第6話 仲間が増えた

 新たな仲間と共にシンピノ森を当てどもなく歩き回ると、大岩が見えた。

 無事に森を抜け、来た道を素直に引き返す。

 ハジマーリは出掛ける前と何も変わっていない。

 どれだけ昼寝をしても誰にも怒られないような長閑な光景が広がっていた。

 マホちゃんと戦闘をした後だと余計に平和に見える。

「この村で合ってる?」

「あの時は暗かったし、よく分からない。ただ、雰囲気は似ている気がする」

「そっか。とりあえず村長の屋敷に行こう」

 マホちゃんを伴って村の中を歩いていると村の人の視線をやたらと感じた。

 行きは一人で帰りは二人。

 しかも泣き腫らした目をした少女を連れているとあれば、この痛々しい視線も頷ける。

「もう少し落ち着かせてから来れば良かったかな」

 とは言えあの森に居続けるのも嫌だし、こればっかりは仕方ない。

「何の話?」

 俺は村人の方を指した。

「マホちゃんが子供みたいにわんわん泣いたせいで俺が何か危ない事をしている奴みたいに思われかけてる」

「誰が子供よ! 私は十五歳。立派な大人よ」

 そこに反応するのかよ。

「ってか十五なの?」

 十二歳くらいかと思った。

「何? 十八くらいにでも見えた? 大人っぽかった?」

 マホちゃんが不敵に微笑んだ。

「十二歳くらいに見えました」

「どこが十二歳よ!」

 ドヤ顔したと思った次の瞬間には怒り出す。

 実にからかい甲斐がある。

 退屈しないな。

「どこがって…」

 強いて言わなくても全体?

「何でおっぱい見てんのよ」

「いや、おっぱいは無いじゃん」

 無乳じゃん。

 おっぱいが無いのがコンプレックスなのか。

 気を付けよう。

 いじる時は特に念入りにいじってあげないと。

「ちょっと、無いって何よ! あるじゃない!」

「いやどこに」

「ここよ! あるでしょ!」

 ささやかな胸を持ち上げて強調しなくても良いんだって。

 虚しくなるだけだろうに。

「膨らんでないおっぱいはおっぱいとは呼ばない」

 せめてハナさんくらいに成長してから言って頂きたい。

「むきーっ! 見てなさい。すぐに大きくなってやるんだから」

 おお。

 むきーなんて言葉がついに出てきた。

 とどまる所を知らないな。

 マホちゃんいじりが趣味になりそうだ。

「おおーい」

 マホちゃんとの楽しい会話の最中、後方からむっさい声が聞こえた。

 スローンだ。

「帰って来たのか。それよりこの子は」

「森に行って拾って来たんだ。これから村長の所に報告しようと思ってたんだけど、大丈夫かな」

「大丈夫だろう。丁度良い、俺も行く」

 スローンが先導する形で村長の屋敷に行く。

 自然とマホちゃんとの会話が無くなった。

 ちらりとマホちゃんを見ると、マホちゃんも俺を見ていた。

 何やら不安げな表情だ。

 人見知りでもする性格なのだろうか。

 それとも俺が裏切るとでも思っているのだろうか。

「大丈夫。何とかするから」

 屋敷にいたのは、俺が村を出る前と同じ面々だった。

 誰も増えず。

 誰も欠けず。

 加齢臭がきつい。

 俺が帰ってくるのをこの場所でずっと待っていたのではないかと思わせる空気だった。

「それでどうだった」

 一番手前に座っているおっさんが聞いてきた。

「結論から言えば、誰かが森を荒らしたんだろうな。ただ森を荒らした犯人はいなかった」

「話が違うじゃないか」

「話が違う? 森を荒らす原因を見つけて、できるなら解決する。そういう条件で話を呑んだはずだ。森に行って原因は見つけた。犯人はいなかったから解決していたも同然だ。どう話が違うって言うんだ?」

