第七話 ヒーローは遅れて来るって言うけど、実際本当に遅れて来やがったら軽く殺意が湧く


 言って、ジルがオリガから離れる。何も説明しないまま十歩分程距離を取ると、振り返って漆黒の大鎌をオリガに向けた。間違っても彼女を斬り刻むため、ではない。

 刃を下げたままオリガを見つめ、次に空を見上げる。うん、それだけで言いたいことはわかった。

 ……わかったけど。


「えーっと……本気?」

「私が行っても良いが、私の方が腕力が高くお前の方が軽いだろう?」

「縦にちょんぱされたらギャグにすらならないんだけど!」

「努力はする。私を信じろ」


 にやりと、挑発的な笑み。くそう、イケメンはこれだから性質が悪い! 

 加減が不得手なジルに対して、若干の不安はあるものの。このまま迷っていてはドラゴンがどんどん高く飛んで行ってしまう。

 仕方ない! ジルならば何でも許す!


「勇者は度胸!! 魔王は愛嬌ってかああぁ!?」


 躊躇を叫びで打ち消しながら、オリガは走り出す。その勢いのままジルに抱きつきたいところだが、必死に欲望を押さえ付けて。

 ジルの大鎌に、足をかけた。


「よし、行くぞ。今度こそ仕留めて来い、勇者殿」


 そのタイミングを見計らって、ジルが囁く。そして、そのまま片足を軸に大鎌を振り上げる。攻撃の為ではない。


「ていうか、この方法って全然魔力使ってないよねええぇええ!?」


 もしかして、ジルにとって一番ラクな方法取られた!? ジルの渾身の力で飛ばされ――否、投げられて、の方が近いと思う――魔王城よりも高く上がる。

 オリガ自身も驚いたけれども。もっと驚いたのは、ボスドラゴンのようで。


「待てこらああああ!!」


 空中で剣を構え、逃げかけていたボスドラゴンに向かって叫ぶ。もう逃がすものか。

 これで終わりだ!!


「ッ――!!」


 オリガが赤い巨体に向かって、刃を突き立てる。辺りに響く断末魔。竜は心臓を深く貫かれてそのまま絶命した。

 ごめんね、後で美味しく頂くから。そう弔ってから、オリガが剣を抜こうとした。

 ……でも、


「あ、あれ?」


 空中にいるせいで、足を踏ん張れないからだろう。上手く力が入らない。柄の部分を引っ張るも、返り血と汗で滑ってしまう。しかも、着地どころか受け身を取る猶予すら無くて。

 運が良ければ、竜の屍の上に落ちるだろうが。そうでなければ、地面に激突してしまう――


「オリガ!!」

「え……?」


 切羽詰まった声で、名前を呼ばれて。覚悟した衝撃は、いつまでも襲って来なかった。あったのは、力強い両腕に抱き留められた夢のような感覚だけ。

 一瞬遅れて、大鎌が地面に跳ねる派手な音が辺りに響いた。


「大丈夫か、オリガ?」

「ああ、まさかのタイミングでお姫様抱っこ……ご馳走様です、結婚して」

「大丈夫のようだな」


 堪能する間もなく、ジルはオリガを下ろした。くそう、もう少し髪とか胸元とかくんかくんかしたかったのに。

 まあ、でも良いか。ボスドラゴンは倒したのだ、これで戦いも終わる――そう、オリガは思っていた。

 でも、想定外のことが起こってしまった。


「え、な……何で? 何で、皆こっちを見てるの?」

「どうやら、ボスを殺されたことで相当怒り狂っているらしい」


 未だ残っていた、数十頭の若いドラゴン。そのどれもが、オリガとジルを睨み付けている。血に飢えた獣が思うことは長を殺されたことの復讐か、それとも新たにボスの座を手に入れる為の欲望か。

 何にせよ、これはまずい! オリガの剣は、遠くで事切れた屍に突き刺さったまま。ジルの大鎌も手の届かない場所に転がっている。

 周りの兵士達とも距離がある。リインも、メノウも近くに居ない。逃げ場もなく、絶体絶命の状況で更に追い打ちをかけるかのように。


 ――一頭のドラゴンが、凄まじい勢いで降下してきた。


「オリガ、下がれ!」

「えっ――」


 ジルがオリガの腕を乱暴に引く。あまりにも強い力だったので、彼女はそのまま無様に尻餅をつくしかなかった。勇者らしくない醜態だ。だが仕方がない。だって、信じられなかったのだ。

