聖餐記〜聖なる夜に歌声を、我らが出会いに祝福を〜

―――――――― 賛美歌(キャロル) ――――――――




「はーい、みんな座ってー!」


 ガヤガヤとみんなは席に座り出す。

 みんなテンションが高い。

 何せ今日の晩餐は今までにないほど豪華なのだ。

 ローストビーフやシーフード、そして食後のケーキとコーヒーという恐らく人生で経験したことのない量の食べ物が並んでいる。

 こんなたくさんの食べ物をどこから……と、思ってしまうがマリサさんが街の人に頼んだり自腹でコッソリ買いこんだのは陰ながら知っている。


 みんなの顔は嬉々としていて、これから始まる晩餐という名のパーティーに心を躍らせている。


 修道院の中はいつもは閑散(かんさん)としているもののみんなが折り紙をきったり人形を飾ったりしてすっかり彩られている。


 するとマリサさんが手を合わせみんなに微笑みながら言った。


「今日はシファン神様の聖夜祭であり、ミサちゃんの誕生日です。

 みんな、祈りと祝いを込めてしっかり楽しみましょうね!」


 するとサクヤが口を挟む。


「マリサさんも明日誕生日なんだから一緒に祝おうぜ!!」


 その一言でみんなは「そうしよう!」と賛同が飛び交い騒然とする。


 それをマリサさんが一度止め「みんなありがとう」と一言言ってからグラスを手に取り……、翳(かざ)す。


 それにつられるようにみんなも杯を翳し一斉に唱和する。


「「「神よ、私たちに聖なる夜の奇跡を。

 私たちの生に祝杯を捧げます。

 それから……。ミサ、マリサさん誕生日おめでとうっ!!!」」」


「ありがと」

「みんな、ありがとうね」


 ミサとマリサさんがそう言うと同時、みんなは手当たり次第に食べ物を手に取り頰張り始めた。





 いくらか経つともう食べ物は半分位減っていた。


 こんなにたくさん食べれるのは初めてだ。


 至る所で会話が弾み、ミサやマリサにプレゼントを渡しながら祝いの言葉を述べる。


 まだ上手に食べられないレノンとミーニアにマーニアとフルールが手伝ってあげる。


 マグドやヘンリー、サクヤが馬鹿をやらかしマリサさんを笑わせようとする。

 誕生日席に座るマリサさんやその周りの子達にドッと笑の渦が巻き起こる。


 たくさんあったローストビーフも今はもう一人一切れずつ食べなくなっているがまだまだ聖餐食は尽きない。


 ヒスワンやナオがお代わりをつぎ、あまり喋らず黙々と食べるヌワにクィートやマイクが絡みに行く。

 ミサの周りも人が多く、一人一人にミサは微笑みながら対応する。


 僕は端の方でそんなみんなの平和な姿を静かに眺めながらローストチキンの側に添えられ誰にも触れられなかったパプリカに手を伸ばし口に入れ咀嚼(そしゃく)する。


 厚い果肉を噛むと同時に意外な甘さが口を満たす。

 美味しい。

 みんなはどうして手をつけなかったのかを疑問に思いながら静かに身廊の先にあるステンドグラスを観る。


 そこに描かれた聖女はまるでマリサさんのようで僕に微笑みかける。


 テンヤワンヤに時が過ぎていく中、不意にギコッと隣の椅子に誰か座る。


「スレイア、お前また一人で食べてるのか」

「う……、うん。お姉ちゃん、いないから」

「お前、もっと周りの子と関わり持った方がいいぞ?息詰まるだろ?」

「ま……、まあ」


 あぁ。

 どうしてこんな対応になっちゃうんだろう。

 本当はもっと話したいのにいざ口に出すとどうしてかドモってしまい上手く話せない。


「ほらほら、乾杯」


 ニッ、と笑いながら杯を押しやる。


「か……、乾杯」


 カンっ

 と気持ちのいい音を出し、杯が交わる。


 やっぱりルナートはなんだか信頼できる。


 ルナートの笑顔に、僕の思想は少し昔。

 僕がルナートと出会った時のことへと遡っていく……。




⌘  ⌘  ⌘  ⌘




 その日は雪が降っていた。


 いつものように、両親の聖体礼儀(せいたいれいぎ)に付き添い終わるまで書庫で子供向けの絵本を読んでいた。


 だけど、もう読み飽きた絵本ばかりで退屈になり少しだけ……、ほんの少しだけ外に出た。


 特に何も考えず、気の赴(おもむ)くままに街を歩いたのを覚えている。

 僕はそういう時間が好きだった。


 ただ、歩き慣れない街で道に迷ったと気がついた時には身体は冷えきりその場に倒れていた……。




……目を覚ますと、暖かい布団の中にいた。

 ランプの灯火を遮るように僕の顔を覗き込み声をかけてくれたのが……、ルナートだった。


 両親も整体礼儀に行っているらしく留守番をしているそうだった。


 ルナートはその後、食事を出してから色んなことを話してくれた。


 一緒にいる友達のことや、僕の読めない本のこと、もちろん僕の大好きなあの絵本の話もした。

 取り留めのないことも、ずっと笑顔で語って聞かせてくれた。


 基本的に3歳を過ぎるまでは他の子供との関わりはなく両親のみと時を過ごす僕にとって、それは何よりも楽しい一時だった。


 ルナートは僕の冷えきり閉ざされた心を少しだけ溶かし解放してくれたような気がした。


 家は……ら暖かかった。

 そこで飲んだスープの味は今でも覚えている。


 4時間ほど経った頃、ルナートの両親が帰宅し、ほどなく僕も修道院へ送り届けられた。





 そして、僕が3歳になるとルナートがあの時と同じ笑顔で僕を迎えに来たんだ。




⌘  ⌘  ⌘  ⌘





 そんな過去の懐古(かいこ)に浸っているとマリサさんが立ち上がり声をかける。


「みんな聞いてくれる? 今日はね……、みんなにシファン神様からプレゼントがあるの!

 一人ずつ呼ぶからみんながプレゼントを貰ったらケーキにしましょ?」


 すると再びソマリナ修道院は歓喜に包まれる。


 今まで子供たちが貰ったプレゼントなんて修道関連の十字架や教徒関連の絵本ばかりだったが、マリサさんが言うだけで浮き足立つ。


 マリサさんは寝室……、自分では禁域(クラウズーラ)と呼んでいるそこへ入り一人ずつ名前を読んでいく。


 呼ばれて入り、出てきた子たちは大小様々な包み紙を手に満面の笑顔で出てくる。

 中で何があったかは言わないがその顔は喜びに溢れている。


「それじゃあ次はスレイアくん」


 そう呼ばれ入るとマリサさんが笑顔で迎え入れてくれる。


 金髪を肩まで垂らし少し小首を傾げ柔らかい笑みを浮かべ僕を見る。

 母親のようだった。

 みんな、両親を失った悲しみをマリサさんが慰めるように埋めていくようにいつも笑顔で優しく接する。

 

 孤児院での僕たちの世話にマリサさんが選ばれて良かったとみんな言っている。


 するとマリサさんに「座っていいのよ?」と声をかけられ僕は座る。


 すると少し小さな小包を手渡されながらマリサさんは言った。



「スレイアくんはいつも一人だね?

 だけど、私はそのままでもいいと思う。

 君の心の優しさは本当に必要な時にみんなを助けてくれるはずだから。

 今は自分の信頼できる人の隣で、癒えない傷があったとしてもゆっくりと癒して行けばいい。

 無理しないであなたの人生を自分で縛るようなことをせず素直に自由に生きてね?」



 マリサさんはニッコリと微笑む。


「あ……、ありがとうございます」


 そう言って扉を開け出ようとする。

 マリサさんの言葉がまだ心の中で響いている。


 心の……、優しさ。


 何だかちょっぴり勇気をもらったような気がする。


「ここでの会話は私とスレイアくんの秘密ね?」と声をかけ振り向いた僕に手を振る。


 それに僕は小さいながらも精一杯手を振りながら寝室を出た。




 プレゼントを貰い終わった子たちは自分の席に着き各々のプレゼントを開ける。


 僕も貰ったその小包を開ける。


 中に入っていたのは少し大きめの指輪だった。

 透き通った氷の結晶が付いていて、光があらゆる方向に反射している。

 綺麗だ……。


 指にはめてみるが少しだけ大きい。

 もしかしたら将来、僕が大きくなってからハメろということなのか。


 箱には”氷(フリージア)の指輪(リング)”と描いてある。


 何かの不思議な力がこもっているのかもしれない。


 そう思うと無性に嬉しくなる。





 程なくして全員がプレゼントを開け終わりケーキを口にする。

 みんなの顔に歓喜の表情が溢れ出る。


 食べ終わるとみんなは神に感謝の意を込め礼拝し自分の会衆席に横になる。


 まだまだ聖餐の余韻が消えない。


 だけど僕はゆっくりと眠りに落ちた。


 プレゼントにもらった氷(フリージア)の指輪(リング)をしっかりと胸に抱きしめながら。






⌘  ⌘  ⌘  ⌘







 みんなが寝静まったころ、私は静かに目を覚ます。


 音を立てないようにゆっくりと歩く。


 聖堂にはパーティーの後が残っている。


 それを見ながら閑静(かんせい)とした聖堂を眺めながら階段を上がる。


 少しだけ狭い二階にある柵と小窓に挟まれた廊下を歩き、修道院正面にある少しだけ突き出たテラスへ歩を進める。


 辿り着くと、

 バッ!

 と扉を開ける。

 肌寒い風が身を撫でる。


 そのまま足を前に踏み出し後ろ手に扉を閉める。


 夜の世界は綺麗で、所々に点在する明かりが星のように煌めく。


 テラスの端まで行き息を整える。


 今日は私の誕生日……だから、これが私自身へのプレゼント。



「今日くらい、一人で静かに歌ってもいいわよね?」



 そう言いながら静かに両手を胸へと押しやる。


 静かに降る雪が私の手の甲に当たり静かに溶けていく。


 冷たい、だけど澄み切った空気をもう一度吸い込む。



 ミサ……、誕生日おめでとう。



 心の中で自分自身にそう祝いながら、静かに歌い始める。


 歌声は風に乗り、夜の街へと流れていく。



 私たちの運命は、もうすぐ動き始める。


 これは、私たちに訪れるであろう過酷な運命、そして人生に……。





……私から、未来の私たちへの贈り物。






「だれが汚れたもののうちから清いものを出すことができるでしょうか、いいえひとりもいません。


 木には望みがあります。

 たとえ切られてもまた芽を出し、その若い枝は絶えることはありません。


 たとえその根が地の中に老い、その幹が土の中に枯れようと、なお水の潤いにあえば芽を吹き、若木のように枝を出すでしょう。


 しかし人は死ねば消えうせます。


 息が絶えれば、どこにいるのか。


 どうぞ、わたしを陰府に隠し、あなたの怒りのやむまで、潜ませ、わたしのために時を定めて、わたしを覚えてください。


 人がもし死ねば、また生きるでしょうか。


 わたしはわが服役の諸日の間、わが解放の来るまで待つでしょう。


 その時あなたはわたしの歩みを数え、わたしの罪を見のがされるでしょう。


 わたしのとがは袋の中に封じられ、あなたはわたしの罪を塗り隠されるでしょう。


 水は石を穿(うが)ち大水は地の塵(ちり)を洗い去る。

 このようにあなたは人の望みを断ちます。





 人生は短く、苦しみは絶えません。


 花のように咲き出ては萎(しお)れ、影のように移ろい、永らえることはないでしょう」




 添えていた手を外す。


 冷たい雪と、暖かい涙がゆっくりと頰に染みていく。


 月が……、今日は一段と綺麗だ。












――挿入歌 : 旧約聖書-ヨブ記14章1~2節 より一部抜粋

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