかどうだ?」

 軽口を叩いてみてもスローンは眉一つ動かさなかった。

 どうするべきか考えながらスローンと睨み合っていると、スローンの背後に人影がある事に気が付いた。

 ハナさん。

 それにマホちゃんもいる。

 薬でも飲まされたのか、ぼんやりと立っているだけだ。

 いつもの威勢がない。

 トロンとした目つきをしたまま下を向いている。

 そんなマホちゃんをハナさんが抱きかかえているような形だ。

 彼女は意識のまいマホちゃんの首に手を当てている。

「やっぱりあんたもそうなのか」

 今のハナさんに表情はない。

 ただ虚ろな目をこちらに向けるのみだ。

「カクさんの前でカクさんが悲しむ事をするのかい」

 言うとハナさんは反応を示したが、異変に気が付いたスローンが目配せをするとぶるぶると体を震わせた。

「動かない方が良い。下手に動けばこの娘を捌く事になる」

 そう言ってスローンは包丁をマホちゃんに向ける。

 ハナさんの手に包丁が当たり、鮮やかな赤が一筋流れた。

 するとハナさんの震えが止まり、意識してカクさんの存在を消し去るように目線を手から流れる赤い筋に向けた。

 現状、取る手立てはない。

 歯噛みをする事しか出来なかった。

 どれだけ神に与えられた力を持っていてもできない事はある。

 マホちゃんを助けられない今の状況なんか、まさに良い例だ。

「ここでお前達を捌いてウォーウルフの餌にしても良いんだが、ゴンベエが広場まで連れて来いとうるさいんだ。大人しく来てもらう」

 選択肢がない。

 カクさんを見る。

 首を横に振るとカクさんが頷いた。

 今は従うほかない。

 スローンが先導する形で連行される。

 ハナさんが最後尾で俺とカクさんを監視していた。

 捕虜の気持ちを味わいながら、村の中の広場までやって来ると、村人が勢揃いで俺達を待っていた。

 別にそんな風に待ってもらわなくても良かったのに。

 これから祭りでもあるのか。

 そんな軽口を叩きたくなった。

 村人からすれば今から俺達の処刑という名の祭りが始まるのだ。

 皮肉にも程がある。

 人だかりの前に放り込まれる。

 それに合わせて村人が輪を作る。

 完全に囲まれた。

 辺りを見渡す。

 俺達を囲んでいる人間の手にはもれなく武器が握られている。

 その様子を見ると、やっぱり村中がグルだったのだと知った。

 ウォーウルフを飼って人を襲わせる。

 人を襲って持ち物を奪う。

 相手が相手なら捕まえてどこかに売り出す。

 使えなくなったウォーウルフは解体して金にする。

 そんな所か。

 えげつない。

 しかし、効率的な金の稼ぎ方とも言える。

 将来の参考にさせてもらおう。

「しかし、初っ端から嫌な所に来ちまったな」

 それもこれもシンが悪い。

 あの野郎、元から俺達をここに集めるつもりだったな。

 次に会ったらフルボッコだ。

「ユウさん」

 人の輪の外。

 演説壇のような少し高い所に村長がいた。

 スローン親子と意識のないマホちゃんもそこにいる。

「貴方は知り過ぎた」

 村長は嘆き悲しむように言った。

「おいおい、何の事だ?」

 隠すつもりは無かったが、とりあえずうそぶいてみた。

「この小娘の事ですよ」

「え?」

 マホちゃん?

 何の事?

 何も知らないよ?

 いや、マジで。

「貴方がやって来た日の事だ。村の者がこの娘を連れてきましてね。見たところ良い値が付きそうだった。これは稼げそうだとその日は喜んだものです。ああそうそう、何でも道端で気持ち良さそうに寝ていたのを連れてきたとか。あまりにも寝つきが良くて楽だったと言っていましたよ」

 村長は面白そうに言った。

 マホちゃん。

 それは無防備すぎるよ。

「それに合わせるようにユウさん。貴方が来ました。それもウォーウルフを狩ったと言って。驚いた。ただの人間がウォーウルフを四頭も狩るなんて信じられない。ただ、その様子を見ていた者が言うには魔法の装備を持っていると言うじゃないか」

 シンに与えられた装備の事だな。

 神の装備だよ。

 急に現れたり消えたりすれば魔法の装備に見えなくもないだろうけど。

「ピンと来た。高く売れると。だからウォーウルフが死んだ分の損失をその装備を頂いて補償してもらおう。そう思いました。だからその翌日、貴方をシンピノ森に行かせた。そこで村の者の手に掛かってもらおうと思った訳ですね。ただ、これも上手く行かなかった。この娘が我々の知らぬ内に脱走してシンピノ森に逃げ込んでいたのです。しかもそこで貴方達は意気投合をした。その上、商品として売ろうと考えていた娘が実は魔法使いだった事まで分かった。想定外も甚だしい」

 あの戦闘が意気投合した風に見えるんだったら、お前らの目は節穴だな。

 村長が思わせぶりに大きく溜息を吐く。

「ユウさん。貴方、森の事で嘘の報告をしましたね。私はね、恐ろしかったんですよ。貴方に私達がしてきた事がばれた上、売ろうとした魔法使いの娘と手を組んでしまったのだと知ってね」

「こんな目に遭うのなら嘘の報告なんかしなかったぜ」

 本音だからね。

 そもそもあの時点では何も知らなかったんだ。

 あの時の嘘がこんな大事になるなんて知っていたら、俺は迷わずマホちゃんを森を荒らした犯人にしたのに。

「ただ、これは逆にチャンスでもあった。魔法使いの娘、器量は良いし実力もある。商品としては一級品だ。貴方の装備も中々の値打ち物と見える。急を要するが、万事上手く行けば一攫千金。そう考えました」

