ハジマーリ
第3話 始まりの村ハジマーリ
長閑な道をしばらく歩いていると建物が見えてきた。
時間帯は陽が落ち始め、太陽が茜色に染まる、そんな頃合いだ。
「ここが俺達の村、ハジマーリだ」
土をいじって作物を育てる事で生計を立てていると言うハジマーリにとって肉は御馳走なようで、ウォーウルフを持ってきたとおっさんの一人が言うと、ちょっとした騒ぎになった。
「申し訳ない。先に取引をお願いしたい」
「ああ、そうだな。おーいスローン」
呼ばれて出てきたのはタイマンでは絶対に勝てそうにないくらいの体格の良さを誇るおっさんだった。
体臭も何というか、加齢臭と言うよりも獣臭い。
さっきからおっさんしか出てこないけれど、この村はおっさんしかいないのだろうか。
あ、ちょいちょいおばちゃんはいる。
「こいつ、肉屋のスローン。ウォーウルフを捌かせたら超一流」
「よろしく。佐伯勇生。ユウで良い」
そう言って手を差し出したのに、スローンは握手に応じようとはしなかった。
握手の習慣は無いのか?
「スローンだ」
「それでスローン。この旅の方がウォーウルフを四頭狩ってくれた。一頭につき五、合計二十で話が付いた。文句はあるか?」
どこか挑む風な視線を送るおっさんを見てから、スローンはウォーウルフをまじまじと検分を始めた。
一頭ずつ丁寧にウォーウルフの死骸を観察していたスローンは最後の一頭の検分を終えてから大きく頷いた。
「良いだろう。商談成立だ。ところで宿は決まっているか?」
「いや。まだ」
「だったら娘の所を使うと良い。一泊一五〇〇で村を出ていくまでの分を二十万から引かせてもらう形でどうだ」
なかなか商売上手のようだ。
「一泊二食で一五〇〇?」
「…そうだ」
不自然な間が合った後、スローンが言った。
「だったらよろしく頼むよ」
ぐひひ。
毎度あり。
スローンはおっさんが二人掛かりで何とか担いできた四頭のウォーウルフを一人で軽々と担いだ。
「行こう。肉屋の隣が宿だ」
スローンに案内されて宿までの道を歩く。
井戸。
木造の家。
少し古びた衣服。
ファンタジー作品に出てくる農村のような雰囲気の村だ。
途中、行商人が露店を開いていた。
行商人は一人で店を切り盛りしている。
商品の数はそこまで多くないのにも関わらず車の部分がやたらと大きい。
とても目立つ。
視線を集めるためのパフォーマンスなのだろうか。
御多分に漏れず、俺もつい視線を寄せてしまう。
見慣れない文字が沢山並んでいた。
しかし、なぜだか文字の意味が分かる。
そう言えば言葉も通じていた。
神様の粋な計らいか?
どっちでも良いんだけど。
露店の商品の内、リンゴらしき果物に目が行った。
一個三十ロウ。
そんな値札が付けられていた。
なるほど。
リンゴ一個で一〇〇円くらいだから、一拍二食で一五〇〇は大体五〇〇〇円くらいか。
…。
安すぎる。
どんなボロイ宿だよ。
今時、民宿でもこの値段設定はないんじゃないか。
まあ、手元に二十万も入るんだ。
豪遊できる。
今は我慢しよう。
「ここだ」
スローンに案内された宿は予想に反して、他の住宅よりもむしろしっかりとした造りをしていた。
しっかりしているのは外観だけだろうと思いながら中に入ると、内装もしっかりしている。
そして奥から出てきた人も中々の美人さんだった。
深い茶髪。
愛くるしい瞳。
衣服の上からも分かるくらいのスタイルの良さ。
正直、好みです。
「あ、お父さん」
お父さん?
スローンの娘?
