第九話 襲来、壊し屋ロンネルダーク!
「金の力で傭兵を雇ったの!」
わたしがそう力説するのは、やっぱりいつもの喫茶店だった。
席を共にするのは、見敵必殺ストライカー、目標補足スレイヤー、敵対目標デストロイヤーでお馴染み、恋する乙女は恋に生き、命乞いには故意の死を、スタイル抜群の反則キャラ――ゆかりさんだった。
注文したメニューは、液体になったエメラルド。
透明グリーンの流氷海に浮かんだ、乳白色のバニラアイスの組み合わせ。
その名も、メロンクリームソーダ。
今日のわたしの狙いは、その中でもピンポイントな箇所。
バニラアイスと氷が触れ合って、ほどよく「シャリシャリ」な食感になった場所。
それを丹念に見定めて、バニラの浮島を外周をくるくると回転させるようにスプーンで擦り落とす。
そして、シャーベット状のソレを。
――しゃりっ。
まさに至福。まさに究極。
甘味と食感がかもしだすハーモニーは、この世の極楽びゅうちほー。
あぁ甘い。すごく甘い。
奇跡のスイーツを飲むたびに、わたしはふと思う。
メロンクリームソーダは、飲む人を幸せにする魔法の飲み物――と。
メロンクリームソーダは凄い。
とても凄い。
甘いものにさらに甘いものを追加するという、カロリーの上書き保存がたまらない。
まさにダイエットの禁じ手、初めてナマモノBL同人誌に手を出す女子中学生のような背徳感たまらない。
「傭兵ですか?」
「そう。お兄ちゃんのせいで臨時収入が入ったから、それを有効活用したの」
臨時収入の正体はいわゆる賞金。
お兄ちゃんに撮影された、一生の恥モノのコスプレ。
なんの自慢にもならないけど、中学2年生のクセに小学生にしか見えない発達不良に悩むわたしのコスプレはルルたんと相性が良かったのか、並み居るライバルを皆殺しにして見事優勝したわけで。
こうして、わたしは表彰状を授与。
優勝商品の限定ルルたんグッズは、お兄ちゃんの宝物庫へ。
副賞の賞金十万円は、気前よくわたしに全部くれたんだけど……
コスプレ写真を公式ホームページで全国公開された恥ずかしさの対価には、とても見合ってるとは思えない。
「というわけで、傭兵さんを紹介するわね。来て、こっちよ」
「この方が、えりすちゃんの雇った傭兵ですか?」
わたしが呼び寄せた傭兵さんを眺める、ゆかりさんの視線が胡散臭そうに歪む。
まあ、無理もないと思う。
純白のタキシードにシルクハットという、アニメの登場人物みたいなダンディー紳士をリアルで見たら、誰だってそう感じる。
ツカツカと歩く、白タキシードの傭兵さんは、ゆかりさんの前でサッと一礼して。
「お初にお目にかかります、美しいお嬢さま。このたび、桜井えりす様に雇われた傭兵『ロンネルダーク』と申します」
「あら、お世辞は上手ですわね?」
「お褒め頂き、恐縮でございます」
「ふん、それであなたに与えられた任務はなんですの?」
「依頼内容はオンリーワン。それはすなわち、桜井マサトが溺愛するルルたんを、彼の心より抹殺すること」
不敵な笑みを口元に貼り付けながら。
白タキシードの傭兵、ロンネルダークは言った。
ゆかりさんが、ロンネルダークに言う。
「不可能ですわっ! マサト様のルルたんへの愛の深さは……悔しいですが本物。その愛は昇れば蒼穹より高く、潜れば海溝より深い」
「ノープロブレムでございます。私は「砕き屋」ロンネルーダーク。オタクというものは信仰心が強く、一人のヒロインに十数年に渡って心を傾けることもしばしば。私はその信仰心を砕くことを生業にしておりますゆえに、朗報をお待ち下さい。桜井マサトには、今夜を指定した挑戦状を送付済みです」
それからしばらく、時が過ぎて。
わたしとゆかりさんは、対決場所に指定された夜の公園にいた。
人気の失せた憩いの場はしーんと静かで、頼りない街灯が生み出す光のコントラストが、どこか不気味で。
だけど、それよりはるかに不気味なのが、純白のタキシードを身に着けた紳士と、抱き枕を持ったお兄ちゃんが、怖い顔して対峙してることだったり。
……おまわりさん来たら、他人のふりをする予定。
「貴様がロンネルダークか?」
先に口を開いたのは、あいうえオタクで、ドレミファそうなの、いちに二次元、三次はシカト、ゴメン、無理なの、奴だけはでおなじみ、わたしのお兄ちゃん。
イケメンな見た目にラリった所持品のお兄ちゃんに、わたしが雇った砕き屋ロンネルダークが言葉を返す。
「肯定でございます。私の名はロンネルダーク。この世界では、少々名の知られた砕き屋でございます」
「ふん、貴様ごとき小物に、俺の愛を砕けるものか」
「フフフ。この界隈で知られた私を小物呼ばわりとは、これは失笑を隠せませぬな」
「慣れ合いは不要だ」
「ならば」
「いざ」
「尋常にっ!」
お兄ちゃんとロンネルダークが、同時に戦闘態勢に移行する。
互いの視線が見据えるのは、今宵の対戦相手の双眸。
これから行うバトルは、暴力を用いずに精神を砕く心理戦みたいなもの。
戦いの手始めに、二人のオタクは呪文を詠唱し始めるのだ。
「偉大なる双丘の果て、桜色の恋模様、私のエースは―― 白雪初奈しらゆきはつな!」
「時の狭間をたゆたいし、凍れる虚ろな心の刃、俺のエースは―― ルルカ!」
うん、アタマのおかしいことを。
戦いの前哨戦として、二人のオタクは自らが信仰する嫁の名を叫び、
「顔は幼く、黒髪ツインテール、小学生離れした巨乳に、あどけない笑顔!」
「金髪ロングで、手には拳銃、幼い見た目に、非情でキュートな残虐ハート!」
「先攻は私が努めさせてもらおう――シスターエンジェル☆白雪初奈、第二話の冒頭でのワンシーン!」
「来いッ!」
「朝のベット! お兄ちゃんが目覚めたら、腕に抱きつく柔らかい感触!」
「まさか……ッ!」
「そうでございます! 夜に寂しくなった初奈が、主人公のお布団に忍び込んでいたシーンでございます!」
「うぉぉっ!」
「そのシーンにおける初奈の台詞は、こうでございました――えへへ。おはよー、お兄ちゃん(ぎゅぅ☆)」
「グッはァァァ!!(SAN値:100→77)」
――ぎゅぅ☆
抱きつく擬音と同時、口から盛大に吐血するお兄ちゃん。
義理の妹のお目覚めハグという、伝統と信頼に裏打ちされた王道テクの破壊力は抜群。
お兄ちゃんは苦しみ、その場で膝をついて血反吐をぶち撒ける。
「きゃぁ! えりすちゃん! マサト様がっ!」
「さすがはロンネルダークさん……わずか一撃で、お兄ちゃんのSAN値を23も削るなんて」
「えりすちゃん、SAN値とは?」
「説明するわ。この戦いで使用されるSAN値とは『Sanctify(…を神聖にする,神聖視する)』という英単語から取った数値のことなの」
そう。
お兄ちゃんとロンネルダークの戦いは、お互いのSAN値を削りあう戦い。
相手が神聖視する「嫁ヒロイン」に抱いた信仰心を、自らが崇拝する嫁の魅力で叩き潰すという過酷な競技。
わたしにはよく分からないけど、オタクにとって二次元世界の「嫁」とは、みんなで共有するものらしくて、オタク心理としては「みんなが俺の嫁を嫁にしてくれたらハッピー」となるそうで。
その結果に起きたのが「オタク同士による嫁の押し付け合い」で、この戦いは多くのオタクの人間関係をボロボロにして、またオタクが一般人に忌み嫌われる要因となった。
そんな悲劇を減らす為に、オタクが生み出したのが『嫁の押し付け合いの競技化』。
さっきも言った「SAN値」は、そんなオタク同士の内部抗争の歴史の中で規格化された物だった。
「ロンネルダークさんは、その競技の第一人者なの。多くのオタクに嫁を捨てさせ、多くのオタクに嫁を押し付けた――」
「ロンネルダーク……恐ろしい男ですわ」
「オタク同士の嫁の押し付け合いに多少の出血はつきもなの。相手が嫁に抱いた信仰心を自らの嫁の魅力で打ち砕くバトル、無傷でのフィニッシュはありえない」
「マサト様……」
ゴクリと唾を飲み込むゆかりさん。
この競技は精神をぼろぼろに破壊して、肉体にまで影響を及ぼす。
時に死者すらも生むという、オタクのみが参加する過酷で危険で一般人のわたしからすればどうでもいい競技だ。
わたしは、苦しげに言葉を続ける。
「だけど、これしか方法はないの。お兄ちゃんの趣味を貧乳から巨乳に変化させるには――たとえ三次元に趣味を向けるのはムリでも、せめてスタイル抜群のゆかりさんを有利にするには」
「なるほど。趣味が巨乳にシフトすれば、ハァハァ、日々の脳内妄想で鍛え抜いた、わたくしの艶技が生かせると……」
いつもの妄想モードに入ったのか?
ボタボタ鼻血を垂らして、瞳をエロく歪めるゆかりさんの前では、
「グッ……なかなかやるな、ロンネルダーク! 次は、俺のターンだ!」
最強無敵のハズだったお兄ちゃんが、苦悶の表情で叫んでいた。
精神ダメージに伴う肉体への損傷伝播が、口元からボタボタ血を滴らせていた。
「いかにも。さっさとカモンでございます」
余裕の表情で応じる、傭兵ロンネルダーク。
お兄ちゃんのターンが始まった。
「行くぞ! 俺のターン! 殲滅☆魔法少女 シュトゥルム・ルルカ、第三話のラスト! ルルたんが345億8766万匹の妖魔が待ち受ける魔界にたった一人で旅立つ直前、お兄ちゃんに言った台詞!」
「まさか……それは伝説の名シーンと名高い!」
「そうだ! お兄ちゃんを守るため世界を滅ぼすことを決めたルルたん! 人々の怨嗟と悲鳴をBGMに、核で焼き払われた灰色の大地に佇みながら、全ての地位と名誉を捨てて、ただお兄ちゃんの為だけに死地へと赴くルルたんが言ったのは――ごめんね。お兄ちゃんのお嫁さんになるって約束……守れないかも」
「ぬぉぉぉぉッッ!」
「涙を流しながらほほえみ、別れ際にルルたんは、お兄ちゃんのほっぺに――ちゅ」
「あqwせdfrgtyふじこ!!」
ちゅ、というキスっぽい擬音に反応して。
ロンネルダークの額に、ブワッと青筋が隆起する!
ミミズのようにのたうち、びくびくと痙攣するぶっとい血管が、
――ぶしゅぅぅぅ!
まるで水風船が破裂するように裂けて、真っ赤な噴水が純白のタキシードに降り注いだ。
「ギギギィ……!(SAN値:100→79)」
「俺のターンはエンド! 次は貴様のターンだ!」
お兄ちゃんの攻撃は終わった。
与えたダメージは、SAN値21に軽度の血管損傷……って、まずい!
この競技、お兄ちゃんもけっこー強いっ!
ここで勝たれたら意味がない、白目で意識朦朧のロンネルダークさん頑張って!
「どうしたロンネルダーク! 貴様の信仰はそれまでか!」
「否でございます! 断じて否でございます! 私の初奈への想いはこれしきでは砕けない!」
「ならば来い! 全力で受け止めてやる!」
「後悔するがよい! 桜井マサト! 私のターン! シスターエンジェル☆白雪初奈、第四話のワンシーン!」
「第四話だと……貴様ッ、あれを使うのか!」
「イエス! 視聴率の低迷から自暴自棄になったアニメスタッフがメイン視聴者層になるはずだった女児を捨て、大きなお友だちをメインに据えることを決意したレジェンド回でございます!」
「女児向けアニメにあるまじき、露骨すぎる王道萌えシチュの波状投入回か!」
「桜井マサト! あなたを強者と認めた証でございます! 伝説の萌え回における最萌ポイント! それは――初奈がカフェでお兄ちゃんと一緒にパフェを食べていたら、それがスプーンから落ちて胸元にポトリ!」
「ふん、ドジっ娘め! 嫌いではないが――大したことないッ(SAN値:77→75)」
「なにを申しますか? パフェが落ちたのは初奈の谷間、小学生なのに大きい、初奈の胸の谷間でございますよ?」
「ビギッ……(SAN値:75→72)」
お兄ちゃんの顔が苦痛にゆがむけど、今の攻撃では出血すらない。
わたしは、冷静に解説の役目を果たす。
「お兄ちゃんは貧乳好き。だから巨乳属性の攻撃はマイナス40%なの」
「なるほど、傷が浅いわけですね」
しかしロンネルダーク、さすがは名の知られた砕き屋だった。
彼の攻撃はここで終わらず、踏みとどまったお兄ちゃんへさらなる追撃を行う。
「胸の谷間にパフェをこぼして慌てる初奈は、コップの水もこぼしてしまいます。そしてお兄ちゃんに言うのです――ふぇぇ、拭くのを手伝ってよぉ」
「バカな! 濡れて張り付いてシルエットがあらわになった胸を、お兄ちゃんが拭き拭きして貰うだと……そんなことをしたら……そんなことをしてしまったら」
わなわなと震えるお兄ちゃん。
それをニヤリと見据えて、ロンネルダークが言うのだ。
「イエス、合法的にポヨンポヨンでございます」
「ふぐぅっ(SAN値:72→32+巨乳属性の抵抗値33低下)」
お兄ちゃんの指先が、ぷくーと膨らんで
――パシュッ!
指先から爪が剥離して、剥がれかけた爪の隙間から花が咲いたみたいに鮮血が弾ける。
「あががッ……ぐぁ」
「ククク、指先の毛細血管が破裂しましたか。あと一押しでございますね。ターンエンド!」
ロンネルダーク、ターンエンド。
再び訪れる、お兄ちゃんのターン。
しかし、大ダメージを喰らったお兄ちゃんは、攻撃どころではなかった。
「ぐぬッ……俺のターン!」
お兄ちゃんは、手にしたアニメ柄のだきまくらのチャックを開く。
中に手を突っ込んで、ゴソゴソ何かを探る動き。
何を企んでいるのかしら……?
何かとてつもなく嫌な予感がする、お兄ちゃんの不穏な動きに。
「ククク、回復アイテムの使用でございますね」
「俺が体制を建て直した時、貴様は嫁を捨ててルルたんを崇拝する!」
「潔く初奈の谷間に沈めば良いものの、負け惜しみは見苦しいでございます」
「俺はロリ巨乳になど屈しない! 俺はルルたんのツルペタに生きる!」
「うわぁ……」
「ロンネルダーク! 次のターンを首を洗って待っていろ! 回復アイテム! 1/8ルルたんフィギュア!」
お兄ちゃんは、だきまくらから美少女フィギュアを取り出す。
それを見つめながら、お兄ちゃんは囁くのだ。
「お兄ちゃん頑張って(裏声)、ルルはお兄ちゃんの味方だよ(裏声)」
ガチでキモいことを。
わたしは「終わってる……」とか思うけど、そんなことは百も承知。
お兄ちゃんがダメ人間なのは世界の公式ルール、揺るぐことのない世界の法則で、何を今更もう慣れたわよな出来事だけど、いきなりルルたんフィギュアを口に含んで、
「レロレロレロレロレロレロレロレロ」
「いやぁぁぁ! お兄ちゃんが美少女フィギュアを舐めてるぅぅぅ!」
誰かあのクソキモ変態オタクを止めてッいやむしろ殺して射殺して!
美少女フィギュアを舐め始めたお兄ちゃんに、わたしはドン引きモードで思う。
あのオタク、人間の尊厳を捨てやがった!
ヒューマンのアイデンティーを不法投棄する行動に出たお兄ちゃんを、ロンネルダークは蔑むように笑った。
「ククク。本来であれば攻撃に費やすターンを回復アイテムの使用で浪費する。絵に描いたようなジリ貧でございますね」
「レロレロレロレロ……むちゅ! 今日はお兄ちゃんと寝たいの(←お兄ちゃんの裏声 SAN値:32→55)。次のターンで貴様を倒すっ! ターンエンドだ!」
「残念ながら、チェックメイトでございます」
ロンネルダークは、ニヤリと笑った。
それは、自分の勝利を確信した笑みだった。
「ゆくぞ! これで終わりだ、桜井マサト! シスターエンジェル☆白雪初奈、第七話の冒頭!」
「第七話だと……まさか」
「イエェェェス! 肯定でございます! 超伝説と名高いお風呂回! お風呂回でございます!」
「やめろ、やめてくれぇぇぇ! ロリ巨乳のお風呂回なんて!」
「桜井マサト! これで貴様も終わりだ! 第六話で両手を骨折したお兄ちゃん! 彼が一人でお風呂に入っていると――ガチャッ」
「両手骨折でお風呂だと……そ、そんな神展開が」
「シスターエンジェル☆白雪初奈には存在するのでございます! お風呂場で振り返るお兄ちゃん! そこには巨乳で全裸で小学生の初奈の姿がっ!」
「うがぁぁぁぁ!」
「まだ私のターンは終わっていないっ! 初奈は恥ずかしげにうつむきながら言うのです――お兄ちゃん、今日は初奈がカラダ洗ってあげる」
「――――ッ!(SAN値:55→3)」
お兄ちゃんの眼球とまぶたの隙間から
――ドバっ。
どす黒い血がドバドバと、涙のように吹き出た。
「勝負ついたわね」
わたしがポツリ、つぶやくと、
「まだだ……まだ俺のターンは残っている!」
フラフラ体を揺らすお兄ちゃんは、それでも立ち上がった。
「止めないと! このままでは、マサト様が!」
傷つきながらも戦いをやめない、お兄ちゃんの姿に我慢できなくなったのか。
ゆかりさんが、悲鳴混じりの声を上げながら、お兄ちゃんのそばへ駆け寄って訴えるのだ。
「もうやめて下さい! それ以上戦ったら……マサト様は死んでしまいますっ!」
それ。いったい死因は何になるのかしら?
カッコ悪い死に方ランキングがあったら、上位にランクインするのは分かるけど。
わたしがそんなことを考えていたら、お兄ちゃんがゆかりさんに、
「死んでも構わない! 俺はロンネルダークを倒してルルたんと添い遂げるっ!」
「うわ、きもっ!?」
わたしは、反射的にそうコメントしてしまった。
「本当に男はバカですわ……残される女のことを考えないで、いつも自分のことばかり……だけどわたくしは、そんなマサト様の帰りを」
「いや、その反応おかしいからゆかりさん。あとお兄ちゃんのターンが始まったけど……あれぇ? お兄ちゃんの身体が?」
「金色のオーラに包まれて?」
「まさか……いや、ありえないっ!」
シュワシュワ――と。
お兄ちゃんの体が、金色のオーラに包まれる。
それは泡が弾けるような細かい破裂音を伴い、ときおり稲光みたいなのがビカッと走る。
ロンネルダークはうろたえ、わなわなと震える。
「金色の闘気は、伝説のスーパーオタクだけがまとえるという……」
「俺のターンを始める――」
静かな口調で。
金色の闘気に覆われた、お兄ちゃんが言った。
そんなお兄ちゃんは、満ちていた。
勝利の自信に、負けない想いに。
そして、
「遺言があるなら聞いておこう。もうすぐ貴様はこの世から消滅する――」
無限に近いルルたんへの愛で、お兄ちゃんの身体は満ちていた。
ロンネルダークは、もはやプロとしてのプライドも戦意もすべて失っていた。
――怯え
―――震えて、
――――ぼろぼろと涙を流し。
「かっかっろっとととと、勝てるわけがない! 金色の闘気を纏いしモノに私ごときが……くっ来るな! 私は負けを認め!」
「俺のターンだ――」
淡々と宣言するお兄ちゃんは、すぅーと息を吸い込んで。
「……ルルたん!
