第51話 ~2010年~ 8

 司会者によって、「大乱闘スマッシュブラザーズ」がどういったゲームなのかの説明がなされる中、光子姉さんと陽子姉さん、凛さんと量子姉さんが、ゲーム機の前に据えられた椅子に着席した。披露宴会場右手の角には、もう一枚新しいスクリーンが下りてきて、プロのカメラマンによる撮影で、姉さんたちと凛さんが映し出されていた。

 ゲーム機は、NINTENDO64だった。色とりどりのコントローラーが伸び、四人がそれぞれ、ゲームで使うキャラクターを選んでいた。

「………んもぉー」

 僕がハンディカムを手に席を立つと、因子姉さんが両手に顔をうずめて、苦悶の声を上げていた。

「光子姉ぇと陽子姉ぇは、まともだと思ってたのにぃー」

 概ね同意する。きっと上のふたりの姉さんは、量子姉さんに唆されたのだろう。しかし、陽子姉さんはともかく、光子姉さんはノリノリだった。三十四にもなって。

 ざわめく会場を擦り抜けて、僕は、四人の顔が映る立ち位置でカメラを構えた。姉さんたちは三人とも真剣だった。戸惑いを隠せていないのは、まだキャラクターを決めかねていた凛さんだけだった。いつもどおり、そしてコスプレどおりに、光子姉さんはネスを選び、陽子姉さんはサムスを選び(サムスは装甲を脱ぐと、陽子姉さんが着ているような水色のボディスーツになるらしい)、量子姉さんはリンクを選んでいた。

「………じゃあ、俺はこれにしようかな」

 そう言って凛さんが選んだのは、カービィだった。

 僕は何となく、この対決における凛さんの末路が想像できた。

 誰がどのキャラクターを扱うかの紹介がてらに、四人は練習していた。凛さんも遊んだ経験があるようだが、姉さんたちの手さばきは、明らかに凛さんとは格が違った。

 いよいよ本番になると、三人の姉さんたちの真剣な気迫に、会場が呑まれていた。

 カウントが始まる。僕は息を呑んだ。

 GO! とゲームが叫ぶと、四人のキャラクターはそれぞれに動き出した。

「……お? あれ。あ、あっ!」

 五分も経たないうちに、

「ああっ!」

 凛さんの使うカービィは、光子姉さんと陽子姉さんのネス・サムスチームによってストックを削り飛ばされ、ノックアウトになった。カービィをボコボコにすることに関しては、どの姉さんたちにとっても造作ないことである。

 早々に花婿が花嫁の姉たちに瞬殺されて、会場に歓声と笑い声が満ちた。凛さんは苦笑いを浮かべながらコントローラーを手放した。

 画面内では、二対一の不利な状況であるにも関わらず、量子姉さんは渡り合っていた。

 僕は思わず、ハンディカムから目を外して、量子姉さんを見た。

 量子姉さんの、いつもの切れ味がなかった。僕のカービィのダメージを500%くらいまで貯めてからKOするような残忍かつ見事な手際を感じられなかった。いつもなら、三対一でも余裕で勝ち切るはずなのに、渡り合っていた。拮抗していた。

 大丈夫かな、と一瞬だけ心配になった。ここで量子姉さんが負けたら、披露宴の雰囲気が変わってしまうのではないだろうかと思った。

 しかし光子姉さんも陽子姉さんも大人だ。量子姉さんが負けそうになったら、うまく手加減をして―――

 画面の中で、姉さんたちの操るキャラクターは、間合いを保ちつつ牽制し合い、じわじわとダメージを稼いでいた。そして一撃必殺の機会を得ようと、あるいはそんな状況に追い込まれないように、先の先を読んで、コントローラーをがちゃがちゃと喧しく動かしていた。

 とても、光子姉さんと陽子姉さんが手加減しているようには見えなかった。そして実際にそうなのだろう。光子姉さんと陽子姉さんは、勝つことしか考えずにゲームに取り組んでいた。

 量子姉さんの調子は相変わらず悪い。ゲームステージは最もオーソドックスでシンプルな「プププランド」で、アイテムもない。つまり偶然の要素がほとんど介在しない。僕は、このゲームの行方が、完全にわからなくなった。

 数分後、いよいよ量子姉さんの旗色が悪くなってきた。量子姉さんの操作するリンクのストックはひとつ。対する陽子姉さんのサムスはひとつ、光子姉さんのネスはふたつ残していた。

 元々が二対一という不利な状況。

 負けてしまう、と僕は思った。

 そのとき唐突に―――画面が静止した。

 このゲームを知らない会場の賓客はどよめいたが、僕には理由がわかった。量子姉さんが操作して、ポーズ画面にしていた。

「だめ。だめ。だめ」

 ゲームの進行を一旦止めると、量子姉さんは、自分の座っていた椅子から立ち上がった。

「こんな展開は、ひじょーに、……よろしくない」

 それは、量子姉さんにしては珍しく、因子姉さんが呟くような負け惜しみに聞こえた。

 量子姉さんは、隣の姉さんたちを見下ろした。

「だからごめんね、フォト姉ぇ、プロ姉ぇ。………お行儀悪いけど、ゆるして」

 そう言って、量子姉さんは、座っていた椅子を後ろに下げて―――

 ―――なんと、披露宴会場の床の上に、胡坐をかいた。

 会場が爆笑に包まれた。

「やっぱりテレビゲームは、胡坐かいて前のめりにならなくっちゃ! お上品に椅子に座ってちゃ、本気なんて出せやしない!」

 これが不調の原因かと、僕は含み笑いをしながら、唖然とする光子姉さんと陽子姉さんの表情を撮影した。

 ここからが本番だった。

「行くよ! お姉ぇ!」

 量子姉さんが叫ぶと、

「これで負けたら説教するからね!」

「量子ちゃん、私たちも本気で行くよ?」

 上の姉さんたちも負けじと、床の上に胡坐をかいた。

 闘いが再開する。

 依然として不利な状況は変わらない。あのままだったら負けていただろう。

 しかし、そこから四分と四十七秒後、

「っしゃ―――――おらぁ―――――っ!」

 量子姉さんはコントローラーを床に打ち捨てて立ち上がり、右の拳を高く突き上げた。

 会場の空気が弾けんばかりの拍手と歓声が、逆境を撥ね退けた量子姉さんを包み込んだ。

 式場でバイトをしていた女性に話を聞くと、披露宴でテレビゲームをしたのも初めてなら、花嫁が床に座ったのも初めてだと教えてくれた。

 ―――やはり当初の想像どおり、普通ではなかった凛さんと量子姉さんの結婚披露宴。

 それももう、終わりを迎えようとしていた。

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