第六話 まあ、ここまで色々あったけれども
予定が狂った。
完全に、狂ってしまった。
「おお! これはこれは、オリガ殿ではないか! 魔王討伐の任に就き、この城を出てから半年程か? 元気そうで何よりじゃ」
「あーえっと、あはは。どうも」
サンティ王子の要らない気遣いに引っ張られて、しばらく。半ば強引に国王城へ引っ張り込まれ、オリガは無理矢理国王陛下の前に立たされてしまった。
どうしよう、前から思ってたけどあたしって計画通りにいかないと頭が真っ白になるタイプみたいだ。焦りといたたまれなさに、目前の玉座に座る人物を見ることすら出来ないでいた。
人間界の国王、オーギュスト・アシル・レグンボーゲ。ちなみに首都のレグンボーゲとは、王族の名から取られているとのこと。どんな主張だ。
「いやはや、それにしても。城の近くの森で、ハンティングに出掛けたサンティと遭遇するとは。二人はやはり、見えない運命の赤い糸で結ばれておるのかのう。ん?」
「ちょ、ちょっと父上! 何を言っているんですか!?」
脇に控えていたサンティ王子こと、サンティ・ベリ・レグンボーゲ王子が顔を真っ赤にして父親である国王に叫ぶ。ああ、数か月前だったら「本当にそうですよねぇ、げへへ」ってなっていたところだが。
ジルの美貌を目の当たりにした今、新しいイモにしか見えないし何なら今はそんな戯言に付き合っている余裕がない。なんなら「何で王子のくせにハンティングだなんて野性的な趣味を持ってるんだよ」と舌打ちしそうになる。
彼ら以外の王族が不在らしいのが、せめてもの幸運か。
「ほっほっほ、すまぬのう。だが、ワシはお前とオリガ殿はぴったりだと思ってのう」
そんなオリガの気持ちも知らずに、暢気に笑う国王。既に齢七十を過ぎており、たっぷりとした口髭がトレードマーク。小柄で親しみ深い様子は国王というよりは親切なお爺ちゃんという印象だ。だからこそ田舎出身のオリガにも優しくしてくれるし、何なら国王の方から「ワシの息子を婿にせんか?」と言ってくるような性格である。
以前ならば、望むところだと返したところだが。
「さて……積もる話は色々とあるが、この辺にしておくとしよう。話によると、メノウ殿がコルト熱に罹られたとのことだったな」
「は、はい!」
「うむ。それは大変じゃ。ケイアに言って、すぐに薬を用意させよう」
そう言うと、国王は傍に居た兵士に声をかけた。ううむ、流石は老成の国王。話が早いのは非常に助かる。
……でも、オリガの焦りは増すばかり。何故ならば、国王の視線がオリガの隣に移ってしまったから。
「ところで、そちらは? 見たことの無い顔だが」
「え、ええっと……この人は、その……」
「ふうむ、見たところワシより少し歳は下のようだが……随分大きな男だの。オリガ殿の新しい仲間か?」
同年代だということが、余程国王の興味を引いてしまっているらしい。サンティ王子に見つかってしまったことが運の尽きか。それとも隣に居るヤツのせいか。こうなったら、最後まで誤魔化し通すしかない。
オリガが目配せすれば、件の人物は小さく頷いた。
「アルバートと申します。勇者オリガ殿が魔王討伐の任を受けたと聞き、不躾ながらも共に戦いたいと馳せ参じた者です。お初にお目にかかり光栄で御座います、国王陛下」
「ほほー! 何とも礼儀正しいの。アルバート殿は身体も大きくて強そうじゃ」
「いえ、それ程でも」
深々と一礼し、品性を保ちながらも堂々とした立ち振る舞い。おお、と周りの人間達が感嘆の声を上げる。流石、こちらも老練している。
国王も気に入ってくれたようだし。これならば誰も、アルバートが魔界の将軍だとは思わないだろう。
「ほっほ。時間がある時にでも、貴殿と酒を酌み交わしたいものだ。きっと美味い酒が飲めるだろうに」
「有り難きお言葉です」
「それにしても、本当に立派な出で立ちだ。アルバート殿は、出身はどこなのだ?」
