第39話 ~2007年~ 13
ゆにさんの質問に、僕は、ああ、やっぱりこの人が、と思っていた。
「その質問に答える前に、僕からも訊いていいかな?」
「………うん」
「ゆにさんは、もしかして因子姉さんに、告白されたの?」
ゆにさんの質問は、因子姉さんの内面に深く関わる問題だから、ゆにさんが当事者でなければ、僕は質問には答えないつもりだった。
「……うん。されたよ。ちょっと前にね」
「好きって、言われたの?」
「………言われた。付き合ってほしいって言われた」
「どう答えたの?」
僕が尋ねると、ゆにさんは、自分のサングラスを手の中で弄びながら、ぽつぽつと語った。
「最初は正直、………冗談かなって思った。私ってさ、学校でも結構、目立つほうでさ。女の子にもモテるんだよね。こういうことが今までになかったわけじゃないし。………でも、どの女の子よりも、ファクは、………因子は、真剣だった」
開いては閉じるを繰り返していたサングラスを、床の上に置いた。
「もちろん、私は嬉しい。好きになってもらって、嬉しい。気持ち悪いとかは、思わないし。………でも、悩んでるんだよね。遊び半分で付き合ったら、因子を傷つけちゃいそうで。逆に、因子がどれだけ本気なのかもわからなくて、不安でさ。…………答えはまだ、保留してる」
ゆにさんは、姿勢を直して、僕に詰め寄ってきた。
「だから、格子くんから、聞きたいの。………因子は、今までにも私みたいに、女の子を好きになったことがあるのかどうか」
先ほど因子姉さんの過去のことを僕に話させたのは、探りを入れるつもりだったのだろうかと、考えなくもなかった。
ゆにさんの真剣な言葉を黙って聞いていた僕は、口の中をきれいにするつもりで、コーヒーを一口含んだ。ブラックの苦い水が、僕の口の中を洗った。
「わかった。………僕が知ってる、姉さんのことを、ゆにさんに話すよ」
今から話すことは、誰にも話したことがないから口外しないように、という前置きに、ゆにさんは頷いてくれた。
どこから話し始めたものかと僕は考え……
「………まず、因子姉さんが、ゆにさんにそう言ったのなら、間違いなく本気で、姉さんはゆにさんに恋をしている。それも、過去に恋をした相手なんて頭の中に残らないくらいに」
「その、………今までに因子が好きになった相手っていうのも、やっぱり女の子?」
その質問には、「違うよ」首を振って答えた。
「因子姉さんは、同性だけを好きになる人じゃ、ない」
僕の答えに、ゆにさんは、衝撃と納得を半々に混ぜたような顔を浮かべていた。
悲しみも、少々。
「そう。………じゃあ因子は、男の子を好きになったことも、あるんだ……」
独り言のように呟いて何かを考え込もうとするゆにさんに、僕はすぐに訂正を入れた。
「違うよ」ゆにさんのそれは、間違っているからだ。「因子姉さんは、過去に、男の子を好きになったことなんて、一度もない」
ゆにさんは、今度は当惑を表してきた。
「どういうこと? だって格子くんは今、因子は、同性だけを好きになるわけじゃないって、言ったじゃない」
「そう、そこは間違いない。因子姉さんの恋愛対象の中には、女の子と一緒に、男の子も入っている。今までに姉さんが、一度も男の子に恋をしたことがないってだけで」
「ちょっ、と、待ってっ」
ゆにさんは眉間に皺を寄せて考え込んだ。
「意味が、わからないよ。因子が過去に女の子にしか恋心を持ったことがないなら、どうして格子くんに、そんなことがわかるの? 因子の恋愛対象の中に男の子が入ってるって言い切れるの?」
「それはね」
僕は一息、間を置いた。ここから先は注意深く説明しなければならなかった。
僕たち姉弟の中で、誰よりも異常な「特異体質」を持つ、歯車因子については。
「因子姉さんはね、………この世にある全ての物に、恋をすることができるからだよ」
最も厄介で、最も恐ろしい。
因子姉さんの持つ運命という名の体質は、「何にでも恋ができる」だった。
僕の姉、歯車因子の「食性」を名付けるなら―――「
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