第9話 空から大男が降ってきた
隕石が落ちたのはシンピノ森の方向だった。
現場へ向かうと、既に村民がいた。
隕石が落ちた場所に人だかりが出来ている。
奇しくもそこは昨日マホちゃんが焦土に変えてしまった場所でもあった。
「ちょっと失礼」
ラッキー。
そんな事を考えながら村民の群れを掻き分け隕石が見える位置まで進む。
ラッキー。
再びそう思った。
「こりゃ来て正解だ」
俺の後を必死に着いて来たマホちゃんは息を切らしているせいで、まともに話せないでいる。
その様子を尻目に隕石が降った場所を改めて見つめる。
隕石が降って来た場所。
男がいた。
どこかの民族衣装を思わせる服を身に纏っている。
近くには男の身体を覆えるくらいの金属球が破損して転がっていた。
これで異世界人じゃなかったら誰が異世界人なのかと思わせる風体だった。
三人目の仲間だ。
そう確信した。
「スローン」
すぐ近くに知った顔を見つけて声を掛ける。
「金ならウォーウルフを狩った時の金から引いて良い。とにかくこの男を保護してくれ。至急だ」
スローンは頷くが、なかなか倒れている男の元まで近寄ろうとしなかった。
どうしたのかと思って気が付いた。
熱気が凄まじく、容易に近寄れないのだ。
あいつ、無事なんだろうな。
人間が空から降って来て、常人ではとてもではないが耐えられない熱の中に倒れている。
シンが寄越した奴なら大丈夫なんだろうが、それでも不安になる。
「マホちゃん」
「な、なによ…」
ぜぇぜぇと荒い息をしながらもマホちゃんが答える。
「あそこの熱くなってる所を冷やしてくんない?」
「自分でやんなさいよ」
「俺の使える魔法じゃそんな事は出来ないよ」
「ほんと、つかえない…。ふうぅ」
何度か深呼吸をして息を整えるとマホちゃんは呪文を唱えた。
「彼方より此方へ。クロ」
魔法陣と共に黒猫が現れた。
「勇者。報酬に今晩、スライムを寄越しなさい」
どんだけ食い意地張ってるのさ。
「空に等しき小さな者」
マホちゃんが本格的に呪文を唱え始めた。
「生ける者の息吹を奪え。代わりに豊穣を。この地に巡りを」
一瞬、身も凍るほどの冷気を感じたが、それはすぐに暖かな風に変わった。
「これで大丈夫でしょ。森もすぐに緑に覆われるわ」
昨日、自分がしでかした事を後ろめたく思っていたのか、マホちゃんは隕石周辺の熱を取り除く事に加え、森を再生させるような魔法を使ったようだ。
男が降って来た周囲の熱がみるみる内に冷めていく。
「スローン。頼むよ」
スローンは頷くと、近くにいた村人に声を掛け、倒れている男の介抱を始めた。
「やるじゃん」
「当然よ。これで森を焼いた事もチャラよね?」
どこか期待を込めた目でこちらを見上げるマホちゃんを見ると虐めたくなってくる。
「どうだろうね。自分で壊して、それを直してもすぐに元に戻らないんじゃ意味ないよね」
「えっ…ああ、そうか。確かに」
どこかで腑に落ちたのか、マホちゃんは俺の意地悪を素直に受け止めてしまった。
「え、ああ、いや。まあ、でも罪悪感を覚えているのなら、大丈夫さ。許してくれるよ」
こうもすんなりとしょぼくれられると逆にこっちが申し訳なくなる。
「本当? なら良かった」
うん。
良い笑顔だ。
「おおい」
スローンの声をした。
「大丈夫だ。生きてる。ハナの宿に移すぞ。この球はどうする」
「お願い」
流石に死んでないか。
俺もスローン達に加わり、村まで男と金属球を運ぶのを手伝う事にした。
えっちらおっちら歩いて村まで帰ってくる。
金属球は宿の裏に置き、男を宿の一室まで担ぎ上げる。
「不思議だが怪我もない事だし医者はいらないだろう。その内、目を覚ます」
そう言うとスローンは引き下がった。
「随分と賑やかになりますね」
水の張ったたらいとタオルと持ってきたハナさんが嬉しそうに言った。
「急に三人の面倒を見る事になって忙しくないですか?」
「これまでが暇だったから全然。でも食事の下ごしらえがちょっと大変かな」
「良いですよ。俺はここで看てるんで」
「じゃあお願いしますね」
そう言うと、ハナさんが部屋から出て行った。
「さて」
俺はベッドに眠る男の頬を軽くはたく。
「起きてるのは分かっている。目を開けろ」
ベッドに寝ていた男が目を開けた。
そう。
この男、ずっと意識があったのだ。
森で倒れている時からずっと。
何だか分からなかったが、男を運んでいる時に妙に軽かったのを覚えている。
筋肉も動き続けていたのも感じた。
俺達の負担にならないように力を入れたり抜いたりしていたのだろう。
「あんた、シンに呼ばれた異世界人か?」
男は起き上がると、周囲を見渡す。
「お前もそうなのか」
部屋に俺しかいない事を確認すると男が聞いてきた。
「ユウだ」
「カクだ」
「カクさんね。よろしく。ちなみにもう一人、魔法使いのマホちゃんってのがいる」
「そいつは女か」
「男か女かと言えば女だ」
「そうか。残念だ」
え。
何。
もしかしてホモの人?