ルルたん! ルルたん! ルルたん! ルルたん!
ア゛ア゛ア゛ア゛――ッッ!!
俺はルルたんのことが、大好きだぁぁぁ――っ!
ダイスキ!! だいすき!!
ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――ッ!!!
ルルたんの髪の毛ぇぇぇぇ!!
髪の毛、ルルたんヘアァァァー、ルルたんのもふもふぅぅぅ!
いっぱい、いっぱい、くんかクンカ、したいYOOOO!!!
かわいぃよぅ! ほんとかわいよぉぉぉぉお!
モフモフ! もふもふなでなで! もふもふもふもふ!
ルルたんの小さなカラダ!
ミニミニボディィィ! 小さなカラダ、ギュッとを抱きしめて!
ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――ッ!!
ルルたぁぁぁん!
ルルたああぁぁぁぁぁんん!!」
「うわぁ……」
呟くわたし、お兄ちゃんが発狂した。
ついに来たか……いつか来ると覚悟はしていたけど。
わたしが色々と諦めて、黄色い救急車の手配を本気で考えていると。
「えりすちゃん、マサト様のSAN値が」
「えっ?」
「桜井マサトのSAN値が100、200、500……どんどん上がって、うぉおお!!」
もはや公園全体を照らすまでに輝きを増す金色のオーラが、まぶたを開けるのが辛くなるレベルに達するのと。
「ロンネルダーク、貴様は手強かった――」
お兄ちゃんのエコーのかかった声が響き渡るのは、ほとんど同時で、
「だが、俺のルルたんへの愛を砕くことは、何人にもできない」
「ひぃ……ゆ、許して」
「貴様の負けだ、ロンネルダーク――」
「だよね、お兄ちゃん(←お兄ちゃんの裏声)」
「その声は……ルルたん!?」
「うん。ルルだよ、お兄ちゃん。さあ、ロンネルダークにトドメを(←裏声)」
「だが、ルルたん。俺は……」
「ルルと力を合わせれば勝てるわ。さあ(←裏声)」
「ああ。ルルたんと手を取り合って」
「お兄ちゃんと(←裏声)」
「ラブラブ」
「愛の(←裏声)」
「合体攻撃」
「いこう、お兄ちゃん(←裏声)」
「ああ、ロンネルダークに見せてやろう」
「二人の(←裏声)」
「愛のパワーを」
……
…………以上、
……
すべてお兄ちゃんと、抱き枕の会話でした(CV.ぜんぶお兄ちゃん)。
「気持ち悪ぅ……うぇ」
わたしが耐え切れない頭痛と吐き気を感じている脇で。
別次元にトリップしたお兄ちゃんは、抱き枕をピストルみたいにロンネルダークに向けて叫ぶ。
「俺とルルたんの!」
「ルルとお兄ちゃんの(←裏声)」
『純情ビーム☆ハートフラッシュ!!!』
――収束して発射される
――金色の閃光
――フラッシュアウトする世界
「ふあぉぉ!! 金色のオーラを纏いしオタクは神話クラスの……ギャアアア―ッッッ!!」
――傭兵の断末魔
――やがて金色の光は弱まり
――視界が鮮明さを取り戻していく
――すると
――そこにいたはずのロンネルダークは
――地面に人型の黒いシミを残して
――綺麗サッパリ消えていた
「なんなの? このみんな置き去り超展開っ?」
――困惑するわたし
――だけど、ゆかりさんは
「すてきですわ……」
なぜか感動に打ち震えて。
ボロボロと大粒の涙を流していましたとさ。
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