第48話 ~2010年~ 5
披露宴が始まる、その前。
「格子、あんたいいの?」
だだっ広い披露宴会場で、係の人にビールを注文した僕に、因子姉さんが言った。
「カメラ回してきたら?」
「え? まだ始まってないよ?」
何を促したいのかわからない僕に、気が利かないわね、と因子姉さんは眉を顰めた。
「始まる前だからでしょうが。結婚式に来てる人に、お祝いの言葉でも貰ってきたら?」
そう言われて理解した。確かに、そういったものがあると、いい記念になる。
僕はテーブルの上に置いていたハンディカムの電源を入れ、そして、光子姉さんに向けた。
「じゃあ、光子姉さんから、ふたりにお祝いの言葉を」
僕が突然カメラを向けたから、光子姉さんを慌てさせてしまった。
咳払いをひとつ挟んで―――
「量子、結婚おめでとう。いい人を捕まえたんだから、おじいちゃんのためにも、しっかり生きるのよ。凛さん、不器量な子だけど、量子をお願いします」
続いて、陽子姉さん。
「量子ちゃん、おめでとう。これで私たちも、安心して結婚できるわ。本当におめでとう」
それはそうだろうと僕は思った。
僕たち姉弟の中で、一番早くに結婚をするとしたら、量子姉さん以外にありえない。上のふたりの姉さんは、量子姉さんがしっかり自立するまで結婚するつもりがなかったのだから。ふたりの婚約期間が長引いているのもそれが原因だった。
因子姉さんにカメラを向ける。
「量子姉ぇ、結婚おめでとう。新婚旅行で旦那さん、振り回さないようにね。あと、赤ちゃんできたら、放浪癖は治したほうがいいよ。…………おめでとう。凛さんと仲良くね」
そして、僕は、自分自身にカメラを向けた。
「おめでとう、量子姉さん。………凛さんは、きっと姉さんを幸せにしてくれるだろうから、安心して幸せになってください」
一旦電源を落として、僕は席から立った。まずはどこに向かったものだろうかと会場を見渡して、一番手近な、量子姉さんの中学高校時代の友達が座っているテーブルに向かった。
ハンディカムを向けて、自己紹介をした。「新婦の弟です。結婚するふたりに、お祝いの言葉をお願いします」ほかのテーブルでも同じように切り出してお祝いの言葉をもらった。量子姉さんと付き合いのあるアイドルや歌手のテーブルでお祝いの言葉をもらい、次は、なんだかぎらぎらした感じの女の人たちが集まっているテーブルへ向かった。
僕が自己紹介をすると、そのうちのひとりの女性が、こう言った。
「やーん、弟クン、かわいー」
その声は男性のものだった。どうやらそのテーブルは、「心が女性」の括りだったらしい。量子姉さんの交友関係の広さには感服するばかりだ。
披露宴会場はとにかく広く、量子姉さんの所属する芸能事務所のテーブルまで回り終えて、ようやく半分だった。新郎側の参列者に関しては、鈴さんに任せることにした。
鈴さんが、凛さんと彼女の両親にお祝いの言葉をもらっているのを見ながら、僕は自分の席に戻った。鈴さんが向けるカメラの前で、誰かが滑稽なことをやっていた。それは2010年の流行語大賞にノミネートされたギャグであるということは、随分あとになってからわかった。
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