似てなさ過ぎだろ。
どうしたらこんな美人な娘ができるんだよ。
「上客だ。部屋を一つ」
「いらっしゃい。遠くから来たの?」
「そんな感じかな。函館って分かる?」
「ハコダテ? ごめんなさい、知らないわ」
そりゃあ異世界ですし。
「さあ、疲れてるでしょう? 部屋に案内しますね」
通された部屋もしっかりしていた。
二階の角部屋。
机と椅子、そしてベッドしか無かったが、村の雰囲気と相まって好感の持てる部屋だ。
窓から望む景色は牧歌的で落ち着く。
良い所だ。
「少しくつろいでいて下さい。すぐに食事の準備をしますから」
スローンの娘はそう言って部屋を出て行くが、すぐに顔をひょっこり出した。
「わたし、ハナって言います」
「俺はユウで良いですよ」
「ユウさん。これからよろしくお願いしますね」
にっこりと笑顔を浮かべて去っていく。
何と可愛い仕草か。
堪りませんな。
「あんな子が俺の近くにもいないかな、っと」
ベッドに飛び込む。
ああ、気持ち良い。
溜息。
流石に疲れたな。
まずは装備を解こう。
念じるだけで装備の着脱が出来るのは便利だ。
脱ぐ手間が省ける。
身軽になり、少しぼうっとした所で、これからどう動くか考える。
住む所、食べる物については大丈夫だろう。
衣服は二、三日なら同じ物を着ていても問題は無い。
すると残りは旅の準備か。
食料は最悪、そこら辺でウォーウルフを狩れば良い。
肉は食べて残りは金に換えられるとなれば小遣い稼ぎも出来て一石二鳥だ。
後は情報かな。
ここがどこら辺で、目的地がどこにあるのか。
それは絶対知らないといけない。
となると世界地図も必要だな。
それを買うのも忘れないようにしないと。
後はシンとかいう神についてだ。
俺の所まで会いに来い。
そう言うくらいだからこの世界のどこかに存在するのだろう。
とりあえず食事時にハナさんに聞いてみるか。
後は旅の仲間。
これについてはどうしようもないな。
旅をしながら探すしかない。
「にしても、どうやって探せば良いんだ?」
残りの二人の事なんか一切知らない。
そもそもどんな奴なのかさえ教えてもらっていない。
「…」
あれ?
もしかして詰んでる?
いや待て。
もしかしたらこの世界は異世界とのやり取りのある世界なんじゃないか。
そうならそこまで悲観的になる事も無い。
適当に二人捕まえて旅をすれば良い。
これで条件クリア。
俺は自分の世界に帰ってぬるま湯ライフを満喫できる。
そこら辺も含めてハナさんに聞いてみよう。
そのハナさんは今、食事の準備をしているはず。
「という事はあれか」
エプロンか。
これは見に行かない理由がない。
善は急げ。
エプロン姿のハナさんを拝むついでに話をしに行こう。
さあ行こうと思い、張り切って立ち上がると同時にノックをされた。
「食事の準備、出来ましたよ」
ハナさんの声が聞こえた。
え?
「すいません。何ですか?」
きっと聞き間違いだろう。
「食事の準備、出来ましたよ」
「…はい。今行きます」
窓を見ると、陽はすっかり落ちて外は闇に包まれている。
いつの間に暗くなったのか。
考え事をしながら少し寝てしまった瞬間があったのかもしれない。
それにしてもだ。
美人のエプロン姿を拝めないという理不尽がこの世界にあるなんて。
あり得ない。
シン。
マジでお前は許さない。
残念な気持ちでいっぱいになりながら扉を開ける。
ハナさんがいた。
待っていてくれたのか。
しかもエプロン姿だ。
想像通りエロい。
ありがとうございます。
「どうしたんですか」
「いえ、あまりにも綺麗だったので見惚れてしまいました」
「やだ。お上手ですね」
お世辞ではないんですけどね。
階段を降りる。
食堂へ行くと、ほのかな湯気が立っている料理が数品並んでいた。
「どうぞ召し上がってください」
席に着く。
「いただきまーす」
スープを一口。
「美味い」
何だろう。
食べた事のない味だけど、どこか懐かしい。
「お口に合って何よりです。それよりもそちらのステーキを召し上がって下さい。ウォーウルフのステーキです」
ハナさんに勧められるままにステーキを一口頬張る。
「!」
何だこれ。
柔らかいが、程よい弾力がある。
噛むほどに肉汁が溢れだす。
絶妙な塩加減によって肉本来の味が更に引き立っている。
「うまい…」
嘆息して言うのが精一杯だった。
食べ物でこんなに感動したのは生まれて初めてだ。
これがウォーウルフの肉。
今後は積極的に狩っていこう。
「ウォーウルフってこんなに美味かったんですね」
「味は絶品なんですよ。元が軍用に交配されたものだから、野生のウォーウルフは滅多に手に入らないんですけどね。」
「そうなんですか?」
一人の人間を囲むように襲うくらいだから、群れ単位でいると思っていたのに。
残念だ。
「そうですよ。知性も高いし運動能力も高いから、怪我をして弱っているのを運良く狩る事が年に一回あるかないかです。家も普段だとスライムのステーキをお出ししているんですけどね。今回はユウさんが沢山狩って来てくれたから、今日は特別です」
「スライム…?」
スライムってあれだよな。
一番最初の敵だよな。
ぶよぶよで水分質の。
あれって動物性タンパク質だったの?