 一体誰が予測出来たというのか。魔王ジルが、勇者オリガを庇おうとするなんて――


「ジル!?」


 恐ろしい可能性が、脳裏を過る。もしも、ジルが傷付いてしまったら。自分のせいで、彼が怪我などを負ってしまったら。


 きっと、オリガは自分を許せない。


「ジル!!」


 オリガは痛む身体を叱咤し、立ち上がる。彼を護る、ただそれだけを考えて駆け出す。でも、そこまでだった。


 オリガの手は、間に合わなかった。


 ――彼女よりも先に、眩いくらいに白い何かが、視界を上下に両断するかの如く飛び込んできた。


「ガウ!」

「え……?」


 凄まじい勢いで、ジルの眼前に迫るドラゴンを突き飛ばす純白の毛玉。前足には見覚えのある包帯を巻いて、琥珀色の双眸でこちらを見つめてくる。

 ゆらゆらと尻尾を大きく揺らす、一頭の狼。間違いない、オリがとメノウが中庭で手当をしたあの狼だ。

 包帯を巻いたままの前足はそのままだが、特に舐めたり気に掛ける仕草は見られない。良かった、薬がちゃんと効いたようだ。


「って、こんなところに居ちゃだめだよ! ドラゴンに食べられたらどうするの、シロちゃ――」

「アル!?」

「ガウー!」

「…………へ?」


 ジルの声に、狼が応えるように吠える。あれ? 今、アルって呼んだ? 何だ、やっぱり名前は『シロちゃん』ではなかったようだ。当たり前だが。

 ……それよりも、聞き覚えのある名前のような。確か、割と最近ジルが『アル』と呼んでいたのを聞いた気がする。

 うーん、どこだったっけ? 思い出せない。


 ……否。思いだしたくない、と言った方が良いか。物凄く嫌な予感が、背中をぞわぞわと撫でる。


「どうしたんだアル、その姿は……そうか、今日は新月か」

「クゥーン、クゥーン」

「ね、ねえジル……」

「失念していたな……ええっと、月の石は持っていただろうか。ん? どうした、オリガ」

「あの、その狼のことなんだけど……もしかして、騎兵の将軍――」

「ああ、あった……ッ、二人とも!」


 避けろ! ジルの声に、オリガと狼が同時に動いた。何も捕らえられなかった牙を、苛立たしいといわんばかりに食いしばるドラゴン。先程、狼の一撃を喰らっていた筈だが、どうやら一時的に気を失っていただけのようだ。

 くそう、諦めが悪いな! こうなったら、イチかバチかで剣を取りに行くしかない。オリガがタイミングを見計らっているも、ふとジルが何かを持っていることに気がついた。

 彼の左手に、すっぽりと収まるくらいの大きさの乳白色の塊。ゴツゴツとしたそれは、石……だろうか? 


「すまない、アル。今はこの一つしかない」

「ガウガウ!」

「恐らく、一時間もてば良いだろう。頼む、力を貸して欲しい」

「ガウー!!」

「よし、では受け取れ!」


 会話らしきものをして、ジルが少し離れた場所に降りた狼に向かって石を放る。綺麗な弧を描いた石を、狼が口で器用に受け取るようにして咥える。

 そして、そのまま何を思ったのか。ドラゴンにも負けない鋭い牙で、ガリガリと噛み砕いてしまった。


「え、何あれ砂糖菓子? 良いなぁ、ジル……あたしも」


 お腹減った。どんな時でも自重しない腹部を擦りながら、オリガ。だが、彼女の切ないお強請りはジルに届かない内に、けたたましい咆哮に掻き消されてしまう。ついにドラゴン達が痺れを切らして、総攻撃を仕掛ける体勢を取った。


 そこまでだった。


「一時間? それだけの時間を頂けるのならば、この不躾な竜共を全滅させて見せましょう」


 

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