第五話 魔族「人間こわい」



「それでは、三分後に魔法防御壁を最低限まで弱めます。すぐにドラゴン達が総攻撃を仕掛けて来ることが予想されます。各自、警戒を」

「ウフフ、ワクワクしてきたわねぇ」


 魔法軍からの伝令に、メノウがくすりと微笑する。まさか、軍の一員として戦うことになるなんて……それも、人間の国王軍ではなく魔王軍に参加するだなんて。

 故郷を出るまで……否、魔界に来るまで想像もしていなかった。


「さて、と。成り行きで司令塔を任されちゃったワケだけど……皆、ワタシの指示に従ってくれる? 人間の言うことを聞くのがイヤだって言う人は、今すぐお城の中に戻った方が良いわよぉ」

「ご心配なく! ここに居る弓兵全員、メノウさんの命令に従わせて頂きます! どうぞ、遠慮なく指示をください」


 猛々しい声を上げる兵士達。容姿は様々だが、皆の心は同じ。城を、魔王を護りドラゴン達を迎撃する。

 何かを護りたいという思いは、人間も魔族も変わらない。


「め、メノウさん! そのー、もし良ければなんですけど……この戦いが終わったら、一緒にお食事とかどうでしょう?」

「え?」

「あ、コラ! 抜け駆けすんな!!」

「勇者さんも一緒に、皆でご飯が食べたいですー! 今まで、人間さん達は怖い種族だと思っていたんですけど……メノウさん達を見ていたら、人間さん達のことをもっと知りたくなったんです!」


 兵士達が次々に、メノウの元に寄ってくる。ううむ、若干名顔から下をいやらしい目で見てくる者が居るが。

 どうやら、自分達人間に対する警戒心は完全に解かれたようだ。


「もちろん、良いわよ? 昨夜みたいに、楽しくお酒を飲みましょうね」

「はい!」

「それじゃあ、皆。そろそろ時間よ、配置について。例のモノの準備はどう?」

「バッチリです!」

「オッケー、早速一発目からいくわよ」


 鼓膜に届く、決戦へのカウントダウン。だが、メノウはあえて自分の愛銃を構えることはしなかった。そのまま最前列へと走って、手摺壁に設置された巨大な『それ』に飛びつく。

 景気づけの一発目。出来たてほやほや、試し撃ちすらしていないぶっつけ本番。不安はあるが、ドワーフ達の技術を信じるしかない。


「この一発目がどうなるかはわからないけれど、不発でなければ一瞬だけでもドラゴン達の気を引くことは出来る筈。皆はその隙を狙って、ドラゴン達を出来るだけ撃ち落として。身体や頭では無く、あのデッカイ翼を狙うのよ」

「了解です!」

「防御壁、解除されます!!」


 その瞬間、人間であるメノウにも辺りから防御壁が消失したことが感じ取れた。一呼吸も置くことなく、『それ』を操り愛銃達よりも重い引き金に指をかける。

 数日前、物作り大好きなドワーフ達にせがまれて銃を見せた時。もしかしたら、メノウが抱いていた長年の夢――否、野望――を叶えられるのではないかと思って、冗談半分で提案してみた代物なのだが。まさか、こうして実現してしまうとは。

 人の身程の長さを持つ銃口に、手の指よりも長い弾丸。威力、並びに射程距離は人間界にあるどんな銃火器をも凌駕する。

 どんな大物でも、どれだけ離れていても逃がさない必殺の一撃。


「喰らいなさい!」


 引き金を絞ると共に放たれる、灼熱の弾丸。凄まじい爆音と衝撃。固定してあるとは言え、威力の高さが両腕を通して伝わってくる。

 結果は想像以上だった。放たれた弾丸は数体のドラゴンを貫き、無力化させた。暴発するどころか、照準の精度まで完璧だ。見たことのない武器に度肝を抜かれたのだろう、ドラゴン達の群れにざわめきが起こる。

 加えて、ジルが率いる魔王軍はとても優秀だった。メノウが指示した通りに、弓兵が数多の矢を空へと放つ。弾丸には劣るものの、豪雨のように注ぐ矢にドラゴン達の断末魔が重なり合う。


「やった、やりましたね! メノウさん!」

「いやぁん、コレよコレぇ!! この形、大きさ、力強さ、そして威力! 全てが文句の付けようのない出来よぉ! 名付けるならば、『対ドラゴン用大口径魔法ライフル一式』かしら!」

「め、メノウさん……?」

「ああ、ダメ……これが実現するなら、逃げる敵を追いかける弾丸とか、対象に貼り付くゼリー状の爆弾とか。何でも出来るじゃないの。良いわ、魔界って……夢が広がる……」


 ライフルの固定台を愛おしそうに撫でながら、うっとりと呟くメノウ。ワタシ、魔界に永住する。そんな思いを胸に、メノウは新しく愛銃となったライフルに新しい弾丸を装填した。

 



「……何だ、今のは」

「え、えーっと……メノウさんの銃と意見を参考にして作った、ドワーフ新作の武器、だそうです。弓矢とは異なり、金属の弾を火薬で撃ち出し目標を狙うのだとか」

「やれやれ、人間の発想力は本当に凄いものだ。魔力を持たずして、歴代の魔王達を全て撃退しているだけある。……開発費のことは考えないようにしよう」


 天に昇っていく流れ星のような弾丸に、ジルは苦笑するしかなかった。凄まじい火力を見せ付けられたものの、その開発費がどれほどのものになっているのか。後でサギリの雷が落ちてきそうな気もするが。

 今回の戦いでは、強力な戦力になってくれた。メノウの采配も見事だ。


「リインに伝えてくれ。魔法軍の余力をオリガ側の援護に回してくれ、と」

「え、良いんですか?」


 伝令役が驚きの表情で見返してくる。別に、オリガの実力を侮っているわけではない。ただ、彼女の方には遠距離攻撃の火力が不足していると思っただけ。

 そう。勇者である彼女の力は、ジルが手助けしてやるようなものではない。


「さて……そろそろ、こちらからも仕掛けるとしよう。人間のお嬢さん達には負けられないからな」


 風に靡く銀髪を一度だけ払うと、ジルは両手で『塵殺の大鎌』を構えた。長身のジルよりも更に巨大な大鎌は、威力もさることながら見た目だけでも威圧的だ。

 紅蓮の刃は、時に大地をも切り裂く。数日前にうっかりオリガを殺しかけた程の力を誇るゆえに、普段はあまり使わないようにしているのだが。


「今日は、体調不良ゆえに手加減は一切不可能だ。我が同胞達の身を脅かす不届き者共よ」


 片足を軸に、大鎌を大きく振る。刃は漆黒の鎌鼬を生み出し、宙を切り裂きながらドラゴン達に襲いかかる。

 彼等が防御の体勢を取ろうが、逃げようが。鎌鼬は無慈悲に敵を斬り刻む。ジルの声が聞こえているのか、それとも大鎌を恐れたか。いきり立つドラゴン達に、ジルは口角を吊り上げ挑発の笑みを向けた。


「魔王とは言え、私は無意味な殺傷を好まない。だが、私の民を傷付けるのならば話は別だ。死ぬ覚悟がある者だけ、かかって来い」

 

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