第52話 ~2010年~ 9




 ―――大切な家族へ―――

 こうやって手紙で自分の思いを伝えるのは、ちょっと照れくさいけど、……大切な家族に、ありがとうを伝えさせてください。

 ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、私は母親を、知りません。

 生き別れたのが二十年前なので、ほとんど顔も覚えていません。

 ………だから私には、「母親」というものが、どういう存在なのかがわかりません。

 私は、ここにいる山口凛さんと、幸運な出会いをし、結婚しました。妻になりました。

 そしていつか私は、母になります。………きっと。

 私には、結婚できたことも奇跡に思えますが、自分が母親になることは、もっと考えられません。想像できません。

 なれるかどうかが、わからないのです。

 私の母親は、母親がどういうものかを教えてくれませんでしたから。

 不安です。………とても。

 母親どころか、妻としても、私に務まるかどうか。

 …………でも、……不安ですが、きっと大丈夫だろうと思えています。今は。

 もちろん、私がのんき者だからということもありますが。

 私は、きっと大丈夫です。

 家族がいるから。

 私の姉弟と、おじいちゃんが、私に「家族」の姿を教えてくれたから。

 家族と一緒なら、きっとどんなことが起こっても大丈夫。

 どんなに苦しいこと、どんなに悲しいことが起こっても、希望を持って家族と一緒にいれば、たいていのことは大丈夫なのだと、私は知りました。

 希望が家族を繋ぐ限り、………家族は無敵です。

 妻が務まるか、母親になれるかは、わかりませんが、………私は凛さんと、家族になります。

 でも、……だから、………ひとつだけ、お願いがあります。

 光子姉さん、陽子姉さん、因子、格子。

 ………結婚しても、まだまだ家族だって、……思ってもいいかな?

 またいつか、昔みたいに、甘えてもいいかな?

 ………………

 大丈夫よ、私は。

 ラッたん。そんな心配そうな顔するな。

 私、もう大人なんだから。知ってた?

 …………改めて、ありがとうを言わせてください。

 ………光子姉さんへ。

 今まで、散々説教させて、ごめんね。たぶんこれからも、ときどき説教させると思う。

 姉さんの怒鳴り声を聞くと、なんだかほっとするんだ。ちゃんとしなきゃって、思えるんだ。

 だから、私が間違いそうになったら、私は真っ先に、光子姉さんを頼る。そのときはまた、きつーく、私を叱ってね。

 ありがとう。

 ………陽子姉さんへ。

 誰よりも優しかった、陽子姉さん。

 母親がどういうものかわからない私にも、きっと「お母さん」っていうのは、陽子姉さんみたいな人じゃないかなって思えるよ。

 優しくて、温かくて、安心する。

 私、いつか母親になったら、陽子姉さんみたいな人を目指す。

 そして、いつか陽子姉さんが、優しいお母さんになることを、願ってる。

 ありがとう。

 ………因子へ。

 ほんとに、あんたはかわいい妹だよ。小さいときは泣かせてごめんね。かわいかったからさ。

 私にとって因子は、最高の妹で、最高の友達で、………最高の家族だよ。

 …………お姉ちゃんから因子に、お願いがあります。

 幸せになって。

 誰よりも幸せに、ではなくて、あなただけの幸せを見つけて。

 ありがとう。

 ………格子へ。

 …………なんだよぉ。

 泣くなよぉ、ラッたん。

 私まで泣けてくるじゃんか。

 かわいい弟め。

 ………ラッたんさ、自分がどれだけ家族に愛されてるか、本当のところ、わかってないだろ?

 家に帰れば、いつでもラッたんがいる。それがどれだけ、私や、お姉たちや因子にとって心強かったか、気付いてないだろ?

 ちょっと偉そうなこと言うけど、……家族は、そこに「いる」から、家族なんだ。

 変わらなくていい。変わらないでほしい。

 ラッたんは、ちょっとぼんやりしてるくらいがいい。

 帰ってきたらいつでもそばにいられるような、………そのままのラッたんでいて。

 ラッたんの作る料理、あれは家族の味だった。

 また料理教えてね。

 ありがとう。

 ………最後に、

 …………天国の、おじいちゃんへ。

 九年前に、私が日本一周の旅に出かけるとき、おじいちゃんは優しく、私の背中を押してくれた。

 その経験がなかったら、今の私は、なかったと思う。

 だから、おじいちゃんの名前、………苗字の「片桐」を、もらいました。

 おじいちゃん。………大好きなおじいちゃん。

 私ね、幸せだよ?

 おじいちゃんのおかげ。

 ぜんぶ、ぜんぶ、おじいちゃんが、導いてくれたの。

 私、………もっと、もっと、幸せになる。

 おじいちゃんが、天国で、安心できるくらいに。

 ありがとう。ずっと見守っていてね。

 ………………

 大切な家族へ。世界一の家族へ。

 本当にありがとう。

 これからもよろしく。

 ―――量子より―――




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