「え……出身、ですか」
あ、やばい。前言撤回。興味を持たれ過ぎてしまった。アルバートが横目で見てくるも、すぐに視線を前に戻した。
「ええっと、その……雪深い田舎で御座います。もっとも、もう何十年も故郷には戻っておりませぬが」
ナイス返答! 完璧な答えだ。これならば、故郷の様子やら何やら深くは追及されないだろう。オリガが胸中だけでガッツポーズをした。
だが、その喜びも束の間だった。
「雪深い……なるほど、ということはダーウェンス地方の出身ということで間違いないのだな?」
「はい、その通りで御座います」
「……あっ、ちょっと待ってオッサン!」
「あれ? おかしくないですか?」
しまった! オリガが気付くのと同時に、サンティが怪訝そうに首を傾げた。
「ダーウェンス地方って、西の方にある湿地帯ですよね? そこまで雪深い土地ではありませんが」
「……え」
「うむ。この世界に住むものなら、誰もが知っている巨大な湿地帯じゃ。はて……これは、どういうことじゃ?」
くっそ、この
緊張が、一気に高まる。喉がからからに乾いて、緊張で今にも吐きそう。
「そ、それは……その……どうやら、少しボケてしまっていたようです」
「では、改めて聞かせて貰おうか。貴殿の出身を。具体的な地名で」
「う……」
「それから、オリガ殿とはどこで知り合ったのだ? 何という街だ、それともどこかのダンジョンか?」
国王が畳み掛ける。アルバートは、そのどれにも答えられないでいた。当たり前だ、魔界から来た彼に人間界の地理なんてわかる筈がない。
辺りの空気が変わる。ざわざわと、使用人や兵士達が落ち着きを無くしていく。国王の視線が、再びオリガの方を向いた。
「……オリガ殿。実は、お主がメノウ殿と異界の門から魔界へ渡ったという知らせを聞いておるのじゃ。一か月以上前に」
「あ……」
「それからは一度も、門からお主たちが戻ってきたという知らせを受けてはおらぬ。メノウ殿がコルト熱で倒れた、とのことじゃが。彼女は一体、今はどこに居るのじゃ? どうして、ここまで戻ってきた? いや……どのようにして、と言った方が良いか? 馬を飛ばしたとしても、こんな短期間でここまで戻ってくるのはあまりにも不自然じゃ。それが可能だとすれば……人間界には存在しない方法だけ」
国王の言葉に、辺りのざわめきが一層大きくなった。勘の良い兵士達が、腰に下げた剣に手をかける。彼等が視線を注ぐのは、オリガとアルバートの二人。
そして、次の言葉が決定打となった。
「アルバート殿。貴殿は、魔族であるな?」
「……いかにも、その通り」
アルバートが言う。彼はもう、誤魔化そうとはしなかった。代わりに、右腕を真っ直ぐ上げて宙を掴む。人間界であるにも関わらず、闇は主に従い姿を現し、彼は巨大な剣をその手に差し出した。
これ以上の言い逃れはしない。アルバートはそう主張するかのように、人間達の前で魔法を使ってみせたのだ。
「なっ!?」
「ひっ、ひいぃ! 何もないところから剣を出した!!」
「魔法だ! 魔族だ!!」
初めて目にした魔法に、人間達は恐怖に悲鳴を上げた。兵士達は剣を抜き、王子と国王の盾になるようにして前に躍り出て刃を向ける。
だが、魔族の兵士を束ねるアルバートはその程度のことでは怯んだりしない。
「騙すような無礼を働いたことは詫びよう。儂の名はアルバート・バラッグ。魔王陛下の御身を護るべく、兵達を束ねる将軍である。此度は我が主、魔王ジルがコルト熱という病に伏した為に、薬を調達する為に人間界へ足を運んだまで。不要な争いは避けるべく、我が頼みを聞いて頂きたい」
「ちょ、ちょっとオッサン! そこまで正直に白状しなくても――」
「ということは……コルト熱で倒れたのは、メノウ殿ではなく魔王であると?」
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