逆に食べてみたいな。
「スライムって食べられるの?」
「食べた事、ないの?」
ハナさんの口調が変わった。
これが素なのか。
こっちの方が可愛いじゃん。
「ええ、恥ずかしながら」
そもそもスライムなんて生き物、地球にはいないからな。
「あら意外。旅の方なら普段から召し上がっていると思っていたのに。良かったら明日の朝にでもお出ししましょうか?」
「良いんですか? だったら是非ともお願いします」
やべえ、楽しみだ。
「それで話は変わるんですけど、ちょっと聞きたい事があるんです」
「何でしょう」
小首をかしげるハナさんも可愛い。
「シンって神様、知ってます?」
質問があまりにもおかしかったのか、ハナさんが噴き出した。
「創生神ですからね。知ってますよ。知らない人がいますか?」
「ですよね」
「それで? シンがどうしたんですか」
どうしたもこうしたもないよ。
元いた世界に帰りたいんだ。
ただ、ハナさんはこの話を信じてくれるだろうか。
「シンに会いたいんです。夢に出てきて、会いに来いっていうお告げが…」
少し迷ってそう言った。
スライムやら魔法やらがある世界だ。
天啓の一つ二つあったって不思議はないだろう。
「天啓ですか? ユウさんって凄いんですね」
「凄いですかね?」
「凄いですよ。ウォーウルフを何頭も狩れる上に天啓まで得るなんて、普通の人間ではあり得ません。どういった出自の方なんですか?」
「どうもこうも無いですよ。しがないサラリーマンの息子です」
「サラリーマン? それは何ですか?」
「俺のいた所の言葉で働いている人間の事をそう呼ぶんです」
「へえ、ハコダテって面白そうな場所なんですね」
面白いか?
「つまり俺は平民の子です」
「それにしては剣の腕が立つみたいですね。何かされていたんですか?」
「いえ、特には何も」
「またまた、隠さなくても良いんですよ? 騎士団? 自警団? それともハンター?」
やたら根掘り葉掘り聞いてくるな、この人は。
適当に嘘をついて誤魔化そう。
「いえ、道場に少し通っていたくらいです。それでシンにはどうすれば会えますかね?」
「あ、私ったら…何でもかんでも聞くのは失礼ですよね。すいません、私の悪い癖なんです」
ハナさんがはっとして謝った。
顔に出ていたかな。
しかし、この申し訳なさそうな感じの顔もまた格別だ。
「えっと、シンに会うんですか? そうですね、神に会える場所なんて知らないので勘になりますが、聖都グランシオならもしかしたら…」
聖都グランシオ。
じゃあそこに行こう。
当面の目的地は決まった。
後は旅の仲間か。
何て切り出そう。
実は異世界から来たんですけど、他に異世界人について心当たりありませんか?
正直すぎるだろ。
シンは俺を含めて三人を異世界に飛ばしたと言っていた。
よくよく考えたらこういう場合、世界観の移動が技術として普及しているのならゲート的な何かの前に転送されるのが定石のはず。
だけど俺は目を覚ましたらそこら辺に寝転がっていた。
ゲートも糞もない。
それはつまり異世界の行き来はこの世界でもあり得ないという事なのではないか?
あんまりこの事を言い触らさない方が良いかな?
多少強引な考えだけど、慎重になっておいて損はないだろう。
天啓の下りであんなにぐいぐい来るくらいだから、神に選ばれて異世界に飛ばされたなんて言った日には何を聞かれるか分かったものではない。
ハナさんは美人だが、だからと言ってそれをされるのも面倒だ。
自重するか。
「グランシオですか。やっぱりそこを目指すべきですよね。分かりました、ありがとうございます」
世間話をしながら食事を済ませ、自室へ戻る。
ベッドに寝転がる。
「うーん…」
困った。
美人だ。
スタイルも良い。
しかし性格に若干の難あり。
「うーん…」
スローンの娘。
スローンも悪い奴ではなさそうだけど、怒らせると恐そうだな。
「うん。見ているだけが一番良いな!」
親しくなると後々面倒臭いタイプだ。
遠くからエロい目で眺めさせてもらおう。
「よし。寝るか…」
ハナさんの接し方を決定させると疲れがどっと出た。
異世界に飛ばされ。
一日中歩き回り。
最後に大立ち回り。
生まれて初めて魔法まで使ってしまった。
流石に疲れるか。
寝よう。
灯りを消す。
靴を脱ぐ。
軽くストレッチをしてから布団に潜る。
優しい温もりが身体を包み込んだ。
明日は何をしようか。
まずは地図だ。
当面の食料も買っておきたいな。
それから水も必要だ。
ここは日本とは違うから、安易にそこら辺の水を飲むわけにはいかないだろう。
後は。
うーん。
どうでも良いや。
意識が途切れた。
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