第47話 ~2010年~ 4
結婚式が終わり、参列者が移動する。
「ちょっとムカついた」
着物を身に纏う光子姉さんがぼそりと言った。
「なにが?」
普段の光子姉さんなら滅多に使わない語彙だったから、僕には不思議だった。
「………『きれいなお母さんだね』って言ってるのが聞こえたのよ」
光子姉さんが憮然とした表情で呟くのを聞き、因子姉さんは吹き出して笑った。
「だからさ、光子姉ぇもドレスにすればって言ったじゃん」
「ダメよ。ちゃんとしなきゃ。私はおじいちゃんの代わりなんだから」
「着物って大人っぽく見えちゃうから。しょうがないよ姉さん」
わかってるわよ、と光子姉さんは愚痴っぽく言った。僕たちは笑いながら教会の外に出た。
教会の外では、参列者が入り口から両側に並んで道を作っていた。皆それぞれに、手に花びらを持たされていて、僕たちもそれを受け取った。
新郎新婦が出てくるのを待ちながら、陽子姉さんが口を開いた。
「姉さん、結局いくら包んだ?」
「三万」
「よりちゃんは?」
「一万円で勘弁して。バイト代からひねり出したんだから。………格子は?」
「………五万円」
「うそ! そんなに?」
「相場がわからなかったからさ。立場をわきまえずに、ごめんね」
「まあ………気持ちでいいのよ、気持ちで。お金よりも、家族なんだから」
「陽子姉さんはいくら包んだの?」
「私? 私は、三万円と……」
「三万円と?」
「………そろそろ、当たるころだと思うのよね」
陽子姉さんが何を言っているのかわからない僕が訊き返そうとした、そのとき、
「あ! 出てきた出てきた!」
因子姉さんがそう叫ぶよりも早くに、参列者からの祝福と拍手が巻き起こっていた。カメラを向けると、花婿と花嫁が、腕を組んで教会から現れた。ふたりは参列者から花びらを撒かれていた。凛さんは穏やかな笑顔で応じ、量子姉さんは朗らかな笑顔で参列者に手を振っていた。
僕たちの前に来ると、姉さんたちもおめでとうと、量子姉さんを祝福した。もちろん僕も、カメラを構えながら祝福した。量子姉さんはカメラに向けて、いたずらっぽくウィンクをした。
式場の人の仕切りで、次はブーケトスになった。参列者の女性たちがぞろぞろと、階段に立つ量子姉さんの下に集まった。
しかし、姉さんたちは誰も動かなかった。
「あれ? 行かないの?」
僕が尋ねると、姉さんたちはそれぞれ、顔を見合わせた。
「だって、ねえ?」
「うん。私も陽子も、もう婚約してるしね」
カメラの先で、参列者に背中を向けた量子姉さんが、空高くブーケを放り投げた。参列者たちから腕が伸び、ひとりの女性がキャッチした。
ブーケトスが終わってから、教会をバックに記念撮影となった。因子姉さんが、意地悪な顔で意地悪な質問をした。
「光子姉ぇも陽子姉ぇも、『今の人で間違いない』って、信じてる?」
「当たり前でしょ?」
光子姉さんは、こつんと因子姉さんの頭を叩いた。
光子姉さんの婚約している相手は、今年で四十になる建設会社の役員ということだった。今までは長姉として頼られてきた分、自分よりも年上の男性に頼ってみたくなったのだろうか、というのは、僕の邪推である。
一方、陽子姉さんの婚約相手との出会いの原因は、自分の特異体質のせいで、財布をとにかく拾いまくることだった。大学時代にそれを頻繁に交番に届けるうちに、当時交番勤務していた警察官に顔と名前を覚えられてしまった。
以来交友ができたと聞かされてはいた。それから交際が始まったとも。
「くっついたり離れたりしたけど。………やっぱりもう、この人しかいないかなって」
選り好みできる年齢じゃないしねー、と、陽子姉さんはからからと笑った。
「ま、今日はまだ、関係ないわ。………陽子だって、いつまでその人と続くかわからないしね」
光子姉さんがからかうと、もう、と陽子姉さんが肩を叩いた。どちらもが幸せそうで、僕は安心した。
新婦側の親族の写真撮影の番になり、僕たちは凛さんと量子姉さんに近付いた。姉さんたちは自分のデジカメを近くにいた人に託していた。
カメラの前で微笑みながら、量子姉さんが言った。
「ファクたん、ブーケ取りにくればよかったのに」
「別にいーよ。私だって、ゆにと結婚するもん。約束してるんだから」
因子姉さんの言い分では、そういうことらしい。因子姉さんの言う結婚というのは、上の姉さんたちのとは、ちょっとニュアンスが違った。
役場の書類上の契約でもなく、一人前の大人としての証明でもなく、ただただ一緒にいようという約束で―――
「養子縁組っていう方法もあるしね」
―――否。役場の書類上でも契約できるらしかった。
おかしなものだと僕は思った。
いつの間にか、全員に結婚を決めた相手がいるなんて、と。
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