第8話 隕石は突然に
異世界生活三日目。
今日もハジマーリは穏やかな晴天に恵まれた。
昨日と同じように井戸で顔を洗う。
食堂へ行くと、マホちゃんが既に食事をしていた。
「おかわり!」
はーい、とハナさんがマホちゃんの要求に応えている。
「何枚目?」
席に着き、聞いてみる。
「二枚目よ。そんなに食べてないもん」
朝からよくそんなにスライムを食べられるものだ。
「質素倹約はどこに行った」
「そんなもの、国立魔法学院に置いてきたに決まってるじゃない。旅が終わるまでは自分に正直に生きるって決めたんだから」
「これ以上正直になってどうすんのさ」
「何か言った?」
「イヤベツニ」
「おはようございます」
ハナさんが皿を何枚か腕に載せながら声を掛けてきた。
器用なものだ。
「おはようございます」
「朝食です。どうぞ召し上がれ」
「どうも」
メニューはやはり昨日の朝に食べたものとほとんど同じだった。
違ったのは、スライムのステーキが野菜の煮込みになっていた事だ。
「すいません。あまりにも良い食べっぷりだからつい出し過ぎてしまって」
ハナさんがマホちゃんの皿を取り換えながら申し訳なさそうに言った。
「ふーん。で、何枚目?」
「に、二枚目よ」
「実際は?」
「二枚目だって!」
マホちゃんの後ろでハナさんが手を広げている。
五枚目か。
「朝からよく食べるなぁ」
俺の視線に気が付いたのか、マホちゃんが後ろを振り返った。
ハナさんとマホちゃんの視線が交差する。
ハナさんがばつが悪そうに笑った。
「ご、五枚目よ…悪い?」
マホちゃんが目を泳がせながら言った。
「よく食べる子は嫌いじゃない」
見ていて気持ちが良い。
「そうですよ。清々しいです。晩には特別に大盛りにしますから」
マホちゃんの頬が赤く染まる。
「じゃあ良いじゃない」
「ただ、素直なのが一番だと思う」
マホちゃんの頬の赤が顔全体に伝染する。
「しょうがないでしょ! こんなに美味しい物を作るこの宿が悪いのよ! 悪いのは私じゃない!」
今日も一日、退屈しなさそうだ。
俺の朝食が終わると、マホちゃんが立ち上がった。
「さあ、行くわよ」
もう少しゆっくりしたい所だけど、これ以上ゆっくりしてマホちゃんが食べ物をねだり始めてもハナさんに申し訳ない。
「行くか」
ごちそうさま。
いってきます。
そんな挨拶をしてから宿を出る。
「良い天気」
大きく伸びをしながらマホちゃんが朗らかに言った。
「何から買う?」
「まずは地図」
一昨日にここに来てからずっと行商人がいる場所を目指す。
道すがら歩いていると昨日と同様の視線を感じた。
「おはようございます」
目が合った住人に挨拶をする。
「あ。ああ、おはよう。可愛らしい嫁さんね」
違うって。
別にロリコンじゃないから。
「ねえ。私、可愛いって。えへへ」
マホちゃんも照れないでくれるかな。
身に覚えのない誤解を受けた上にそれがさも当たり前のように彼らが属するコミュニティに伝搬されるとこうも肩身が狭いのか。
もういい。
どうせ明日には発つのだ。
一日くらい我慢してやる。
あの人、ロリコンなのよ。
そんな奇異の視線を感じながら行商人の元へ行く。
「地図が欲しいんだけど」
そう言うと、行商人は愛想よく対応してくれた。
「地図ですか。どの地方の地図が御入り用で?」
「世界地図ってある? ここからグランシオまで行きたいんだ」
「サーラバ地方の地図ならありますが」
「それはここからグランシオまでの道は書いてあるの?」
「はい。サーラバ地方の詳細地図になりますので、どこに何があるかまでばっちりです」
目的の物はないけど、まあ当面の旅に必要な物だ。
ここは買いだな。
「いくら?」
「三〇〇〇ロウになります」
「随分と高いんだな」
「情報は高いんです」
「もう少し勉強した方が良いんじゃない? こんな値段だったら買い手が付かないでしょ。グランシオまでなら人伝にでも場所は分かるはずだ」
「そんな事はないですよ。やはり地図は大切です」
漫画なんかでよく見かける交渉をこんな所で実践する時が来ようとは。
「俺さ、今いる宿が一泊二食で一五〇〇ロウなんだよね。流石に紙切れ一枚、しかもグランシオまでの道しか書いていないのが二泊分な訳はないでしょ」
「そう言われてしまえば確かに高いかもしれませんね。ちなみにお幾らなら購入を検討なさいますか?」
「三〇〇」
ぶふっ、と行商人が噴き出した。
流石に吹っ掛けすぎた?
