第八話 乙女の死闘☆おっぱいバトル!!!


「黒魔術でラブラブよっ!」


 わたしがそう力説するのは、やっぱりいつもの喫茶店だった。

 注文したのはメロンクリームソーダで、あたしの眼球は目標を察知。

 情報認識、エメラルドグリーン。

 バニラアイスを添えてあり、鋭敏化させた聴覚が「しゅわしゅわ」と発砲音を捉える。


 ――くっ!?

 ――FAE(Foaming-Activation-Explosive:発泡活性型爆発)が始まっているっ!?


 この音は間違いない。

 あたしの「SAAM(Sound Active Alert Mode:能動的音声警報発令モード)」は、忌まわしき二酸化炭素の発泡を回答している。輸送に伴う「V-max(vibration-max:最大振動)」の影響と、温度変化に伴って溶け出した「RVI(Reito-Vanira Ice:冷凍バニラアイス)」による、「ECCM(Excited CO2 Carburetor Mode:超ノリノリ炭酸ガス発泡しまくりん状態)」を確認。


 ――どうやら、グラス内の情勢は変化しつつあるみたい。

 ――これは、ただちに作戦行動に移らなければならない。


 あたしは目標を眼球型映像認識装置アイボールセンサで捉えて、AITS(Anti Ice Tea Spoon:対アイスティースプーン)を、SLEM(Shot Lenj Eating Mode:近接喫食モード)に切り替える。

 ストローをお口に咥えて、再生紙を主原料とした外装をパージ。

 脳内にエミュレートされたFCS(Foaming-Control-System:発砲制御機能)を、SAM(Suck Absorb Mode:吸引モード)に切り替え、いつでも目標を喫食可能な態勢をとる。


 ええ、状況は予断を許さないわ。

 炭酸ガスが離脱を許せば、この勝負は敗北に終わる。

 ――Time Is nantoka。

 時間はあたしの敵だから、乙女の荒廃この一戦にアリ。

 いま、この場で勝負を決める。


「黒魔術ですか?」

「そう、黒魔術。古本屋の百円コーナーで、黒魔術の魔導書が売ってたから……じゅちゅー」


 ふふんっと自慢げに、わたしは革張りの国語辞典モドキを掲げた。

 ゆかりさんに至極の悦楽を気づかれないように、わたしはメロンクリームソーダに酔いしれる。

 あぁ、メロンクリームソーダは美味しすぎる。

 だけど、今は作戦会議中。

 だから、メロクリに溺れたらいけないけれど、じゅちゅーと飲んだらとろけてしまう。

 舌でメルトなバニラアイス、喉にしゅわしゅわメロンソーダ。

 この組み合わせに抗える乙女なんていないから!


