徒然記〜馬鹿馬鹿しい退屈で暇な日常とゲシュタルト崩壊した少女〜

 手持ち無沙汰にやることもなく一日を過ごし、硯(すずり)に向かって心に浮かんでくる取りとめも無いことを、特に定まったこともなく書いていると、妙に馬鹿馬鹿しい気持ちになるものだ。


「って……、マジで馬鹿馬鹿しい」


 ビリびりっ!!

 と、一気に羊皮紙を破り捨てる。

 貴重な一枚だが仕方ねえ。


 暇だ……、非常に暇だ。

 あまりにも暇すぎて日記をつけようかと思い至って早三日、ついにそのやる気は何処ぞへ消え去り毛筆を鼻の上に乗せながら口笛を吹く。


 あぁ……、暇だ。

 自分の文才のなさに反吐が出る。

 昔買った小説は読み飽きたから自分で物語でも書こうと思ったのがほんの一週間前、しかしあまりにも酷い出来に哀れを通り越し無情にも燃やし尽くしちまった。


 ちなみに俺のお気に入りの小説はクードン・エッスル作の「怠惰への冒涜」だ。

 あれはなかなかに良い刺激を貰えたが、やっぱり退屈なのは変わらない。


 隣に置いてある封杖メルシナを手に取る。

 すると勝手に手から離れプカプカと浮遊する。

 それを人差し指でつつくと反対側に倒れようとするが振り子のように戻ってくる。


 それを何度か指でつつき弄(もてあそ)ぶ。

 ボーっ

 と洞穴の天井を眺める。


「あぁー、暇だ……、暇すぎんだろ」


 杖つつきを止め手を一振りする。

 すると隣の部屋から二つの物体が歩いてくる。

 紫式(パペル・)を評る繊鎧(フェイム)とクランチェローブだ。

 仙魔法(ロッカ)の源素力(マレナス)を操作する力で物質に含まれる微細な源素力(マレナス)に働きかけて動かしながら何をしようかと考える。


 今ハクラン大陸で流行りの”相撲”なるものでもやらせてみようか。

 いや、そういえば聞いただけでどんなのかは知らないからできねえな。


 取り敢えず手押し相撲で丸く収めるとして、俺の思考はそのまま回想へと耽(ふけ)る。



 昔は……、正確にはレピア崩壊が起こる15年前までは暇だ暇だなど一度として言った事はなかったんだ。


 あの頃はレピアに行けば何でもあった。

 城下町はいつも賑やかで好きなだけ売り物の果物を食べれたし、闘技場(コロッセオ)は毎度大盛り上がりだった。


 パルドナ神殿や十大英傑(じゅうだいえいけつ)の丘、レピアレス博物館にリヴォリの泉の四つを梯子(はしご)観光するのがまた楽しみであったのだ。


 レピアは100年以上生きている中で毎日通っていたが何度行っても飽きる事はなかった。


 だがそれに比べ今はどうだ?

 建物はほぼ全て倒壊し、大好きな観光名所は見る影もねえ。

いるのは死にそびれたグールとゾンビなどの襲性生物(モンスター)の群れだけで 退屈なこと極まりねえ。


 それに他の国でも特に面白いものはなく、いっても暗く沈んだ雰囲気のところばかりでつまらない。



 そういや、この前の一年に一度行われる六歌仙が集まる座談会……。まあ、毎年参加してんのは四人だけだがその時に聞いたことを思い出す。


 どうやらパルディア大陸では新たに闘技場(コロッセオ)が完成し近々世界中の猛者を集めて競い合わせるようだ。


 カナビシ大陸では飛空船(ひくうせん)の建造がかなり進んでおり、ハクラン大陸では姫欄鳳凰殿(きらんほうおうでん)や桜訡神宮(おうきんじんぐう)が建てられ奉仕者の参拝で溢れかえっているそうだ。


……全部行きたい。

 特に……、特に闘技場(コロッセオ)だけは死んでも行きてえっ!! 世界中の猛者だと?! これ見なきゃ一生後悔するじゃねえか!!


 という言葉を抑えながら座談会ではお茶を濁していた。

 それに比べ俺のところはこれといって何もなくただダラダラと各国が身を固めているだけだった。


 毎年行ってるとはいえ今はもう聞く専。

 崩壊を止められなかった事で後ろ指を指され続けられるわメルシナで特に何も起きないわで散々だ。


……行きたい。

 だが悲しいかな?

 俺はメルシナ大陸から外へ出ることが出来ずただただ指をくわえて羨ましがるだけなのだ。


「そーいや、昔はすっげえ威張ってたな、レピアのことで」


 あぁ、懐かしい。


 チッ……。

 こんなこと思い出したら余計むしゃくしゃしてきた。

 少し夜風にでもあたろう。




⌘  ⌘  ⌘  ⌘




「ウォォォラァァァァ!!!!!」


 ふぉぶぉぉんノォォんんんーー!!!


 と。

 謎の風切り音を残し、空高くへ飛翔する。

 気晴らしとはいえやるとなったらガチだ。

 今日こそ天板(てんばん)まで行ってやる!!!


 雲を突き抜け大気を貫く。

 その感覚が気持ちいい。

 目指すべき上空を見上げる。

 今日も星が綺麗だ。


 速度はゆるまない。

 ひたすら高く登っていく……が。


「やっべ、もう来たか……!!」


 そう。

 ここが難関なのだ。

 上空へ行けば行くほど大気中に含まれる源素力(マレナス)濃度がどんどん低くなっていく。

 仙魔法の力で空を飛んでいるため源素力(マレナス)が無ければ当然飛べなくなる。

 そして急激に源素力(マレナス)の枯渇が激しくなる境界線でいつも俺はギブアップしているのだ。


 だがこの一層さえ超えれば天板を輝かしている光の源素力(マレナス)が密集している域に達するはずだ。

 あくまで推測だがここから先になかなか行けない。


「あっ……、やっぱ無理だわ」


 途端


 自由落下のオンパレードが


 は


 I


 じ


 I


 ま


 I


 っ


 た


 ぁ


 ぁ


 I


 ぜ


 ぇ


 I


 I


 !


 !


 !






――とつ。

 地面に降り立つ。

 あたかもゆっくりと落下したように見えたが実は軽く鎡速(じそく)300キーレは超えていた。


「やーっぱ、自然には勝てねーわ」


 そー言いながら天板を見る。

 あぁーきれーだなー

 なんて趣深い事は特には思わないがいつか触ってみたい。


「寝るか」


 そして、地面に寝そべりながら俺は眠りに落ちた。




⌘  ⌘  ⌘  ⌘





「教えて欲しいことがあるの!」


 教えて欲しいのはこっちだっつーの!!

 という言葉は敢えて飲み込む。

 目の前に座る赤髪の少女の瞳は間違いなく死線を通ってきた目だ。


 仙眼(せんがん)で少女のこの1日を覗き込む。

 するとどうやら漂霊紋(ひょうれいもん)らしくついさっきまで漂い続けフラッとこの洞穴に入り込み人型になってくつろいでいたようだ。


 起きたばかりの俺にとって10年ぶりの来客に驚きと喜びを隠せず取り敢えず自慢のお茶を出し飲ませてからこうして話している訳である。


「まぁ、答えられる範囲でならいくらでも」

「まず……、私はだれ?」

「いやっ! 誰だよ!!!」


 いきなり記憶喪失の定番セリフを打ち込むな!

 初対面でいきなりゲシュタルト崩壊か?!


「何で知らないの?! 答えられる範囲は答えるって言ったじゃない!」

「待て待て、完全に俺の範囲外だ」


 なんて情緒不安定な子なんだ。

 いや、そもそも何故人になれる?

 少女には俺ですら見たことのない源素力(マレナス)が流れていた。


「何も思い出せないの。あるのは、世界を漂ってた記憶だけなの。あなたなら何か知ってそうで……。他の人間より源素力(マレナス)が違うから……」


 確かに違うが……。しかし、そんなこと言われてもだなあ。

 俺とて流石に全知全能ではない。

 しかし、ここまで来たのだ無慈悲に追い返す訳にもいかない。


「取り敢えずそうだな。まず言えんのはお前は紋章だ……っつっても知らな」

「知ってるわよ?」

「ん?」

「いえ、紋章も何もこの世界の事なら何故か記憶にあるの」


なるほどそれは記憶ではなく知識として脳にインプットされてたからだな、きっと。


「前世でもしかしたら覚えたのかもしれねぇな。実際訪れたとかさ」

「思い出せないの」


 困ったものだ。

 しかし、見れば見るほど見すぼらしい。

 なかなか可哀想になってくる。


「まあちょっと間ここで暮らしてろ。落ち着いたらまた主探しの旅にでも出ればいいさ」


 そう言った途端、少女の目が輝いた。


 その日からこの洞穴に一人の住人が増えた。




⌘  ⌘  ⌘  ⌘



「おら! てメェ皿割んの何枚目だっ!?!?」

「だって仕方ないでしょ!? こんなの割れるに決まってるじゃない!!」


 というヤロウの屁理屈を聞き流しながら仙魔法(ロッカ)【治】で修復する。

……まさかこんなことに使うこととなるとは。


 コイツが来てから俺の家(洞穴)にある物が軽く20個は壊れた。

 一度、肉を焼くなどと言いながら本気の火魔法(ファイム)を使って壁をぶち壊した時は真剣に追い出してやろうと考えた。


 とんだ厄病神を抱え込んでしまった。


 このままでは物がいくらあっても足りない。

 まあ、すぐに修復するから問題ねえが。


「ちょっとカカ様?! この溜めてある水どうやって使えば……ってキャァァー!!!」


 バラがラ、ビッシャバァァンン


……。

 何が起こったか当ててやろう。

 樽に”苦手な水魔法(スプラシュ)”で”わざわざ”溜めた水をこいつは”全部パァ”にするだけでなく”樽も壊した”のだ。


 ちなみに何故”様”づけなのかというと様を付けると俺の機嫌が良くなると謎に感じ取ったヤロウが怒られ度を下げるためと機嫌取りに無理やりつけているのだ。


「はぁ……」


 俺が今思うのはただ一つだった。


「早く出て行け……。いや、マジで」




⌘  ⌘  ⌘  ⌘




 ドンっ!

 ヤロウと対面する。

 俺はいつになく真剣だ。


「ちょっと……、何よ。今更かしこまって」

「昨日な、棚を漁ってたらとある手紙が見つかってようやくお前をどうするか決まった」

「え? なになに? 私、ここに住んでていいの?!」

「っなわけねーだろっ!!

 いいかよく聞け。

 ここから西に行くとルークスっていう小さな集落がある。

 そこに住んでる少年と接触しろ。

 そしたらお前が何者かも分かるしこれからやることと見つか――」

「嫌よ」

「はぁっ?!」

「だってまた紋章になって移動するんでしょ! しんどい!

 しかもここの暮らしそこそこ快適だし動きたくないの!」


 コラコラおいおい、テメェまだ俺の脛(すね)を喰い千切り続けようってのか?!


「あのなぁ、テメェには感謝とかの感情はねぇのかよ?!」

「ないとは言わないわよ」


 正直にあるって言いやがれ。


「あぁー、どうしても行かねぇってか?」

「送ってくれるなら」


……。

 もういい、どうとでもなりやがれ。



「わぁった。送りゃいいんだろ送りゃあ!!

 んなわがままバッカ言いやがって!

 送ってやっからとっとと出て行きやがれ……、よ……」



……。


…………。


………………ヒック。


……泣いていた。

……泣かせたのか?この俺が?女の子を?


「ちょ……、おい……」



「……だって、初めて人と暮らせたんだもの。

 別にカカ様のこと好きじゃないけど、こうやって笑いながら生きるのが楽しかったのよ……、なのに……、出て行けなんて……、その……」



 俺の中にある感情はただ一つ。

 ”やっちまった”

 感だけだった。

 確かに同情もするが気づかなかった自分が疎ましい。


「ゴメンなさい、いつまでもここにいちゃ迷惑よね」


 目を両手で擦りながら涙声でそう言う。


「……んなことねーよ。

 俺だって初めてだっつーの、人と暮らすのなんて。

 だから別にいなくなってほしいわけじゃ……」


 ないとは言い切れないがまあ、居てくれてた方が楽しいのは楽しい。


「そう……」


 そういいなからヤロウは立ちあがる。

 そのまま洞穴を出て行こうとする。


「おい……ちょっと待て!!」

「カカ様……今までお世話になりました」

「おい待てって! 俺が悪かった! だからもっかい考えて……」


 ヤロウの表情が変わる。

 一瞬の沈黙。




「ァハっ……、ァハははははは!!」



「?!」


「カカ様……、なにっ?! 可愛い!!

 やっぱ演技ってしてみるものね!!

 以外と素直じゃない!!!」


 ブォォっ

 なんとも言えぬ怒りの感情が沸き上がる。


「最後に面白いの見れて良かったわ!! この暮らしもそろそろいいかなーなんて思ってた頃だし、私ルークスっていうところ行ってみるね!!

 それじゃあ! お世話になり……」


「……とっとと出て行けぇぇーーッッッ!!!」


 ァハはははは!!

 と楽しそうにヤロウは走り出していった。





 シーン……

 洞穴に静寂が戻る。

 何だか破天荒な嵐が過ぎ去った気分だ。


 そういえばヤロウが来てから暇だなんて感じたことはなかったな。


 そう思いながらヤロウの背を見守る。

 その背が、15年前にこの洞穴に訪れたと一人の人間と重なる。


 あの時の人間ほど、俺の心を動かしたものはいない。

 未だに鮮明に思い出せるあの日のことを。


 突然、ボロボロの状態で洞穴にやってきたと思ったら矢継ぎ早に腕に抱えた赤ん坊の治療をせがんだ。

 あの時の表情と声は、一生忘れられない。

 レピア崩壊の生き残り。

 その一言で俺の気持ちは大きく動かされたものだ。


 それから手紙と、所持していた装備を残し丸一日滞在した後まるでさっきまでいたヤロウのように去っていった。

 赤ん坊を腕に抱え、その背を俺に向けながら堂々たる歩みで。



 あの人間からはいつも見る人間と違うような気がした。

 後にも先にも、人間の言いなりになったのはあの人間が初めてだ。


 名前は確か……。


「ミレノア、ルークス……」


 忘れるはずがない。

 あの1日は俺の人生で一、二を争うほどの出来事だった。



 そういえばあの赤ん坊は元気だろうか。

 ナチュルネピアで治療しながら見ていたあの赤ん坊。

 何故か惹かれた。

 特にこれといって何もない…….、はずなのに、源素力(マレナス)がざわめいたような感覚がしたのも覚えている。


 おそらく今16か17くらいだったか。

 もし……、ヤロウがあの時の赤ん坊と会ったら。


 また寄ってくれっかな?


 そう思いながら洞穴に戻る。

 また一人の退屈な時間が始まる。

 だが心の何処かで思っていた。


……もう、退屈な時間などあまり残されていないのだろうと。




「まっ、退屈じゃなきゃそれでいっか!」


 そう言いながら背伸びをする。


 こうして、俺の徒然(つれづれ)なる日々が再び始動したのだった。








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