第三話 勇者「魔族いじわる!」


「さて、まずは情報を整理することにしよう。勇者よ。陛下の病は、お前達の村で流行っていた『コルト熱』というもので間違いないのか?」

「……えっと、多分」


 シキと話してからしばらく。オリガはリインと共にジルの部屋へと戻り、全てを打ち明けた。最初は皆驚いていたものの、オリガ達を責める者は誰も居なかった。ありがたいと思うと同時に、どうしようもない申し訳なさに胸が痛む。

 でも、今は泣いている暇は無い。ジルを助ける為の手掛かりがようやく見つかったのだ。本来ならば、こういう話し合いは会議室で行うべきなのだろうが。ジルが病床に伏せたことにより、万が一にも魔王の命を狙う者が居るかもしれないということで、このまま彼の寝室で情報整理並びに作戦会議が開かれることになった。


「なるほどねぇ、それなら全てに納得出来るわ。風邪のように見えて、薬が全然効かないなんて正にあの流行り病そのものだもの。あ、ちなみにコルト熱っていうのはワタシ達の故郷の『コルト村』から名付けられたのよ? 厄介な病だったけれど、今はちゃんと薬があるから不治の病ではないわ」

「そのお薬があれば、きっと陛下も回復します! オリガちゃんとメノウちゃんは今、その薬を持っていたりしない? もしくは、その薬にどんな薬草が使われていたかわからないかなー?」

「……ごめんなさい。薬は持ってないし、何の薬草が使われているかもわからない」

「そう……」


 シェーラの問い掛けに、オリガは力なく首を横に振った。コルト熱は故郷のコルト村で流行った病ではあるが、山奥にあった小さな村であったことにより他所の村や町で発症する者はほとんど居なかった。名前すらも、ほとんどの人間が知らないだろう。

 薬は確かにある。オリガのおばあちゃんが亡くなった後で、それは出来た。どうしてもっと早く出来なかったのかと、泣いた記憶がある。


「ふむ。ならば、直接貰いに行くしかなさそうじゃのう?」

「ちょ、直接……ですか?」

「人間界にしかないのなら、人間界に貰いに行くしかなかろう」

「……人間界、に?」


 アルバートとリインの声に、オリガははっと顔を上げた。そうだ、何でそんなに単純なことに気が付かなかったのだろうか。

 手元に無いなら……否、魔界に無いなら。


 人間界まで取りに行けばいいじゃない!


「そ、それだー! オッサン、ナイスアイディア!!」

「ふっふっふ、そうじゃろう?」

「……でも、オリガ。ワタシ達、ここに来るまでに何か月かかったと思っているの?」

「…………あ」


 すっかり忘れてた。


「何か月、だなんて待っていられないぞ。陛下の状態から言って、恐らくあと二日が限界だろうからな」

「ふ、二日!?」


 思わず、ベッドで眠るジルを見る。こうしている間にも、ジルの命は削られているのだ。

 ぐずぐずしている暇は無い!


「まあ、そういう話になるだろうとは思っていたからな。ちゃんと用意はしてあるぞ」

「んー? ねえ、ボクちゃん。この薄汚れた紙は何?」

「ボクちゃん言うな! 見てわからないか? お前達人間が住む、人間界の地図だ」


 小脇に抱えていた巻紙を、満を持したと言わんばかりにサギリが勢い良く広げる。部屋には広げられた紙が乗る程の大きな机が無い。よって、結果的にその場に居る全員が床にしゃがみ込んだり、這いつくばるような形になってしまった。

 ……誰一人、気にする様子を見せないのは流石にいかがなものかと思うが。お行儀的な意味で。しかも寝ているとは言え主君の御前ですよ?


「見ての通り、かなり古いものだから……もしかしたら、小さな村などは場所が変わったり無くなったり、新たに出来ているかもしれないが。これは、歴代の魔王陛下が作ったものでな。ところどころに、青いバツ印があるのがわかるか?」

「うん、なんとか」

「その印はかつて、人間界に侵略した魔王陛下が作った『門』だ。お前達が通って来た、人間界と魔界を繋ぐ異界の門の小型版だと考えてくれ」


 サギリが指で示す先には、確かに青いバツ印が見える。大きな紙に、合わせると五つ存在している。


「小型の異界の門!? そんなのがあるだなんて、初めて聞いたけど!」

「主に偵察や、物資の運搬用だ。普段は魔物が人間界に迷い込まないよう封じられているし、現在は使用すること自体が禁じられている。だが、今回ばかりは目を瞑ろう。これを使えば、この魔王城から人間界へは一瞬だ」

「なるほど。コルト村に一番近い門を使えば、大幅に時間を短縮できますね!」

「そういうことだ。さあ勇者、お前達の故郷はどの辺か言ってみろ」


 サギリに促されるままに、オリガは地図を見下ろす。改めて見るも、やはり地図はかなり古い。でも、湖や森の場所は記憶にあるものと同じだ。

 ……それなら、


「あたしとメノウの故郷、コルト村があるのは……この辺よ!」


 オリガは、勢い良く故郷を指し示した。うん、間違いない。自信満々の指先を、サギリ達が食い入るように見つめた。


 そして、彼らは目を見開いて、言った。


「床だな」

「床ねー」

「どう見ても床じゃのう」

「み、皆様! そこは床ではなく、絨毯ですよ!」

「うがああああぁああ!! このチビ大臣! その地図、不完全よ! コルト村がある地域が無いじゃない!!」


 怪訝そうな顔で見てくる魔族どもに、オリガが吠える。て言うか、リインはそれでフォローしたつもりなのか、おい?

 件の地図は、どうやら首都を中心とした限られた地域しか描かれていないのだ。コルト村があるのは、もっともっと北の方。地図にも載っていない、山奥なのだ。


「そうか……お前達は地図にも載っていないようなド田舎からわざわざ魔界まで……大変だったな」

「おい止めろチビ大臣、変な同情するな、ド田舎って言うな」

「ううむ、まさかこの地図が不完全なものだったとは……昔の魔王様達は、そなた達の村がある僻地の方を攻略するには至らなかったようじゃのう」

「僻地言うな」

「地図にも載っていない未開拓の場所……なんかー、わくわくするねー!」

「お願いシェーラ、未開拓も止めて」

「しかし、そんな遠い場所から魔法も使わずにここまで来ただなんて……信じられません。やはり、勇者殿は凄い」

「もー!! あんた達何気に恨んでるんでしょ! あたしのせいだって言いたいんでしょー!!」


 いじめ! 陰湿! オリガが喚くと、彼女以外の全員が吹き出すようにして笑った。メノウまで笑ってるし。


「さて、憂さ晴らしはこの辺にしておいて」

「憂さ晴らしかよ」

「弱ったな……一番近い門でもかなり離れている。お前達は、人間界の地図を持っているか?」


 オリガとメノウは顔を見合わせ、首を横に振った。あるにはあるが、旅の邪魔にならないように小型の部分的なものしか持っていない。


「そうか……それでは、お前達の村に行くのはかなり難しいな。地形も把握出来なければ、要する時間も計算できない」

「そんなぁ……」

「ねえ、ボクちゃん。実はもう一つだけ、お薬がある場所があったりするのよ」

「なに、本当か! どこだ、それは」

「ウフフ……ココ、よ」


 メノウが、無駄に淫靡な仕草で指で示す。オリガは、すぐに気が付いた。そうだ、その手があった。しかも幸運なことに、門もすぐ近くにある。


 ……だが、それは。


「……おい。この地図によると、そこはとても大きな街のようだが……今は更地にでもなっていたりするのか?」

「いやん、ボクちゃん。わかってるくせに、そこは今も昔も首都、『レグンボーゲ』よ。大きいだけじゃなくて、お城もあるの。元々、コルト熱の薬を作ってくれたのは国王陛下お抱えのお医者さま……ケイアさまっていうお婆さまなのよ。だから、ケイアさまにお願いすればコルト熱のお薬をくれると思うわ」

「そのケイア殿は、首都のどこにお住いなんだ?」

「国王陛下お抱えのお医者さまって言ったじゃない? もちろん、お城よ。国王城」

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