「黒魔術ですか……信じがたいですわ」

「ちっちっちっ、たかが100円。失敗してもいいという気持ちでやりましょう」


 わたしは、じゅちゅーとメロンクリームソーダを飲み干しながら言った。



 というのが、少し前の出来事で。



 わたしとゆかりさんは、自宅のリビングにいた。

 二人でひとつのテーブルを囲みながら、


「ぽっくりさん……」

「ぽっくりさん……」


 五十音の書かれた紙切れの上、10円玉に指を添えて、


「おいでましたら……」

「恋の運勢を占って下さいませ……」


 黒魔術の魔導書に書かれていた、怪しい降霊術を行なっていた。

 信頼と実績の100円コーナー、わたしの買った魔導書はやっぱり本物だったみたいで。

 指を添えた10円玉が、ひとりでに動き出して、


   さ → い → あ → く


「……ぽっくりさん」

「……ぽっくりさん」

「あなたの正体が浮遊霊の一種なのはバレバレよ……」

「そしてこの部屋は霊吸魔方陣の影響下にありますわ……」


   な → ん → だ → と


「魔方陣に取り込まれた霊は、魔神召喚のエネルギーになるの……」

「おぞましき苦痛を味わいながら、捕食型魔法陣の贄となるがよろしいですわ……」


   た → す → け → て


「ごめんね……お願いを叶えてくれる魔神を召喚するには、あなたの犠牲が必要なの……」

「申し訳ありません……魔神の封印を解くには、霊力の高い浮遊霊が必要でして……」


   あ → く → ま → め


「目的のためなら、悪魔にでもなるわ……」

「それが、わたくしの恋の成就に繋がるなら……」


   く → わ → れ → る


「どんまい……」

「サヨナラ……」


 それを最後に――

 紙の上の10円玉は、ピタリと動かなくなる。


 そして、床に描いた魔方陣に変化が起きた。

 浮遊霊を吸収したら、とつぜん魔法陣が青くピカーと輝きだして、


「キタわ! キタわよ!」

「キマしたわ! 魔方陣で召喚できる悪魔――恋心を操りしもの、ボルディガス!」


 魔法陣の放つ青い輝きは、部屋全体を包み込むほど勢いを増していく。 

 召喚に伴った強烈な閃光で、お部屋の視界はゼロ。

 やがて、光に押し包まれた魔方陣から、


『ククク……我を召喚したのは、小娘どもか』


 低く湿った声が響いてきて、シュタッと飛び出したのは漆黒のシルエット。

 人の形はしているけど、全身を覆う肌は闇の色。

 頭部から触覚が二本伸びていて、筋肉質な体躯を持った人にあらざるもの。

 その容姿を分かりやすく説明したら、八頭身のリアルばいきんまん。

 ちょっと見た目は怖いけど、幼児向けの歯磨きポスターで見かけそうな感じ。

 わたしは、歓喜を叫ぶ。


「やったわ、ゆかりさん! 恋心を操りし魔神 ボルディ」

『魔神ネザルド、いざっ降臨!』

「って、お前じゃない! 魔界に帰れぇぇぇええ!」


 ――どゴスッ!


 反射神経で放った右ストレートが、魔神なんとかの脇腹をえぐり、


『ぐふっ……!』


 魔神は床にうずくまり、ぴくぴくと痙攣しながら言うのだ。


『オォ……我輩になんという狼藉を……ホールドアップ、ミイ』


 床に倒れたまま、両手を上げる魔神。


 怯えた視線の先には、両手の指に合計8本の包丁を挟んで、オマエいつでも殺害オッケー。

 ビシッと投擲姿勢に構える、近接戦闘:SSS評価のゆかりさんがいた。


 召喚2秒で消滅の危機、未来に怯えてブルブル震える魔神に、


 ――我は恋する乙女

 ――常識を治外法権する代表者

 ――我が恋路を邪魔するすべての物共は

 ――あまねく破砕の蹂躙をもって

 ――全て・完璧・一切合切・残さず・皆・例外なく

 ――その魂魄の一片までも

 ――黄泉平坂に送還せしと誓う乙女なり


 みたいな演説が似合いそうでお馴染み、動く例外、歩くキチ○イ、ボスキャラ、バグキャラ、異常キャラ、神殺しは義務教育、斬鉄行為は日常範囲、病気のお兄ちゃんLOVE☆一直線で、麗顔鬼貌の狂乱人姫、ゆかりさんが宣告するのだ。


「わたくしの問いを拝聴し答えよ、魔神ネザルド。あなたは――わたくしに何が可能ですか?」


 上から目線で、自分の価値を証明して生き延びよ――と。


『グッ……我輩は特に』

「ならば、霊呪で強化された八振りの包丁にて、魂魄の一片までも消滅させるだけ。それが召喚せし者の使命、後始末と言う名の責任です」

『待て、思い出したぞっ! 我輩にも、特殊能力があるっ!』

「へー、どんなの?」


 わたしが、興味津々でバイキンに聞いてみると、


『吾輩の特殊能力は――女性のおっぱいを揉むことで、その大きさを自在に変えることが出来るのだっ!』

「おっぱいの大きさを……」

「変えることが……」


 ――ドクン、ドクン。

 ――ヤバイ、これはキタかも!


 ドキドキが押さえられない、ワクワクが止まらない!

 平常運転の鼓動が勢いを増して、心臓の音が耳の奥底でバクンバクンと木霊する!


『ただし一回だけであるぞっ! 一回おっぱいの大きさを変えたら、吾輩は魔力を使い果たして魔界に戻ってしまうからなっ!』


 おっぱいの大きさを、自在に変えられる。

 それは、わたしが夢にまで見た「巨乳実現」への、唯一の道かもしれない!


 牛乳はいっぱい飲んだ、背筋もがっつり鍛えた、

 最近は豆乳でイソフラボンも補給している、

 だけど大きくならない、

 背も伸びない、

 胸は膨らまない、

 女の夢とおっぱいは大きいほうがイイのに、

 なぜ神は、こんなにも残酷なのかっっ!