「そんなに面白い?」
「い、いいえ。そんな事はございませんよ? そうですね…」
行商人はしばらく思案し、やがて数字をぽつりと言った。
「二五〇〇、でどうでしょう」
お約束の始まりだ。
「四〇〇」
それから俺と行商人はしばらく数字の言い合いを続けた。
「もう一声!」
「…一〇〇〇」
行商人が不機嫌そうに言った。
額に青筋が浮かびそうな勢いで顔が引きつっている。
これ以上は無理か。
「買った」
値切りに値切り、地図は一〇〇〇ロウになった。
行商人はこの村とかなり親しくしているらしく、金はスローンから受け取っておいてくれと言うと二つ返事で了承してくれた。
あんだけ値切った上に手持ちがないとか言ったらどうなっていた事か。
まあ地図が手に入ったのならオールオッケーだろ。
早速、買った地図を見る。
確かに色々と詳しく書かれている。
ここには温泉がある。
この峠には魔物が出る。
そんな注意書きが細かい字でいくつも書かれていた。
マップルを思わせる、そんな地図だった。
「ここが今いる場所でしょ。それでここは昨日行った所。えっとグランシオは…」
ぐいっと顔を近づけて、マホちゃんが地図を覗き込んだ。
「ここか。途中に村が三つある。距離的には大体…五日もあれば行けちゃいそうね」
「同感」
大目に見積もって七日くらいか。
「保存食って置いてある?」
行商人に振り向いて聞く。
「はい。取り扱っております」
「じゃあ水を入れるのに使えそうな容器、それから保存の効く食べ物を五日分。それぞれ二人分用意してくれる? 代金が三〇〇〇ロウくらいになるようにして」
「かしこまりました」
行商人が物を用意して渡してくれる。
代金はやはりスローンに預けてある金から引かせてもらった。
量は若干少ないが、良い。
地図と合わせて適正価格と見る事にしよう。
「ねえ、良かったの? ここで全部済ませて」
「良いの、良いの。こっちの方が楽ってもんだ」
「お金はあんたが握ってるんだし、あんたが良いなら良いんだけど」
へえ。
どこぞのお嬢様かと思いきや、意外と庶民的な感覚もあるのか。
「買い出しも意外と早く終わったね」
「お次は失せ物探しと行きますか」
とりあえず家畜小屋を見つけないと。
ローブってどんな感じなんだろう。
「ローブってどういうの?」
「どういうのってあれよ。王立魔法学院のエンブレムが胸に…あ、流れ星」
「は?」
夜でもないのに流れ星なんか見える訳ないだろ。
「マホちゃん、寝言は寝て言おう」
「いや、本当だって。ほら」
そう言ってマホちゃんが指差した方を見る。
青い空の中、赤く走る星があった。
「あれま。本当だ」
流れ星ってあんなに明るく光るんだっけ?
「お願い事しなくちゃ。えっと、えっと…」
何とも可愛らしい事を言っているマホちゃんを傍目に流れ星を眺める。
流れ星に願い事なんてファンシーな文化がマホちゃんの世界にもある事にも驚きだ。
微笑ましい気持ちになりながら流れ星の軌跡を辿る。
随分と長く空に残っている。
尾も引いている。
火球だ。
「ん?」
何だ。
大きくなってないか。
「そうだ。お嫁さんになれますように、お嫁さんになれますように、お嫁さんになれますように」
魔法使いになるんじゃないのか。
いや、そんな事より。
目を擦って、もう一度流れ星を見る。
見間違いじゃない。
確かに大きくなっている。
つーか、こっち来てね?
「マホちゃん! 伏せて!」
そう言って俺はマホちゃんにのしかかるように身を投げた。
必然、マホちゃんは下敷きなる。
「ぐえっ。ち、ちょっと! 公衆の面前で何やってんのよ!」
マホちゃんの怒りも状況を理解するとすぐに収まった。
轟音を撒き散らしながら火球が俺とマホちゃんの頭上を掠めて行く。
直後。
鼓膜が破けんばかりの爆発音と大きな揺れがハジマーリを襲った。
動けなかった。
重いだろうにマホちゃんも何も言わずにじっとしていた。
静寂が戻り、村民が騒ぎ始めてようやく身体を起こす。
「ごめん。大丈夫?」
マホちゃんの手を引く。
「大丈夫も何も、私は礼を言わなくてはいけないわ。ありがとう。助かった」
辺りを見渡す。
火球、もとい隕石はこの村を襲ったようだが、幸いな事にハジマーリに深刻な被害は出なかったようだ。
あったとすれば、隕石の通り道にあった住宅がほんのりと黒コゲになった事くらいだ。
村民がパニック寸前の大騒ぎをしている。
ただ恐怖に駆られてと言うよりも珍しい物を見て興奮しているようである。
「行ってみよう」
「行くの? 野次馬って好きじゃないんだけど」
俺もそこまで好きではないが、それでも行かなければならない。
あの隕石、俺達の方に向かって来ていた。
少なくてもそう取る事が出来る軌道の変化だった。
何かある。
そう判断しておいて損はないはずだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます