第4話 スライムのステーキがうまかった
美しい木目の木々が組まれた天井が視界に映る。
自分の家じゃない。
未だ名も知らない世界に俺はいる。
異世界生活二日目。
今日は何をするんだっけ。
そうだ。
旅に必要そうな物品の購入をするんだ。
頭が冴えてくると、体温も上昇してくるような気がしてくる。
伸びをして、勢いよく起き上がる。
カーテンを開ける。
白く細々とした雲が空を自由に闊歩している。
地面を覆う緑と相まって、穏やかな光景が広がっていた。
窓を開けて換気をする。
微かな青臭さと共に水の香りが漂ってくる。
少し獣の臭いもする。
ともあれ自然の香りである。
生きている。
その一言がぱっと頭に浮かんだ。
そう。
俺も。
世界も。
生きている。
惰性で回っている地球とは大違いだ。
「あー。腹減った」
部屋を出て、食堂へ行く。
食堂ではハナさんがテーブルに食器を並べていた。
「おはようございます」
「おはようございます。寝癖、酷いですよ」
そう言って、ハナさんが窓の方を指差した。
見ると井戸がある。
顔を洗ってこいという事か。
何度見ても愛嬌のある仕草をする人だ。
これで昨日のあれがなければ最高なんだけどな。
言われるままに外へ出ると、少し肌寒かった。
悪くない。
生まれて初めて井戸から水を汲み、触れる。
冷たかった。
手で水を掬い取り、顔に掛ける。
死ぬかと思う程冷たかった。
おかげで完全に目が覚めた。
目を閉じたまま手を彷徨わせるが、目的の物はそこには無かった。
「タオル忘れた…」
どうしよう。
その内、乾くか。
「はいどうぞ」
「あ、どうも」
いつの間にかハナさんが隣にいた。
手にはタオルがある。
受け取り、顔を拭く。
「食事の用意も出来ていますからね」
食堂へ戻ると皿の上に料理が並べられていた。
青いぶよぶよした物体がメインディッシュっぽい事を除けば完璧である。
「スライムのお肉もちゃんと用意しておきましたよ」
これがスライムか。
食べたいと言った手前、食べない訳にはいかないが、食欲を減退させる意図しか感じさせない外観をしている。
嫌な事は最初に終わらせる性質だ。
最初にスライムの肉を切り、恐る恐る一かけら口に放り込む。
…。
意外と美味いな。
ウォーウルフの肉とは比べ物にならないけれど、しっかりとした肉だ。
少しばかりぶよぶよして食感は見た目通り気持ち悪い。
食感はタコの皮。
味は豚肉。
そんな感じだ。
「さっきお父さんが来たんですけど、村長がユウさんに会いたいそうです」
「村長が?」
一体、何の用だよ。
「話がしたいそうです」
ああ。
これ、あれだ。
何か面倒臭い事を頼まれるパターンだ。
でもここで無下にするとそれはそれで面倒臭くなるよな。
仕方ない。
強制イベントを思って諦めるか。
「どうすれば良いですかね」
「時間が出来たら家まで来てほしいそうです」
「食事が終わったらすぐに行きます」
「一番、大きなお屋敷がそうですので」
「分かりました」
出来るだけだらだらと朝食を食べていたが、やがて料理が尽きるとそれも出来なくなる。
「ごちそうさま。それじゃあ行ってきます」
「はい。行ってらっしゃい」
渋々腰を上げ、宿を後にする。
のんびりとした空気が漂う村を歩く。
平和だ。
しかし、心は憂鬱。
あー嫌だ。
どんな話だろう。
昨日の今日で俺と話がしたいだなんて。
ウォーウルフを退治したからだよな。
そんな事で実力を買ってくれなくても良いのに。
魔物退治?
雇ってくれる?
どっちかだと思うんだけどな。
他に何かあったら逆に困るわ。
俺に何をしろって言うんだ。
嫌だ嫌だと思いながら歩いていると村長の屋敷と思しき建物が見えた。
建物の前まで歩くと、中からスローンが出てくる。
「早かったな。これから迎えに行こうと思っていたんだが」
「食後の腹ごなしさ」
屋敷の中へ通される。
広間へ入ると、昨日のおっさん二人組の他にも数人のおっさん、そしてよぼよぼのおじいちゃんがいた。
俺が登場すると一同がこちらをじろりと見る。
まるで値踏みでもするような視線だ。
野郎に見つめられる趣味はないんだけど。
「こんな奴がウォーウルフを狩ったとは思えんな」
面識の無いおっさんAが唐突に口を開く。
「でも俺達が行った時にはもう四頭やられてた」
ああでもない。
こうでもない。
そんな問答が何度か繰り広げられた。
「なあ。何で俺が呼ばれた訳?」
少し不機嫌そうにスローンに言うと、スローンは小さく頷いた。
いや、だから何だよ。
「用が無いなら帰るよ」
「待たれよ旅の方」
そう呼びとめたのはよぼよぼのおじいちゃんだった。
外見とは裏腹にしっかりとした声で、それだけでボケてはいないのだと分かる。
「私は村長のゴンベエと申す。名を聞いてもよろしいか」
「ユウで良いよ。それで何の用かな? 悪いけど、旅の途中なんだ」
「折り入ってお願いしたい事がある」
ほら来た。
「スローンには世話になっている。話くらいは聞くよ」
「最近、シンピノ森が荒らされている。シンピノ森は我らにとって神聖な場所。どうか原因を突き止め、問題を解決して頂きたい」
やっぱり面倒事だ。
「ハジマーリの人間にとって神聖な場所なんだろ。余所者の俺が入っても良いのかよ」
「村の者では手も足も出ない。ウォーウルフ数匹を一人で狩れる程の実力を持っておられる貴方様にお願いしたい」
「報酬は?」
「言い値で良い。なんだったらスローンの娘を嫁にやっても良い。あれはこの村で一番の美人だ。文句はあるまい」
マジで?
思わずスローンを見ると、スローンはやっぱり小さく頷くだけだった。
だけど、あの人と一生一緒はちょっと疲れそうだな。
二、三日堪能させてもらえる程度で十分だ。
「つまり望む物を何でもくれるって事で良いんだな?」
とりあえずこう言っておこう。
「そう取ってもらって構わない」
「良いね。やる気湧いてきたよ」
大まかな場所だけを聞いてから、早速シンピノ森へ向かう。
ぽつんと置かれた大岩がその目印。
村長から聞いた情報を頼りに大岩を目指す。
村を出て山の方へ歩いて行くと、徐々に足場が悪くなる。
道が草原になり、やがて草叢と呼べる状態になると件の大岩を見つけた。
大岩から木々の中へ踏み込んでいく。
ここがシンピノ森か。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます