零暗記〔中〕〜温泉と浴衣とあれやこれや〜
「いやー!いい湯だったねぇ〜ほら〜サク注いで注いで〜!」
ちょぼちょぼ
酒を注ぐ音が聞こえる。
「んだよサク、元気ねーな〜。何かあったのかよ〜」
「……うるせえ」
温泉上がりのとある一室、零暗の衣の酒仲間が集い、プチパーティーが催されている。
話の内容は……、まあお察しの通り、主に愚痴。
しかも半分以上が恋愛云々である。
目の前には浴衣を着、たゆやかな胸を露わにした姐さん。
その隣でクハァー!などと言いながら酒を呷る……、ハナもいた。
「サクヤもハナも何で、んなに機嫌悪いんだよ〜おらぁー飲め飲め〜!」
胸を揺らす。
顔は真っ赤だ。
さて、ここで一番の疑問だ。
……なぜ、温泉シーンがなかったのか!?
――説明しよう。
もちろん、俺もこの女性陣と壁一枚で隔てられた露天風呂。
そして必然的に発生する覗きイベント。
これこそ、青春の醍醐味だろうと期待していたのだ。
壁にそっと耳を傾けじゃれ合う女の子たちの会話。
そして漢は夢と理想を現実にせんと目の前に立ちふさがる壁を同志(なかま)と乗り越え桃源郷を拝む。
これこそがここに来た最大最強の目的であり漢たちに課せられた使命……、のはずなのに。
もはや竹壁に触れることすら出来なかったのだ……。
何故……、何故神はあんなところに結界など張った……?!
それに漢共もフツーに露天風呂を楽しむだけだったのだ。
確かにハクラン大陸から伝わってきたこの旅館や露天風呂などの文化は素晴らしい。
まさに人類文化の極みだ。
それが……、くずおれたのだ。
落ち込まずにはいられまい。
そう……、これがこの最大の疑問の答えなのである――
⌘ ⌘ ⌘ ⌘
不機嫌だった。
だってそうでしょ?!
フツー露天風呂っていったら男子が壁を壊すなり倒すなりで押しかけてきて他の女たちが奇声を出しているところで優雅に風呂に浸かりながら眺める。
そんなお楽しみイベントが待ってるはずだったのに。
どこぞの誰かがいらぬ結界なんて張って……、ミアめ、許さん。
言いなりになりおって……。全く、裸の一つや二つ見られてもいいじゃない。
それ相応の見返りがあるんだから!
それが女性としての楽しみ!
そして、これこそがここに来た最大最強の目的であり私に課せられた使命……、のはずなのに。
「はぁー」
嘆息しながら杯を置く。
カラン
という氷の音が私の愚痴に答えてくれたような気がした。
……こんな愚痴、誰にも言えないしね
カラン。
再び氷の音がする。
……あんただけだわ、分かってくれるの。
⌘ ⌘ ⌘ ⌘
「あーぁ〜、何で今日はマイクいないんだぁ〜?いつもなら一緒に飲んでんのに」
「どーせ今頃海辺でキリーナとイチャイチャラブラブやってんだろー?」
「さっき、二人で、歩いてたの、見た」
ユウとミーニアの言葉にハナとサクヤが反応する。
ま〜、気持ちは分かる。
ちなみに他のメンバーは散歩やらお部屋でお話ー、やら謎のスポーツやらで賑わっているようだ。
「ねーっね! フールちゃんっ!!」
「ちょっ、何ぃ〜?」
ハナがいきなり肩を抑えもたれかかる。
「フルちゃんは行かなくっていいの?!
リックんのとこっ!」
「ぁんでそ〜なんだよー、リックとはもう終わったって言ってんじゃん」
ま、終わったと言ってもカレカノってのが複雑だったからフツーの関係に戻そうってなっただけだしそんなフッタり別れたりの関係じゃぁない。
「そんなのカンケーないもんねー! せーっかくの機会なんだからぁー二人で話すのもいーんじゃなーい?? 見たいし!!」
「結局それかよ」
目ェ輝せやがって。
それから後ろで同じ反応してるサクヤ! さっさとこの馬鹿(ハナ)とくっつけ!
と、心の中で罵倒しつつ、ちょっとだけリックと話したくなる。
「姐さん、そんな遠慮しなくたっていいじゃんか!リックだって待ってる待ってる」
トンっ、
と二人はアタシの肩を押す。
「はぁ〜いいよ、行ってくるよ。
んでも、その代わりお前ら二人も一緒にいろよ?」
「「何で・・・だよ(よ)!?」」
「ほらぁ〜息ピッタリじゃぁ〜ん、アタシはお似合いだ――」
「「さっさと行け!!」」
ドンっ、
と背中を叩かれる。
サクヤとハナの目が合う。
「「んだよ……、ケッ!」」
舌打ちしながら二人はそっぽを向く。
やれやれだな。
見守ってるアタシの気にもなってほしいもんだ。
リックかぁ〜
まっ、久々に会ってやってもいいかな〜
つっても一ヶ月前の七夕で二人で話してんだけどな。
また……、あいつの……。
そんなことを思っているとちょっとだけ、いつも胸につけてるペンダントが熱を帯びたような気がした。
⌘ ⌘ ⌘ ⌘
かんかんかん
球を、打つ音が部屋に響く。
「やるなぁ! スレイア!」
「ルナートこ……、そっ!」
パキィィォーン!
弾きかえす。
ここずっとラリーが続いていた。
始めの頃はなぜか緑色の机が置いてあったのだが邪魔になるだろうと今は横にどけてある。
「なかなか当たらないもんだな」
「そりゃぁ、マグド。あの二人の運動神経エゲツないから。ボクだったら瞬殺で体にヒットしてるけど」
「にしてもすごいな、一度も地面に落とさずあんな速度の球を打ち続けるなんて」
ビュン、ひゅん
球が風をきる音が聞こえる。
スレイアが狗爪を突き出すように取っ手付きの円盤で球を打つ。
神速の一球はだが、ルナートが絶焉華のモーションに合わせ再び打ち返す。
速度は次々と加速し最早どっちが打っているのかなど分からなくなる。
「ね、ねぇ……。やっばり危険じゃないかなぁ?」
「ミアさん、これは男同士の戦いです。
そんなに焦っていては応援してる方にも伝わってしまいますよ?」
「そうだよね、ヒスワンさん……。
が……、頑張って!ルナート!」
「スレイア、頑張って下さい!」
応援相手の違う二人が隣で激しく応援する。
その姿に少し見とれる。
「おやおやぁ? マグドくんは今日もヒスワンにお熱なのかなぁ?」
「違うっての、、、!! ユウだってミアに気があるんじゃないのか?」
「いやいや、可愛いのは認めるけどあれは無理だって!」
「それは、こっちだって同じだっての」
必死に応援する二人を見る。
それもそうか、と俺とユウはひとしきり笑いルナートとスレイアの戦いへと目を戻す。
二人からは少し疲労の後が見える。
「二人とも風呂上がりなんだからほどほどにしなよー」
と、ユウが声をかけるがもう遅い。
汗かきまくりだ。
きぃん
スレイアの一撃がルナートのモーションを見切ったかのように5セーレほどずれた位置へと打ち出される。
そして、突然緩められたスピードと予想外の的中位置に一瞬の躊躇いを見せる……が。
「まだまだ甘いッッ!」
さっ
と身を伏せ球をかわす。
球はルナートの上空をよぎり壁へぶつかり反発。
それと同時にルナートはバック宙を繰り出し跳ね返った球を回転しながらピンポイントで打つ。
「なっ……!!」
パァァッん!
球は見事にスレイアの胸へと当たる。
「っし、俺の勝ちだな!
暗殺士なめるなよ!」
「クソ……!
なら今度は体術でやってみるか?」
「……いやいや、それは遠慮しとくよ」
そう言ってハイタッチし、ミアとヒスワンは感激を浴びせに行く。
それにしてもルナートのあの早業は見事だった。
空を舞うバック宙に球打ちのモーションがほんの数鋲(すうびょう)入るのみであれほど華麗に見えるとは。
だが、俺に求められるのはパワーだ。
あの剛撃の槌をいかに扱うか。
いや、だがあまり使いたくない。
あと……、9種類。
集めてえ……!!
そんなことを思いながら緑の机を元に戻す。
……そういえばこれは一体どういったゲームだったのだろうか?
⌘ ⌘ ⌘ ⌘
暇だ、非常に暇だ。
とんとんとん。
廊下を渡る足音が軽快に鳴り渡る。
月灯りに照らされた夜の海、静かに波を立てそっと海岸に流れ込む。
石造りの庭が情緒的でハクラン大陸独特のお淑やかさを生み出す。
「こんなときに一人なんてね……」
あー、サクヤでも入れば。
あんな性格じゃなかったら即お付き合いしてあげてるのに。
良いところ:顔
悪いところ:その他全て
……勿体無い。
ま、どうでもいいけど。
ふと岸辺を見るとマイクとキリーナが二人で……
「……って!な……、な……、何や……っ、て……」
はぁ。
そういえばもうちょっとで一年って言ってたっけ。
はぁ。
伸ばした茶色い髪をそっとなでる。
艶やかなその髪はしっとりとまとわりつく。
「スララなにやってんの?」
「いい男発見ー♪」
「酔ってんな……」
レノンは呆れる。
「いや、酔ってないしー」
「はいはい。
そういやこの前のフェロットローブの修復サンキューな!」
「いえいえー! でもレノン何で治療士なのに何であんなボロったの?」
「えー……引っ掛けた」
「?」
「木の枝にね、サクサクっと」
「はぁ?! あれどんだけ貴重なローブだと……、ったく相変わらず……」
「いやー、不可抗力でサクサクっと」
「もっと大切にしなさいよー! いくら私が裁縫士だからって頼ってばっかいると……ていうかこの前、みんなの縫い合わせ用の下着の中にあったアホパンツあんたのでしょ?」
「は?! アホパンツだと?! トロールカッコいいじゃん!」
「せめてギガント辺りにしときなさいよ」
トロールとギガントは巨人種のモンスターだ。
そして零暗の衣の衣類は基本的に私が修復している。
「変な服ばっか買わないでよね、笑いながら裁縫とか出来ないんだから」
「えー、そこは頑張ってよ」
ハハハ……。
レノンは頭をかきながら愛想笑いをうつ。
んー、こっから一人もつまんないし……。
「そーだ! レノン、私今暇だからちょっと付き合って〜」
「いいけど、何する気だよ?」
「あんなんしたい」
そう言ってマイクとキリーナの方を指差す。
二人はちょうど口を……。
それを見たレノンが急激に赤面する。
「おま……っ! はっ??」
「あー、だいじょーぶ、別にドキドキとかしてないから」
ん、と言いながらレノンの右手を掴み自分の胸へと押し当てる。
心臓はいつも通り正常に稼動している。
「ちょ…………っっ/////////ァヮヮ!!!!!!!!」
レノンが不思議で過剰な反応を絶句しながらしめす。
なんか面白い。
「よーし、色々試してみーよぉっと」
グイ、と引っ張る。
こういう初々しいしいのはなかなかイジると面白い。
「最初は何しよっかなぁ〜?」
「だ……、誰か助けろーー!!!」
レノンの声は煌々と光る満月の夜空へと飛んで行った。
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