第27話 ~2007年~ 1
2007年
あれはもう五年も前の出来事なのか。その当時僕は、まりあさんと同じ、進学が主な進路の県立高校に通っていて、そこの三年生をしていた。
ゴールデンウィークに入り、女子高の寮から帰ってきた
ピンク色のメモ用紙に書かれていたそれは、どうやら
――facへ
けつもとがちょーウザい
uniより――
「うに」
洗濯機の前でそのメモの字面を目で追いながら、僕は口に出して呟いていた。
―――「サザエさん」の原作では、大きくなったタラちゃんに「ヒトデ」という名前の妹ができるらしい。
「ウニ」と「ヒトデ」
果たして女の子の名前として、どちらがより不適切だろうか。
そんなことを考えていた僕だったが、「……いや、違うか」すぐに独り言で否定した。
僕は因子姉さんが寮から持ち帰ってきた大量の衣類を詰め込んで洗濯機を回し始めてからも、規則的な振動を繰り返す機械に寄りかかって、そのメモを眺めていた。
「けつもと」なる人物については知らないが、宛名の「fac」はきっと、「因子(factor)」姉さんのことだ。姉さんの名前が英単語の省略であれば、「uni」もきっとローマ字読みでウニではなく、「唯一(unique)」や「宇宙(univerce)」のユニ、と読むのだろう。「ゆに」なる人物は、察するに因子姉さんの通う女子高の同級生だ。
―――ゆに子。
果たして、そんな風変わりな名前の女の子がいるだろうかと思ったが、僕たち姉弟も下の三人は変な名前なので、他人についてどうこう言える資格はなかった。それに、ゆに子という名前も悪くはない。あだ名をつけるとしたら「一角獣(unicorn)」だろうか。記憶違いかもしれないが、「ユニコ」という名前のキャラクターが、何かの漫画の中にいたかもしれない。
僕はメモを持ったままリビングへと戻った。
リビングには、家に帰ってきた因子姉さんと、よく言えば家事手伝い、悪く言えばニートの
因子姉さんと量子姉さんは僕に背を向けてゲームで遊んでいた。量子姉さんの髪の色は、その年から燃えるような赤色に染められていた。
「腕が落ちたねえ、ファクたん」
「量子
「いーね遊び人。響きが」
「よくないわよ。……あ、だめ!」
「おりゃ」
「因子姉さん、ジャージの中に」
「ダメダメダメダメダメダメ!」
「却下します。食らえ!」
「ちょ、も、あ」
「とどめだ」
「あーっ、もーっ!」
因子姉さんのドンキーが、量子姉さんの操作するリンクによって画面の外に弾き出された。その瞬間に、因子姉さんはコントローラーを操作して「勝負なし《ノーコンテスト》」にしてしまった。
「負けを認めなよファクたん」
「やーよ。もーいっかいもーいっかい」
僕のことをまるで無視している因子姉さんに、僕は再度、言葉を投げかけた。
「因子姉さん、『ゆに』って誰? クラスメート?」
―――すると、僕の話を全然聞いてくれそうになかった因子姉さんの背中が、「ゆに」という言葉に反応して、ぐるりと後ろにねじれた。
因子姉さんは、僕と、僕の手の中にあるメモ用紙を交互に見つめると、ゴキブリのような初速を発揮して立ち上がり、僕が持っていたメモ用紙を奪い取った。
「………見た?」因子姉さんは大事そうに胸の中に手紙を抱えると、僕を睨んだ。
「………見たよ。でも何も変なことは、」
僕が言い終える前に、因子姉さんは手紙を抱えてリビングを出て行った。廊下の向こうから、因子姉さんの部屋の扉が乱暴に閉まるのが聞こえた。
リビングに取り残された僕と量子姉さんは、因子姉さんの出て行った扉を揃って見ていた。
「どったの?」量子姉さんが、視線を僕に移した。
僕は肩をすくめた。「わからない。友達との手紙だったみたいだけど」
「見られたくなかったのかな?」
「さあ? どうしてかな」
量子姉さんは、そばで観戦していたエレメントを抱き寄せ、その頭を撫でながら、口を尖らせて考えていた。
そして、「もしかして、恋かな? 好きな人から貰った手紙だったりして」
「まさか」どこからそんな発想ができるのかと、僕は驚いていた。「そんなこと、ある?」
「あるんじゃないかな? 意外とね、同性を好きになるのは、多いって聞くよ?」
僕は、テレビ画面の中の、因子姉さんが操っていたドンキーコングを見た。
「……でも、因子姉さんは……」
「そーね」
僕の言わんとしたことがわかったのか、量子姉さんは頷いた。
確実なことはひとつだけあった。
因子姉さんは同性を好きになる女の子ではない。
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