第5話 ~2000年~ 4
翌日、僕は因子姉さんと一緒に登校した。今朝になって鏡を見たら、痛みは引いていたが、前日よりもあざが青くなっていた。あざは治る前に変色するのだと知った。
僕は登校する最中に、いつものように通り過ぎる人に挨拶をした。もはや顔見知りなくらいに挨拶を交わすおばあさんは、前日と比べたら変わり果てた僕の顔を見て心配していた。
僕と因子姉さんが教室に入ると、一瞬の沈黙を置いて、少しだけ、同級生がざわめいた。
自分の席に座る前に、僕はランドセルを背負ったまま、教室の一角にいた三人の男の子たちに歩み寄った。
そのうちのひとりは、昨日、僕と喧嘩をした男の子だった。
「……なんだよ」
顔に新しい絆創膏を張っていたその男の子は、警戒するように、僕を睨んだ。
僕は、表情を変えずに、
「昨日は、ごめん。やりすぎた。僕も間違っていた」
僕は頭を下げた。顔を上げると、男の子たちは驚いたような表情を浮かべていた。
とりあえず言うことは言ったので、自分の席に戻ろうとしたら、肩を掴まれた。そのときは一瞬だけ、昨日の続きかな、と身構えた。
しかし振り返ると、喧嘩をした男の子は、神妙な顔をして俯いていた。
「……俺も、悪かった。ひどいことを言って、ごめんな」
隣にいた男の子たちも、俺も、と言って謝った。
顔に青あざの男の子が、おずおずと僕の目を見つめた。「許してくれるか?」
「うん。許すよ」僕はすぐに頷いた。「喧嘩は、これで終わり。あとで先生にも、仲直りしたって話そうよ」
僕がそう言うと、安心したかのように男の子も頷いた。そして、「なあ、格子」と素直な笑顔を向けて、僕に言った。
「お前ってさ、どんなときに笑うんだ? どんなことされたら笑うんだ?」
その問いかけに、僕は首を傾げた。僕にもわからなかったからだ。
僕は―――どんなときに笑うのだろう。
「……さあ? 試してみたら?」
僕がそう言うと、その男の子は、歯茎を見せて笑った。
その年、僕は頻繁に考えていた。
僕も、量子姉さんも、因子姉さんもこの家を出ていって、いずれおじいちゃんが死んだとき、4LDKの大きな部屋には、光子姉さんだけが残される。ひとりで住むには大きすぎる部屋だ。
その中で、光子姉さんは、ただひとりきり。
そのときになったら―――そのときになって、光子姉さんはようやく恋を始めて、結婚をするのだろうか。
いったい、光子姉さんと結婚する相手は、どんな人なのだろう、と。
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