第15話 ~2002年から、2003年~ 3
おじいちゃんが入院したのは、量子姉さんが帰ってくる一ヶ月ほど前のことだった。
なにやら背中が痛いと言っていて、診察を受けたらすぐに検査入院となった。
後日、上のふたりの姉さんが呼び出され、いわゆる「あと半年」の宣告を受けた。腎臓がんだったらしいが、恐らくはすでにどこかに転移しているだろうとのことで、おじいちゃんの年齢を考えると、手術はもちろん、ほかの治療方法でも体力が続かないだろうということだった。
延命は難しい。医師からそう宣告された姉さんたちは、長く、何度も相談した結果、おじいちゃんにもありのままを伝えることを決めた。一緒に暮らしはじめて十年ほど経っていたが、いつか来る「その日」のために、勝手のわからない僕たちに、「その日」が来る前にやってほしいことを教えてほしかったからだ。
姉さんたちは、医師と一緒に、おじいちゃんに病状のすべてを伝えた。おじいちゃんのほうはそれまで何も訊かなかったけれど、入院が長く続いたことで覚悟していたようだった。逆に正直に伝えてくれたことを姉さんたちに感謝していた。
それからおじいちゃんは緩和医療病棟のある病院に転院し、知人に手紙を書いたり、本を読んだりしていた。姉さんたちはもちろん、僕も何度も病院に足を運んだ。車椅子に乗るおじいちゃんは、やはり日に日にやつれていくように見えた。
おじいちゃんの見舞いに行く度に、量子姉さんがここにいないことに、僕たちは焦りを感じていた。しかし、当のおじいちゃんは、量子姉さんに関しては、特に心配をしていなかった。
その理由が、量子姉さんが帰ってきたこの日、わかった。
量子姉さんは、おじいちゃんとだけは頻繁に連絡を取っていた。それどころか、ヒッチハイクの旅行については計画の時点でおじいちゃんに相談していた。そのときおじいちゃんから「迷ったら、やりたいことをやれ」と背中を押され、量子姉さんは旅に出たらしい。
量子姉さんは旅行中もおじいちゃんにだけは、宿や泊めてもらった家の電話を借りて、おじいちゃんの携帯電話にどこにいるかを伝えていた。ただ、姉さんたちには秘密にしてほしいとおじいちゃんに頼んでいた。自分の納得のいくまで旅行を続けたかったらしい。
おじいちゃんはそれを守った。しかし、おじいちゃんは量子姉さんにも秘密を持っていた。
量子姉さんとおじいちゃんの電話のやり取りは、帰ってきたこの日から一週間前まで行われていた。しかしおじいちゃんは、自分の病状のことを、何ひとつ量子姉さんに教えなかった。
僕にも、おじいちゃんの気持ちがわかった。
きっと量子姉さんは、おじいちゃんが病気だと知れば、どこにいてもすぐに駆けつけてくる。おじいちゃんは、せっかく自分の意志で旅に出た量子姉さんの邪魔にはなりたくなかったのだ。
量子姉さんは、帰ってきた次の日、おじいちゃんの見舞いに行った。ひとりじゃ心細いからと、僕に学校を休ませて同行させた。
量子姉さんは病室に着いて、おじいちゃんを見るなり、おじいちゃんの膝の上で泣きながら謝り、そして自分に容態を教えてくれなかったことを責めた。
初めて見た量子姉さんの泣き顔もだが、そのときのおじいちゃんの表情を、僕は一生忘れないと思う。
すべてを赦すような、おおらかな―――
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