「犯人がいないなんてあり得ないじゃないか。それにその小僧は何だ。そいつが犯人じゃないのか?」

「小僧?」

 マホちゃんが反応した。

「はいストップ」

 こんな所で暴れられたら村が崩壊する。

 それだけは阻止しないと。

「この子は森で発見した。おそらく、犯人が誘拐でもしたんでしょう。それにこの子が犯人だとして、こんな細腕で森をあんなに荒らせるとでも?」

「いや、だがしかし」

「待ちなさい」

 おっさんを止めたのは村長のゴンベエだった。

「ユウさんの言う通りだ。その娘さんでは森はあそこまで荒らす事なんて出来やしないだろう」

「話の分かるやつがいると楽で助かるよ。俺の考えでは犯人なもう逃げている。この子は確かに可愛いが、体力もなさそうだ。荷物になって途中で置いて行ったんじゃないかな」

 村長はきっと自慢であろう立派な髭を触りながら思案顔をした。

「なるほど」

「じゃあ報酬を頂こうか」

「犯人を捕まえられなかったくせに大層な事を言うじゃねえか」

 さっきからこのおっさんは俺に突っかかってくるな。

 思えば今朝からそんな感じだった。

 俺の事が嫌いなのか。

 いけ好かない野郎だ。

「仕事は完遂したはずだ。報酬を貰って何が悪い。それともあれか、あんた等は人に仕事を頼んで報酬は踏み倒そうっていうのか?」

「ろくに仕事も出来ない奴が何を言いやがる」

「別に俺は旅の人間だ。この村がどうなっても良いんだぜ?」

 流石に腹が立ってきて、俺は剣の柄に手を掛ける。

「双方、待たれよ。ユウさん。報酬は約束通り支払う。どうか剣を収めて下さらないか。それからお前はいい加減にせんか!」

 嫌な静寂が流れた。

「それで報酬の件だが、何を望む? スローンの娘を嫁がせても良いが」

「いや、それには及ばない。ただ、この子にしばらく宿を与えてやってくれ」

「…それだけで良いのか?」

「ああ。この子に休息を与えたい」

「相、分かった。宿はユウさんと同じ場所で良いか?」

「ああ。それで頼むよ」

 マホちゃんをタダでハナさんの宿に泊まらせるという事で話が落ち着いた。

 予定通りと言えば予定通り。

 ともあれ、これで俺の生まれて初めての仕事は終わった。

 屋敷を出て、宿へ向かう。

「ねえ」

「ん?」

「ありがとう」

「え、何、どうしたの。体調悪い?」

「何でよ」

 別に痛くもない蹴りが飛んで来た。

「私が素直にお礼を言ったらおかしいの?」

「礼を言われる理由が分からない。マホちゃんがそんな可愛らしい笑顔で素直にお礼を言うとも考えられない。正直、おかしいです。痛いっ」

 今度は痛いパンチが飛んできた。

 関節を狙って殴るのは良くないと思う。

「私、貴方の事を信じてなんかいなかったの。腹の立つ事しか言わないし、私の魔法を受けてへらへらしてるし、平民のくせに魔…あ、ごめんなさい」

「俺は魔法なんか存在しない世界から来たんだ。マホちゃんが抱く考えに対しては何も思わないよ。好きに差別してくれや」

 あの時は話が進まないから仕方なしに脅しただけだ。

 こちらとしてはマホちゃんが思った以上に素直な子だという事が分かって喜ばしいくらいだ。

 こんなに真っ直ぐな性格は見ていて気持ちが良いから、旅をする上で変なストレスにはならないだろうという直感がする。

「とにかく嬉しかったの。貴方、性格は悪いけど、嫌な奴ではない。信頼するには時間が足りないけど、信用するには十分だという事が分かった。だからこれからよろしくね」

 そう言うと、マホちゃんは手を差し出した。

 俺も手を出す。

 握手。

 マホちゃんが勝気な笑顔を浮かべた。

 眩しい笑顔だ。

「よろしく」

 からかい甲斐がある。

 褒めるとすぐ照れる。

 しかも魔法使い。

 なかなか面白いのが旅の仲間に加わった。

 残るは一人。

 あと一人はどんな奴なのだろう。

 マホちゃんくらい面白い奴だと良いな。

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