第35話 ~2007年~ 9

 翌朝、夜行バスは、僕たちの住む街にたどり着いた。

 昨夜の寝不足と涙のせいで赤くなった目を眼鏡で隠すまりあさんは、別れ際に微笑んだ。

「また連絡するね」

「うん。………また、学校で」

 お互いに、昨夜のことには触れなかった。

 僕とまりあさんは別れた。

 それから―――二週間ほど、僕とまりあさんは、何も言葉を交わさなくなった。

 正確に言うなら、交わせなくなったのだ。まりあさんが僕を避けるようになった。電話もメールもなくなっていた。あの夜の、夜行バスでの出来事が、まりあさんを気まずくさせているのだろうかと思った。だからまりあさんが再び僕に話しかけてくれるまで、僕からは何もしなかった。

 ―――それがいけなかったのかもしれない。

 僕は、気付いていなかった。

 まりあさんの僕への恋は、苦しさしかなかったことに。

 昨夜の涙では洗い流せないほどの痛みがあったことに。

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