「それでカクさんがやって来た所を見計らって俺達を分断したと」

「ええ。そこの大男の到来も想定外だったが、しかし作戦開始のチャンスでもあった」

「確かに。おかげで俺達は今、こうして捕まっている。マホちゃんもあんた達の手の中だ。作戦成功じゃないか」

「そう。これでようやくウォーウルフの損失が賄える」

 村長が不敵に笑った。

「貴方達も運が悪かった。だから最期はせめてもの餞別を差し上げます」

 村長が手を叩くと、輪に亀裂が入った。

 そこをハナさんが通る。

「村一番の美人にして指折りの猛者。彼女の手に掛かるのなら男としては本望でしょう」

 ベッドの上で彼女の手に掛かるのなら本望なんだけどなぁ。

 手取りナニとり介錯されるのなら最高だ。

 ただ、こうやって文字通り介錯されるのは御免こうむりたい。

「カクさん」

 声を掛けるとカクさんがこちらを見た。

「カクさんの声はどこまで届くの?」

 カクさんは首を傾げた。

「眠った相手には届くの?」

 カクさんが目を見開いた。

 こちらのしたい事が伝わったようだ。

 そして首を横に振った。

「そっか」

 ハナさんは一歩、また一歩と確実にこちらとの距離を詰める。

 そして俺達は対峙した。

「ハナさん。止めるなら今だ。今ならまだ間に合う。俺達をキレさせたらダメだ」

 うーん。

 悪役が言いそうな事をさらりと言ってしまったぞ。

 もっと格好良く説得するつもりだったんだけど。

「ユウさんこそ、止めるなら今の内ですよ。最期くらい潔い方が男らしいと思います」

 あれ?

 それは普段は男らしくないって事かな?

「私は村のために生きています。土地を切り拓いて村をここまで村を大きくしたのはお父さんとゴンベエさん。あの人達のために生きると決めたの。悪い事だって事は知っています。でもお父さん達がやると言ったのなら、私はそれに従います」

 ハナさんがカクさんを見つめた。

「それが例えお慕いする方をこの手に掛けるのであったとしても」

 それは大層な決意だ。

「つまり俺達を殺すと?」

 ハナさんは静かに頷いた。

 この様子じゃ何を言っても無駄なのだろう。

 分かっていた事だけど、説得は失敗だ。

 そもそも説得なんて形にすらなっていなかったけど。

 好きな人を殺す。

 辛い決断だ。

 でも俺には分からない。

 どれだけ辛くても苦しくてもやらなければならない事がある。

 そう言って何かを成し遂げようとする人がいる。

 綺麗だ。

 美談だ。

 でもそれは本当にする必要があるのか。

 それが結果的に失敗に終わるとしたら尚の事。

 楽して最終的に成功できるならそれで良いじゃないか。

 苦しい思いをしなくて済むならそれで良いじゃないか。

 辛いならいっその事、逃げてしまえば良いじゃないか。

「残念だけど、俺達が負けるビジョンが見えない」

 どうあっても俺達が勝つ。

 これはきっと確定事項だ。

「それは凄い」

「ハナさん。俺はね、楽して成功するならそれで良いと思うんだ」

「何の話をしているのですか」

「まあ聞けって」

 そう。

 聞いてくれ。

 これからあんた達の生活を壊す男の話だ。

「苦しいなら逃げれば良いじゃないか。辛いなら目を逸らせばいいじゃないか。どれだけ頑張っても、一生かけても成功しない事もある。絶対に勝てない相手に戦いを挑む必要はない。俺達と戦わない代わりに村を守れるなら、好きな人間を殺そうとするくらいなら、ウォーウルフの四頭くらい安いもんだ。違うかい」

「この状況で随分と上から目線なのですね」

「だって勝つから」

「そういう上から目線の方って好きになれません。死んでその性格を直してきてください。そうすれば私、貴方と一緒になっても良いわ」

「そりゃあ残念だ」

 カクさんに視線を送る。

 カクさんは逡巡していた。

「良いんだよ。解き放ってやろうぜ。ハナさん、一目惚れだってよ。カクさんの呪いのせいじゃない。だから良いんだ」

 そうじゃないんだよな、きっと。

 俺とカクさんの会話をハナさんは聞いていたはずだ。

 カクさんもそれは分かっている。

 でも言うぜ。

 きっと俺のこの気持ちもカクさんは分かっている。

 それを承知で俺は言う。

 他ならぬ俺達が生きるために。

「悪いけどさ、俺はここで死にたくはないんだ。俺達がやろうとする事は褒められる事じゃない。カクさんのしたくない事かもしれない。でも最悪じゃないはずだ。カクさん、あんた何のためにこの世界に来たんだ? そのためには苦しい事もしなくちゃ。やってみろよ。俺にも何かできるかもしれない」

 矛盾してるかい?

 それでも良いじゃん。

 俺みたいにシンから何か面倒くさい使命を押し付けられたんじゃないのか。

 それに首を縦に振ったから今があるんじゃないのか。

 カクさんが目を瞑った。

 そして目を開ける。

 目が合った。

 これはやる男の目だ。

 確かな意思が宿っていた。

「ハナさん」

「何ですか」

「悪いね。反撃と行かせてもらうぜ…変身」

 装備を展開する。

 立ち上がる。

 俺達を囲む村人が殺気立った。

 揃って武器を持ち上げられると怖いんだけど。

「ユウさん。この娘がどうなっても良いのかな」

 余裕の表情で村長が悠然と言った。

「良いね。どうなっても」

 村長の眉が露骨に歪んだ。

 売りに出すんだろ。

 だったら殺せないよな。

「さあカクさん。言ってくれや!」

 カクさんは立つと一歩前に出た。

「俺の声を聞け!」

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