第31話 ~2007年~ 5
「不安?」
その日の夕食、量子姉さんからの質問。その夜は僕と量子姉さんのふたりだけだった。
不安―――だったのだろうか。当時の僕が感じていた物は。
「………さあ、どうなんだろう」
「別に、嫌いじゃないんでしょ? 好きなんでしょ?」
「好きだよ」
「ほかの人と同じくらい、ってわけじゃないんでしょ?」
「そうだね。僕を好きだといってくれるまりあさんは、ほかの人よりも特別に、大切だよ」
「そーゆー気持ちをさ、恋だとは、ラッたんは思えないわけ?」
「………」
僕が箸を止めて考え込むと、量子姉さんも箸を止めていた。この当時二十四歳だった量子姉さんは、相変わらず小柄で童顔でもあったが、年齢相応の落ち着きを獲得しつつあった。光子姉さんを父親のように、陽子姉さんを母親のように感じてきた僕にとって、姉のように感じられる人は量子姉さんだけだった(因子姉さんは、姉というより、同居しているクラスメートという感じだった)。
「………僕は、嘘をつけない」
「…………そっか」
量子姉さんは、頷くでもないが、視線を伏せた。
「『それは恋だよ』って、今までに何回も言われてきたけど、やっぱり僕には、『そうか恋なのか』って納得は、できない。付き合いはじめた五年前よりも、まりあさんを大切にしたいっていう気持ちは強くなっているけど、………たとえば、まりあさんが僕から離れようとしたら、僕はまりあさんの心を、繋ぎとめたいとは思わない。こんな気持ちはきっと、恋じゃないよね?」
「どーだろうね。去る者を追いかけるのが必ずしも恋だとは、私は思わないけど」
はっきりと否定しない量子姉さんは、優しかった。僕にはそう思えた。
けれど、量子姉さんが優しく見守ってくれていようとも、僕には、まだ恋をしていないという確信があった。
「僕は、………恋をしたいよ、姉さん」
「私もだよ」
どうして僕は、恋ができないのだろう。
―――できなかったのだろう。
そんなことを、当時の僕は、頻繁に考えていた。
僕がまりあさんに恋をすれば、彼女は絶対に、喜んでくれるというのに。
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