第十話 思い出メモリー銀世界

 わたしが、幼稚園に通っていた頃。

 なにかのアニメで耳にした「銀世界」という言葉に憧れてたのを覚えている。


 うん、銀世界。

 ぶっちゃけ、ただの雪景色。


 雪がずっしり降り積もっただけの世界。それだけ。

 だけど、わたしは「銀世界」を一目見てみたいと思っていた。


 ――世界が銀色って凄い。

 ――本当に銀色なのかな?

 ――どんなに綺麗なんだろう?


 まだ小さかったわたしは「銀世界」という字面に、宝石みたいなのを連想したんだろう。

 軽く想像するだけで、半日ぐらいわくわくドキドキできたのを覚えている。 

 だから幼稚園の遠足で「雪山」に行くことが決まった時は、奇声を上げつつジャンプして喜んだけど、遠足の前日に悲劇は訪れた。

 インフルエンザという、雪の季節の風物詩が。


「ぐずっ……」


 遠足当日。

 わたしは、布団の中でえんえん泣いていた。

 あの時は「遠足に行くのぉぉぉ!」と泣き喚いたり、匍匐前進で家から脱走を図ったり、誰かに風邪を移せば治るという噂を信じて、ぬいぐるみにゴホゴホ咳をかけまくったり、我のことながら派手に暴れまくったと思う。


「銀世界……見たかったな」


 目を閉じれば、まだ見ぬ想像上の銀世界ばかりが浮かんでくる。

 目を閉じても、涙はとめどなく溢れてくる。


 そんなわたしの涙を止めてくれた人。

 それは何を隠そう、わたしのお兄ちゃんだった。


「お兄ちゃん?」


 わたしの寝ている寝室(インフルエンザ汚染のため立ち入り禁止区域)に無断侵入してきたお兄ちゃんは、サンタクロースみたいに大きなゴミ袋を抱えていた。


「どうしたの?」


 まだ本調子に戻っていない、蜃気楼みたいに霞んだ視界の中で。

 お兄ちゃんは、大きく膨らんだゴミ袋を――バッ。

 袋を裏返すような格好で、空中高くポイっっっと放り投げた。

 ――ぶわっと、

 ゴミ袋に詰め込まれた中身が、ひらひらとお部屋に散らばる――と。

 わたしのお部屋は、一面の銀世界になった。


「わー、銀世界っ!」


 高熱でダウンした脳みそが、一気にフルアクセルのハイ状態まで加速した。

 お兄ちゃんが、ゴミ袋がパンパンになるまで詰め込んでいたのもの。

 それは、「銀色の折り紙」を、細かくちぎったものだった。

 小さな銀色の紙片が、空中をひらひらと舞って、灯りを反射してキラキラ輝く。

 それはまさに、小さなわたしが想像した、銀世界そのものだった。

 パチモノだけど本物な、夢にまで見た銀世界そのものだった。


「キレイ! 銀世界、すごくキレイだよ!」


 あれだけの量の折り紙を調達して、しかも空をひらひら舞うように細かくちぎる作業。

 どうせハイスペックなお兄ちゃんのことだから、シュレッダーか何かで効率化は図ったと思うけど、あれだけの量の銀紙を集める作業を含めると、たぶん徹夜ぐらいしたと思う。

 遠足に行けなくて暴れた、わがままな妹の為だけに。


「お兄ちゃん、ありがとう!」


 銀紙のカケラがひらひらと舞う、お兄ちゃんがくれた銀世界の中で。

 わたしは、大好きなお兄ちゃんに、心からお礼を言った。


 これで、わたしの昔話はオシマイ。

 面白くもないしオチもない、何の変哲もない昔話はオシマイ。

 他人に語るほどでもないけれど、わたしにとっては大事な昔話はオシマイ。


 ――あっ。

 小さなわたしにとって、頼れるヒーローだったお兄ちゃん。

 そんなお兄ちゃんは、いま自宅のリビングで、


「マジカル☆バレッ……違うな。半音高く……マジカル☆バレット! ……よし」


 魔法少女のコスプレをして、鏡に向かってリリカル☆マジ狩る。

 ヘンな必殺技の練習をしています。

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