第49話 ~2010年~ 6

 披露宴は普通に始まった。

 新郎新婦が入場してからは、司会進行を務めているアナウンサーによる新郎新婦の紹介。凛さんの所属する芸能事務所社長による祝辞、ケーキカット、ファースト・バイト、量子姉さんの所属する芸能事務所の、どうやら有名であるらしいお笑い芸人さんによる乾杯の音頭で、始まった。

 乾杯が終わると、料理が運ばれてきた。凛さんと量子姉さんはお色直しで会場を出ていた。

「わりと普通ね」

 参列者たちの歓談が聞こえてくる。今まで撮った映像を確認しながら、僕は因子姉さんに同意した。

「そうだね。量子姉さんのことだから、もっと風変わりなことをするかと思った」

「偉い人もいっぱい来てるからかな」

「かもね」

 これまでは、むしろ普通過ぎて意外だった。結婚式に招かれるのは初めてだから、もちろん新鮮ではあったけれど。

 そこへ、「どうかしらね」と、前菜を食べている光子姉さんが言った。着慣れていない和服のせいで食べづらそうである。

「この先、何か変なことをやらかすかもしれないわよ?」

 それについても同感である。悪ふざけの好きな量子姉さんが、このまま「普通な」披露宴にするはずがないような気もする。

 しかしそのときは―――光子姉さんの含みを持たせるような言い方のほうが気になった。光子姉さんは、何かを聞かされているのかもしれないと僕は思った。

 しばらくして、会場の照明が絞られた。僕はハンディカムを手に立ち上がった。ブライダル情報誌のCMで聞いたことがある音楽と共に、お色直しを済ませた凛さんと量子姉さんが現れた。量子姉さんは真っ赤なドレスで、義兄さんはネクタイだけを赤に変えていた。キャンドルサービスでテーブルを回るふたりを、僕たちのテーブルに来るまで僕は撮影した。姉さんたちは、きれいとか可愛いとか、量子姉さんを褒めていた。

 因子姉さんはため息をついた。「私もいつか、あんなドレス着たいな」

「それなら、ゆにさんがタキシード?」

「…………似合いそうね。でも、ゆにも私と同じこと言ってたし」

「いいんじゃない? ふたりともウェディングドレスで」

「………いいのか」

「いいよ。この際」

「この際って何よ」

 僕はビールを飲んで言葉を濁した。因子姉さんもスパークリングワインをぐいと飲んでいた。

 キャンドルサービスが終わってからは、何人かの来賓のスピーチがあったり、余興があったりした。それらはほとんど凛さんと量子姉さんの学生時代の友達によるものだった。手作り感いっぱいの余興は、その場の雰囲気を和ませていた。ばっちりカメラに収めた。

 歓談の時間になって、凛さんと量子姉さんの周りには、代わる代わるに記念撮影を撮るために人が集まった。頃合を見計らって、僕たちも向かった。

 姉さんたちが凛さんにぎこちない挨拶を済ませて、量子姉さんと何事かを言い交わす傍ら、僕は自己紹介をした。

「初めまして。弟の格子です」

「うん。これからよろしく」

 凛さんはにっこりと笑った。今まで見た男性の中では、最高のバランスの顔だと思った。

 ちらりと隣に目をやり、凛さんはひそひそと僕に耳打ちした。

「彼女から、きみの話を聞いてるよ」

「どんな話ですか?」

「昔、ビニル紐でぐるぐる巻きにされたとか」

 そんなこともあったなと、僕は笑った。

「凛さん、量子姉さんとけんかするときは、注意してください」

「何に?」

「量子姉さんが本気になって姿をくらましたら、帰ってくるまで絶対に見つかりません」

「………わお」

「だから絶対に、寝る前に仲直りしてください。じゃないと、翌朝には消えてます。たぶん」

 僕の忠告を冗談だと受け取ったのか、凛さんは笑って、気をつけるよ、と言った。義兄さんが僕の言葉を理解したのはそれから半年後のことである。夫婦喧嘩をした量子姉さんは、三日間姿をくらました。僕の家に、量子は来てないかという切羽詰った電話があった。

 僕と凛さんが話していると、不意に、量子姉さんが立ち上がった。

「私、もう一回お色直しがあるから」

 そういうことらしかった。僕たちがテーブルに戻ると、アナウンサーの進行で、量子姉さんは再び会場を出た。それから量子姉さんが会場に戻るまで、僕たちはメインディッシュの肉料理を食べていた。会場の奥を見ると、凛さんがいろんな人から酌を受けていた。

「いい人そうねえ」陽子姉さんがしみじみと言った。「おじいちゃんにも紹介したかったね」

 同感である。量子姉さんもきっと、大好きなおじいちゃんに一番、見てもらいたかったことだろう。

 そこでふと、僕は、何気なく、思いつくままに言葉を作った。

「姉さん、僕たちの………」

 ―――だが、そこから先を言い淀んでしまった。

「どうしたの?」光子姉さんが顔を上げた。

「………いや、なんでもないよ。こんな所でするべき話じゃなかった」

「気持ち悪いなあ」因子姉さんが、煮え切らない僕を睨んだ。「何を遠慮してるのよ」

 陽子姉さんも、僕が珍しく言葉に詰まっているのを不思議そうに見つめていた。

 すると、光子姉さんが、小さなため息をついた。

「もしかして、………私たちの、親のこと?」

 どきりとした。まさにそうだったからだ。陽子姉さんと因子姉さんも黙り込んだ。

 十年以上寝かせていた疑問を、意を決して、僕は口にした。

「姉さん。………僕たちの『お父さん』と『お母さん』について、教えてよ」

 長年の疑問が、この日、初めて解きほぐされた。

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