 理不尽な成長不良に涙を浮かべるわたしの横で、思惑にふけるゆかりさんが言う。


「ルルたんは貧乳キャラです。つまりマサト様は貧乳派。よって、マサト様の恋心を籠絡するには貧乳が好都合……そして悪魔は胸のサイズを自由に変えられる――決めましたわ! 魔神ネザルドよ、わたくしのおっぱいを」

「揉ませるかァァ!」


 アチョーと叫んで!

 わたしは、必殺の怪鳥蹴りでゆかりさんに襲いかかるっ!


「グッ……なにを、えりすちゃ!」

「揉ませないッ! 揉ませたりなんかしないッッ!」


 蹴りからの、マウントポジション、

 床に倒れたゆかりさんにまたがって顔面を殴りつつ、わたしは叫ぶのだ!


「魔神なんとか! 早くわたしの胸を揉んでっ! サイズはビック希望で! ゆかりさんより先! ハリーハリー!」

「えりすちゃんっ!? あなた、わたくしを裏切……ガハッ!」

「巨乳のためなら裏切るわよっ! 決して手に入らないと思ってた巨乳が目の前にあるのよっ! どーせ乳デカお化けのゆかりさんには、わたしの苦しみとコンプレックスを理解できない! だから――貴様はここで沈めぇぇぇぇえ!」

「――甘いですわ」

「え……っ、ゆかりさん体を捻って、ガッ!?!!」


 わたしの視界が、くるりと裏返しになる。

 いきなり重力が消失して、背中からドスンと床に叩きつけられる。

 痛みはわずか、感じるのは人の重み。


「ふふふ。体重が35kgに満たないえりすちゃんが、わたくしを押さえつけられると思いまして?」


 ヤバイ、形勢逆転したっ!

 ゆかりさんを押さえてたわたしが、いまは逆にゆかりさんに押さえつけられているっ!?

 勝ち誇った笑み、

 前髪をかき分けつつ、

 マウントポジションのゆかりさんは言うのだ。


「ふふっ。えりすちゃんは、地べたに這いつくばったまま、わたくしの胸が小さくなるのを眺めてるといいですわ」

『ククク、勝負あったみたいだな。では、サイズ縮小で参ろうか』

「ええ、お願いしますわ」


 わきわきと、

 両手の指をグーパーグーパーする魔神なんとかの腕が、ゆかりさんのクソでかい胸に伸びる。

 それをわたしは、涙を流して眺めるしかないのか?

 否、それは違うハズ!

 まだ妨害する方法はある!

 勝ちではないかもしれない、最初の目的なんて忘れた。

 だけど、今はゆかりさんに勝たれるのが嫌だ!

 わたしは、とにかく、

 ――ゆかりさんに負けたくない!

 魔神なんとかのエロい腕が、ゆかりさんのおばけおっぱいに伸びる。

 その、爆乳とエロ腕の隙間に、

 わたしは、

 ――すっ、と、

 腕が届く範囲に転がっていた「逆転のアイテム」を。

 いつもクッションに使っていた「クマのポーさん」のぬいぐるみを割り込ませた。


「あっ」


 ――ぷにっ


 ほうけたゆかりさんの声に混じって。

 おっぱい魔神のなんとかが、胸を揉む音が聞こえた気がした。


『ククク……さらばだ』


 力を使い果たした魔神なんとかが、青白い光に包まれて魔界に帰る中で。


「……負けなかったわ」


 わたしは、勝利のつぶやきを漏らした。


 …………

 ………

 ……

 …それからしばらく、お兄ちゃんが帰宅して


「なあ、えりす?」

「ほぉにもに、ほにいちゃん?」


 いまは夕食タイム。

 口いっぱいに豆腐を頬張りながら、わたしはお兄ちゃんにお返事。


「このぬいぐるみ、どうして中身の綿を抜いたんだ?」

「……ちょっと色々あってね」

「そうか。テレビを見るときの枕に最適だったんだが、こうもワタが抜かれたんじゃ枕にならん」


 そう言いながら。

 お兄ちゃんは『胸の部分がぺたんこ』になった「クマのポーさん」のヌイグルミを放り投げた。

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