第六話 ベッドの下には気をつけろ!


 シェーラが言うには、普通ならば豪邸で綺麗なドレスを着て優雅な生活を送る筈のお嬢様、王女様がこの城で使用人として雇われているのだそう。ある者は給仕、ある者は掃除や洗濯などなど。

 おまえら、そこまでして魔王の嫁になりたいとは。


「へえ、ますます情熱的で良いわぁ。ちなみに、シェーラはどこかのお嬢様だったりするの?」

「うーん……一応、五番目……かな」

「な、何の順位?」

「えっと、王位継承権」


 はい、来ました! 王位継承権って、つまり次の王様になれるかもしれない権利があるってことですよね! 脳筋でもそれくらい知っています!


「え、今の冗談のつもりだったのに……ていうことは、王女様?」

「えへへ、一応ね。ここから遠く西の方に、ペリ族の国があるの。わたしはその国の現国王の正妻の五番目の末娘だから、王位継承権も五番目ってだけよー」


 まるで何でも無いことのように、シェーラ。オリガの頭が、あまりの衝撃に白旗を振っている。

 つまり、ということは。


「う……裏切り者ー!」

「ええ!? な、なんで?」

「シェーラは味方だと思ったのに……まさか天使で、しかも王女様だっただなんて」


 こっちは山奥の田舎村で育って、その辺の草や木の実を齧って育ったっていうのに。

 天使のように可愛い王女様だなんて。勝ち組にも程がある。


「ちくしょう……こ、こうなったら魔王の前にシェーラに既成事実を作ってやるー!」

「え、ええー? で、でもわたしは陛下のお嫁さんになる気なんて無いよー?」

「あら、どうして? アンタ、この城の中でもかなりの上玉だと思うけど。それで王位継承権があるなら、かなり優位な立場で魔王さまを狙えるんじゃない?」

「それはそうなんだけど、ペリ族の次の王様は一番上のお兄ちゃんってもう決まってるし……わたしはね、王女とかそういうの関係無く独り立ちがしたいんだー」


 照れ臭そうに、はにかみながら。彼女の話では、次の王は長兄にほぼ決定されており既にシェーラが女王になる可能性は限りなく低いとのこと。加えて姉が三人居り、彼女たちも既に有力な貴族の元へ嫁入りしている。

 元々シェーラは学問に秀でていた為に、王族としての勤めよりも医者として独り立ちしようと決めたらしい。

 魔王城で雇われているのは、彼女が働き口を探している時期にたまたま席が空いていたから、だそうだ。


「最初は魔王陛下が居らっしゃるお城の医者だなんてって尻込みしたけど……若い内にこういう人が多い場所で働いて、少しでも知識と経験を積んでおいた方が自分の為になると思うし。結構お給料も良いから、貯金したり新しい薬の研究したり……もしも素敵な旦那さまが出来たら、二人で街に個人医院を開業しても良いかなー……なんて」

「…………」

「…………」

「あ、あれ? どうしたの、二人とも?」


 シェーラの話に、メノウはもちろんオリガも何も言えなかった。王女様だなんて生き物は、問答無用で下々の者を傅かせ靴を舐めさせて喜ぶ生き物なのかと思っていたのに。


「……う」

「う?」

「裏切り者ー!」

「何でー!?」


 出来過ぎ。もう出来過ぎよ、この娘。マジ天使じゃん。あたしが男だったら、絶対にシェーラを嫁にするわ。

 

「だ、だからね? わたしはー、陛下のお嫁さんになりたいだなんて思ってないから。確かに陛下は凄く格好良いし、素敵な御方だけど……出来れば、年下が良いかなーって思ってるくらいだし」

「でも、もし魔王に求婚されたら断らないでしょ?」

「え、えーっと。それは流石に、王族としての世間体の問題が……あ、料理来たよ? 冷めない内に食べよー!」


 丁度良いタイミングで、先ほどのうさ耳ウェイトレスが三人分の料理をお盆に載せて器用に運んで来た。

 ほわほわと立ち上る湯気に、食欲を誘う良い匂い。ああ、すきっ腹に染みる。


「わー! なにこれ、すっごい美味しそう!」

「うふふ、カルキノスはこの時期にしか食べられない季節ものだからねぇ?」


 オリガ達の目の前に、並べられた魔界料理の数々。どうやら、カルキノスなるものは蟹のような甲殻類らしい。ふんわりと甘いホワイトソースから、海の香りが漂ってくる。

 蒸しパンもふわふわしているし、サラダは……水玉だったりグラデーションがやけに綺麗だが、食べられないことも無さそうだ。


「頂きまーす……ん! なにこれ、美味しい!」

「うん、こんなに美味しいのは初めてかもしれないわねぇ」

「良かったー! あ、でも食べられないと思ったのは無理しないでね?」


 ほっと安堵したように、シェーラが笑う。お世辞や冗談ではなく、本当に美味だった。ううむ、魔界の食事は侮れない。これがタダだとは、信じられない。


「ねーねー。オリガちゃんは、どうして勇者になったのー? 勇者になるのって、どうすればなれるの?」

 

 先ほどの話題に戻らせない為か、今度はシェーラからオリガに質問してきた。意を決して、紫色の水玉模様の葉っぱをむしゃむしゃと齧りながら、オリガが話す。


「んーとね……覚えてない」

「へ?」

「なんか、よくわかんないんだけど……あたし、いつの間にか勇者だった」


 苦みが強い葉っぱを飲み込んで。それは、人間界でも繰り返し聞かれたことだったのだが。実のところ、オリガにもよくわからないのだ。


「あのね、人間界では勇者は神さまに選ばれるものって考えられているの。オリガの腰にぶら下がってるこの剣が、『勇者の剣』って呼ばれていてね。新しい魔王が即位すると、この剣がどこからともなく勇者となるべく持ち主の元に現れるんだ。魔王さまが即位したのって、今から十年前くらいじゃない?」

「う、うん。そのくらい前だよー?」

「その時のオリガは、まだ七歳とかそのくらいだったからねぇ。この子、いつの間にか村の子とチャンバラ遊びする時にこの剣を振り回していたのよ」

「あー、懐かしいねぇ?」


 まだほかほかと温かな蒸しパンを頬張りながら、オリガがしみじみと言った。自分の腰に下げる、一振りの剣。派手な宝石や手の込んだ細工などは無い、どちらかといえばシンプルな剣だ。

 汎用品と異なるのは、刃に小さな文字列が刻まれていることくらいだろうか。象形文字に近いそれは、人間界に残っている史実上で最も古い文字である為に今では権威ある考古学者でさえ読み解くことは出来ないらしい。

 見た目はミステリアスで格好良いが、こういうのに限って本当の意味が愚痴とか恥ずかしい文章だったりするのだから困る。


「ベッドの下に転がってたこの剣が、まさかそんな大それた代物だったなんて。村中がびっくりしてたよね」

「個人的には、伝説級の剣がそんな場所にあったっていうことも驚きなんだけどー……」

「そんなこんなでさ、オリガは若干七歳にして勇者になっちゃったのよねぇ。流石にそのまますぐ魔王討伐なんて到底無理だから、オリガが一人前になるまで魔王が襲って来ませんように! って、人間達は神さまに祈りながら十年間頑張ってきたわけよ」

「でもー、それって……つまり、オリガちゃんは望んで勇者になったわけじゃないってことよねー? わたしは王女だから、立場は全然違うけど……やっぱり辛かった、のかな?」


 シェーラが恐る恐る、といった様子でオリガに問い掛ける。確かに、オリガは勇者の剣を手にしたその瞬間から、未来も何もかもを大人達に決められてしまった。

 他の子供達とは違って、オリガは毎日を剣の鍛錬に費やしてきた。皆と同じ学校に通うことも、お洒落を楽しむことも、恋をすることも叶わなかったのだ。

 傍から見れば、オリガは自由を奪われた可哀想な女の子だったのかもしれない。


「うーん……まあ、確かに青春の大半を犠牲にしてきたからねぇ? でも、そこまで辛くはなかった、かな。身体を動かすことは子供の頃から大好きだったから、剣の鍛錬も楽しかったし。貧乏な実家に、それなりのお金も貰えたし。あたしが勇者になったことで、喜んでくれた人も沢山居たから」


 己の運命を呪ったことがないといえば、嘘だ。この剣も、何回川に投げ捨ててやろうかと思ったことか。だが、それでもオリガはここまで来られた。

 沢山の人達のお世話になって、彼らの期待をこの背中に背負って。送り出してくれた皆の顔を見たあの瞬間、苦労なんてすっかり忘れてしまった。


「そっか……オリガちゃんって、凄いね。わたしも見習わ――」

「何よりもあの魔王に会えちゃったからね。デュフフフ……全然魔王に歯が立たなかったナマクラだけど、この剣のお陰で、若さ故の過ちを犯さずに済んだ。わたしの記念すべきは・じ・め・て、は全部魔王にくれてあげられちゃうんだからー!」


 そう! 何よりも大切なのは、あの魔王を我が物にすることのみ! 最早過去はどうでも良い、大事なのは未来なのだ!

 ぐっ、とフォークを握り締める手に力が籠る。ひそひそ、と食堂に居る魔族達がざわついているが、そんなことは気にしない!


「……見習わない方が良いわよ、シェーラ」

「あ、あはは……それにしても少しもブレないねー、オリガちゃんは」


 いつもことだと、受け流すメノウに呆然と笑うシェーラ。ふっ、何とでも言うと良い。どうせ、ここには小煩い王様や師匠達は居ないのだ。

 ならば、思う存分にこれまで犠牲にしてきた青春を取り返すのみ!


「待ってなさいよ、魔王……勇者の名にかけて、あんたをお婿さんにして見せるんだから!」

「うん、わかったから。オリガ、さっさと食べなさい」

「あ、はーい」


 流石に我慢の限界だったのか、メノウに静かな口調で叱られてしまい。周りの突き刺さるような視線に、ほんのちょっとだけ反省しつつ。

 オリガは暫くの間、少しだけ冷めてしまったグラタンを黙って食べ進めることに専念することにした。

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