第八話 好きなものは、何があっても絶対に譲らない!!


「……え」


 何の前触れもなく、オリガの剣が淡い光を纏う。とても暖かく、柔らかく、それでいて神聖さを感じる白銀の輝き。

 眩しいけれど、視界を掻き消すことはしない。どこまでも優しい光だ。


「ゆ、勇者の剣が光っています……! 父上、あれは一体何ですか?」

「し、知らん! 勇者の剣が光るなど、そんなことがあるだなんて」


 サンティに服を掴まれ、揺さぶられ続けながら国王が言う。彼等が知らないのも無理はない。だって、オリガでさえ初めての経験なのだから。


「え、な……何? ま、まさか魔法!? あたしも、魔法が使えるようになっちゃった?」

「いや、魔法ではない。しかし、この剣からは得体の知れない不思議な力を感じる……ん? この剣、刃に何か刻まれておるようじゃが」


 アルバートの言葉にハッとして、オリガは勇者の剣を見つめる。そういえば、この剣には以前から古代の文字が刻まれていた。今となっては、学者でも読めない失われた一文である。

 改めて見ると、文字の部分が一際強く光っているではないか。太陽のように眩しくありながら、包み込むかのような優しい輝き。

 そして、不意にオリガは気が付く。


「あれ、この文字……」


 誰にも読めなかった筈の文字が、今なら読める。正確には、読めるというよりは内容が自然に頭へ伝わってくると言った方が近いだろうか。

 とにかく、オリガはようやく自分の剣に刻まれた文字の意味を知った。同時に、驚いた。



 ――この剣の持ち主、大馬鹿と言って良い程の正直者である――



「何だとコラ」

「こ、これ! 闇雲に剣を振り回すでない!」


 床に叩き付けて圧し折ってやろうかと思うも、寸前のところでアルバートに羽交い締めされてしまう。ちくしょう! 剣にまで馬鹿にされるだなんて!

 ていうか、これ書いたの誰だよ! 神さまか!? 陰湿な嫌がらせしてんなこの野郎、出て来いや!


「あらあら、ずいぶん賑やかだこと。それに、まさか生きている内に勇者の剣が輝くところを見られるだなんて」


 あ、マズい。全然違う人が出てきた。何事も無かったかのように扉を開けて入って来た人物は、オリガもよく知っている人物であった。

 アルバートや国王よりも年上でありながら、しゃんと伸びた背筋にしっかりとした足取り。白髪が目立つものの、背中で波打つ豊かな髪。金色のチェーンがお洒落な眼鏡をかけた面立ちは、年老いていながらもどことなく少女のような印象を受ける。

 彼女との出会いは、オリガが勇者になるずっと前のことだったが。あの頃も今も、姿は恐ろしいくらいに変わっていない。少しも物怖じすることなく、前に立つ彼女に国王達が喚く。


「あ、ケイア様!」

「こ、これケイア!! 危ないぞ、下がっておれ!」

「大丈夫ですよ、王子様。王様も、落ち着いてください。オリガ殿は今、本当の意味で『勇者』になられたのです」


 ご覧ください、とケイアが振り向きオリガの剣を示す。

 

「あの聖なる輝き。天啓を受けた勇者が、自らの命を掛けてでも己の正義を貫く時、剣は眩い白銀の光を帯びる。歴史に刻むべき奇跡です。これまで勇者は、どんな時代でも必ず現れ人間界を守護してくれた。けれど……剣を白銀に輝かせたのは、勇者サルビア様以来、二人目なのですよ」


 聖なる白銀に輝く剣には、大馬鹿って書いてあるけどな。


「つまり、オリガ殿がおっしゃることに嘘偽りはありません。また、彼女が魔法で操られているわけでもないのです。今の魔王はきっと、オリガ殿がおっしゃるように平和を愛せる素敵な方なのですよ」


 勇者オリガは大馬鹿って言われてますけどね、剣に。


「それに、そちらの魔族の方。あなたが剣を目的の為だけに振るえば、薬など簡単に手に入れられたでしょう? それでも、あなたは暴力を振るうことなく我々人間に助けを求めた。なんと、ご立派な方なのでしょう。幼稚で短絡的で、お恥ずかしいのはこちらの方です」

「む、いや……ははは」


 苦笑するアルバート。このオッサンは、少しでも魔力が減ったらすぐに狼になってしまうから大人しくしていただけだと思う。オリガは胸中だけで静かに訂正を入れながら大人しくしていると、おもむろにケイアが片手に提げていた籠を差し出してきた。

 小さな籠の中には、小ぶりの瓶が数本と手紙のようなものが収められている。


「勇者オリガ殿、こちらがコルト熱のお薬です。とりあえず今、お渡し出来る分はこれで全てです。どうぞ、お持ちになってください」

「え、良いんですか!?」

「もちろん。念の為に用法容量のメモと、薬のレシピも中に入っております。必要な薬草の成分など、出来るだけ細かく記してあります。これを、魔界のお医者さんにお渡しください。作り方は少しコツが必要ですが、材料自体はよくある薬草ばかりで出来ますから」

「け、ケイア!? 何を勝手なことをしておる!」

「ねえ、王様。考えてみてください。確かに人間と魔族は、これまでずっと争い続けてきました。でも、今の勇者様は魔王を助けようとなさっています。勇者様が、これほどまでに魔王のことを思っている。ジル様、でしたか。二人ならば、人間界と魔界を繋いでくれるかもしれない。二つの世界を一つに、二度と争いの起こらない平和な世の中にしてくれるかもしれない。そうすれば、誰かが犠牲になる必要もなくなります」

「争いの無い、平和な世界……!」


 そうだ。それこそが、オリガの理想だった。自分にとっては人間界も魔界も、どちらも大切で大好きな場所なのだ。


 ジルのお嫁さんになることが最たる野望だが。この二つの世界を、どちらも護っていきたい。


「なんて、偉そうに色々と言いましたけれど……イケメン大好きなが、そこまでべた惚れしている魔王様を見てみたいだけだったりしてね」

「うええっ!?」


 オリガだけに聞こえるように囁きながら、悪戯っぽく笑うケイア。やめてくれ、不意打ちで昔の呼び名をされては照れてしまうではないか。ううむ、どうやら彼女にはいつまでも敵いそうにない。

 ていうか、女はいくつになってもイケメンが好きらしい。わかる。わかるわー。


「……はあ、わかった。ならば今一度、オリガ殿を信じよう」

「本当ですか!?」

「うむ。ケイアの言う通り、お主の言葉に嘘偽りは無かった。ならば……ジル殿もまた、争いを好まないお優しい方なのじゃろう。アルバート殿、これまでの失言を撤回させて頂きたい。すまなかった」

「い、いえ……こちらこそ、申し訳ありませんでした」


 謝罪を述べる国王に、人間達が再びざわめく。だが、もう誰もオリガ達を非難する者はいなかった。アルバートは床に落ちた剣を拾い上げ、そのまま闇の中へとしまった。

 それを見守ると、国王がオリガを見た。


「オリガ殿、アルバート殿。すぐに、とは言わぬ。我々としても魔族と争い、双方が血を流すことは避けたい。ゆえに、いつか……ジル殿とお会いしてみたい。それは、可能だろうか?」

「も、もちろん! ふふん、むしろ良いんですか? ジルは超絶イケメンですから! 腰抜かして寝たきりになっても知りませんよ?」

「ほっほっほ、それは楽しみじゃ」

「やれやれ、勝手に決めおって」

「良いじゃない。さ、オッサン。そろそろ帰ろう、ジルが本当に死んじゃう!」


 ケイアと国王に改めて一礼すると、オリガは先を促すようにアルバートの背中を押す。予定よりもかなり長居してしまった。早く魔界へ戻らなければ。

 今は一刻でも早く、ジルに会いたい。


「それじゃあ王様、ケイア様、ありがとうございました! お薬、大事に使いますから!」

「ま、待ってくださいオリガ殿!!」


 走り出そうとしたオリガを呼び止める声。思わず足を止めて振り返ると、制止する兵士達を押し退けてサンティ王子が駆け寄ってきた。

 ああ、そういえば。ジルに会う前は、彼のお嫁さんになろうとあれこれアピールしていたんだった。でもそれは、安定した未来を手に入れる為。


「あ、えっと……サンティ王子、その……今まで色々とちょっかい出してすみません。迷惑、でしたよね。反省してます――」

「オリガ殿」


 ごめんなさい。オリガの言葉を遮り、サンティが右手を差し出した。思わず、オリガは彼を見上げる。

 その先には、どことなく寂しそうな微笑みがあった。


「……お元気で、オリガ殿。あなたの、これからのご活躍を心からお祈りしております」

「サンティ王子……ありがとうございます!」


 謝罪ではなく、感謝を込めて。差し出された手をギュッと握り締め、すぐに離す。


 うん、きっと……これは、最初から恋ではなかったのだ。


「皆、ありがとう! 魔王ジルのことは、この勇者オリガがしっかり捕まえておきますのでご安心を!!」

「ついさっきまでは勇者を辞めると言っていたくせに、随分と現金な勇者じゃのう」

「うー、うっさいうっさい! ほら、オッサン早く! 走って!!」


 熱くなる目頭を、温もりが残る拳で擦って。ニヤニヤと嫌味ったらしく笑うアルバートと共に、オリガは再び駆け出した。

 

 彼女が振り返ることは、魔界に戻るまで一度もなかった――

 

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