「聞きたい事がある」
カクさんは口を開いた。
「な、何?」
思わず尻を抑える。
性癖のカミングアウトは止めてよ。
その気はないからね。
「俺はシンのいる場所まで旅をするつもりだ。ユウはどうするんだ」
「俺も行くよ。早く自分の世界に帰りたい」
「マホって子は?」
「帰らなくても良いとは言っていたけど、旅をするつもりはあるみたいだった」
「そうか。じゃあ始めに言っておかないといけない事がある」
生唾を呑み込む。
これは覚悟を決めた方が良さそうだ。
「機竜って知ってるか」
「機竜?」
カミングアウトでなくて安心したが、代わりに耳慣れない言葉が登場した。
「機竜ってのは俺がいた世界にいる怪物の事だ」
「それが?」
「俺達は機竜を倒すとその機竜の力を得る事が出来る」
随分なファンタジーな設定だ。
しかし要領を得ない。
「それで?」
「機竜の力は絶大だ。一体の機竜を倒すだけで三〇〇の兵に匹敵すると言われている」
「それは凄いな」
「ただ」
「副作用もある訳だ」
カクさんはそこで頷いた。
話からすると当然の流れだな。
「呪いと俺達は読んでいる」
「カクさんも呪われていると」
「そうだ。一つや二つではない」
「それだけ機竜を倒したって事か。安心して旅が出来るな」
「そんなに盛り上げようとしなくて良い」
さいですか。
「ここでその話をするって事は女絡みで何か呪われていると」
「話が早くて助かる。女が俺の声を聞くと俺に惚れる」
「何それ」
めっちゃ羨ましい。
それは呪いじゃないだろ。
「沢山の女が俺に惚れる。そうすると俺の近くにいる男が邪魔になって、その男を殺す」
「え?」
「そして俺に群がって来た女同士が争い始める」
「は?」
「最終的には俺以外誰も残らない」
「何それ」
めっちゃ羨ましくない。
それは呪いだわ。
「だから仲間に女がいる以上、そいつがいる前で俺は一言も喋らない。それは分かっておいてほしい」
「まあそれは良いだけど。カクさんも大変だな」
「慣れたよ。それよりも呪いの事を教えられない事の方が辛い」
どこか影のある表情だった。
「呪いの事、全部俺に話してもらっても構わないけれど、だからと言って俺は何も出来ないぜ」
「分かってる。それは俺自身が一番分かってるんだ」
よっぽど痛い目に遭って来たんだろう。
何だか、同情したくなってくる。
でもそれはきっと、とても失礼な事だ。
だって俺はカクさんの痛みなんか知らないから。
「異世界に来て、しかも旅をする事になったんだ。少しは気楽にやったらどうだ? 究極、俺達三人は赤の他人だ。俺達なんかどうなっても構わないと思って過ごしてみるとかさ」
そう思ったから、俺はそう言った。
「鬼みたいな事を言うんだな」
「そんなに人間が出来てる訳じゃないからな。俺も好き勝手にやってみるのも良いかなって思ったんだ」
単にマホちゃんに影響されただけだけど。
「そういう事ならマホちゃんには俺の方から教えるけど、良いか?」
「そうしてくれるとありがたい」
「それより体は大丈夫か?」
空から降って来て平気と言うのもそれはそれで怖いけれど。
「大丈夫だ。並みの人間よりも丈夫に出来ている。明日には回復しているだろう」
「頼もしい事で。マホちゃんと話してさ、明日には出発しようって言ってたんだ。大丈夫か?」
「大丈夫だ」
食料は買い足さないといけないな。
「それじゃ、飯食う?」
「良いな。腹減ったし」
「この世界、スライム食べるんだぜ」
「スライムって何だ?」
「そっか。スライムの概念も無い世界もあるのか。スライムってのは青いぶよぶよした肉だ」
「青いぶよぶよの肉?」
青い肉はカクさんのいる世界でも存在しないらしい。
「見れば分かる。意外と美味いんだぜ」
二人で食堂へ行くと、ハナさんが既に二人分の皿を用意して盛り付けをしていた。
「あの。体は大丈夫ですか」
ハナさんは料理を盛り付ける手を止め、カクさんに駆け寄った。
あまりにも心配なのか、ハナさんはカクさんの手を取っていた。
羨ましい。
俺もウォーウルフに手こずってかすり傷でも負えばこんな健気に心配をしてくれたのだろうか。
「ああ、その、あれだ。どうも喉が悪いみたいで上手く話せないらしいんだ。体はとりあえず大丈夫みたい」
「そうなんですか。あ、すぐに用意しますから」
席に座ると、次々に皿が並べられる。
「さあ。召し上がれ」
「頂きます」
三日目ともなると流石に飽きてくるが、それでも美味い物は美味い。
「お口に合いますか?」
ハナさんがメスの顔をしながらカクさんに聞いている。
何だ。
ハナさんってカクさんみたいな筋骨隆々の大男が好みなのか。
女は父親が好みのタイプだと言うし、スローンの娘なら仕方ないのかもしれない。
「羨ましいなぁ」
「え?」
「え?」
あ。
声に出てた?
「いえ、何でもありません。美味しいですね。スライム」
やべえ。
恥ずかしい。
ハナさんも赤面して厨房の方へ逃げるようにして去って行った。
「そんな澄ました顔してこっちを見るんじゃない」
カクさんが無言でこちらを見つめながらスライムを頬張っている。
「それにしてもマホちゃん遅いな」
話題を変えるように言ってみても、カクさんが声を発しない以上俺の独り言になってしまう。
何だろう。
何をしても恥ずかしくなってしまう。
もういい。
食べよう。
何も話さずに食べよう。
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