第六話 乙女の純潔、オタクは処女厨
「白魔術でラブラブよっ!」
わたしがそう力説するのは、やっぱりいつもの喫茶店だった。
注文したのは、毎度おなじみメロンクリームソーダ。
そろそろ店員さんに顔とか覚えられそうだけど、同一メニューの注文やむなし。
だって、メロクリ甘いから。
なぜなら、乙女を魅惑するから。
メロンクリームソーダを飲めば、全てのガールがハッピーになる。
だって甘いし、凄く甘いし。
「白魔術ですか?」
「そう、白魔術。近くの古本屋の百円コーナに、白魔術の魔導書が売ってたの」
わたしの説明、胡散臭そうな表情を浮かべるゆかりさん。
ちょっと自慢げに、わたしは革張りの国語辞典モドキを掲げた。
「この魔導書によると、魔方陣を描いて呪文を唱えるだけで、伝説の聖獣「ユニコーン」を召喚できるらしくて」
――というのが、数時間前の出来事で。
わたしとゆかりさんは、
自宅の床に描いた魔方陣を囲んで、
「いあ いあ ゆにこーん ふんぐるい むぐるうなふ」
「ゆにこーん るるいえ うがふ なぐる ふたぐん」
怪しげな呪文を唱えていた。
ブックオンに売っていた魔導書によると、これで聖獣ユニコーンが召喚されるみたいで。
――ピカッ。
魔方陣が眩しい閃光を放ち、またたく間に視界はゼロ。
これは……成功したかも!
わたしが内心ガッツポーズを決めると、閃光の向こう側から『ヒヒーン』と馬っぽい鳴き声。
やったわ、これで。
「ゆかりさん!」
「ええ、狩りの時間ですわ」
『ヒヒーン! ヘイヘイ、そこのお嬢ちゃんたち! さては処女――ギャフっ!?』
――ガチンッ!
魔方陣で召喚された、聖獣ユニコーンは「トラバサミ」に足を取られて転倒しちゃう。
連鎖でトラップ『六芒星の落下ダンベル』が発動っ!
天井にぶら下げたダンベルが、いくつも落下してユニコーンを打ち据える!
『ヒヒーン! ゴッ、ガッ、へぶしっ!』
ボコ、グギッ、ガスガス、グシャ。
肉が潰れる鈍い音、骨が軋む嫌な音、馬の悲鳴、
そして、
――キュィィィィィンッ!
空冷2サイクルガソリンエンジンの唸り、けたたましく鳴り響くチェンのじゃらつき。
大型チェーンソを掲げたゆかりさんに、わたしは指示を飛ばした。
「ゆかりさん、早くチェーンソで!」
「イエス、神でもバラバラにして差し上げますわ」
ゆかりさんが、道具を掲げる。
機械じかけのギザギザ刃が、ドドドドドッとエンジンの駆動を開始する。
『あっ……あぁ』
神殺しの道具に怯えて、日本語オッケーな声帯を震わせるのは、哀れな生贄こと聖獣ユニコーン。
恐怖に濁った瞳を見下しながら、ゆかりさんは言うの。
「聖獣ユニコーンよ。この場で跪き、ツノを差し出しなさい」
上から目線で、てめぇのツノ寄越せと。
わたしは、魔方陣の周囲に張り巡らされた大量の罠を見ながら思った。
――なんだ。
――こんなに用意する必要なかったじゃない。
自宅に描いた魔方陣の周りを見渡せば、壁に並んだ竹槍射出機、天井で揺れているのはコンクリートを詰めたバケツ、ワイヤーで張り巡らされた通電装置、地雷の設置は認めなかったけど、ギリで許可した電熱イライラ棒。
凶暴と噂のユニコーンだけど、ちょっと気合入れて準備しすぎたかも?
そう思っちゃう準備からも分かる通り、わたし達がユニコーンを召喚したのは「狩るため」だった。
百円で売っていた魔導書で特に目を引いたのは「惚れ薬の材料:ユニコーンの角」という部分。
――これは作るしかねぇ!
魔方陣と罠を用意してひと狩り行こうぜ!と狩猟を始めたけど……予想以上に弱くて、拍子抜けだった。
足をトラバサミで挟まれて身動きが取れない、ユニコーンが苦しげに叫んだ。
『ヒヒーン! 誇り高き聖獣の俺に跪けだと……たかが人間ごときがッ!』
「はい。こちらを用いてツノを切断するには、都合がよろしいので」
轟音を奏でる切断楽器を、ユニコーンに見せつけながら。
ゆかりさんは、冷たい口調で言葉を続ける。
「ですが、仕方がありませんわね。ツノだけで許して命までは奪わないつもりでしたが、さすがは誇り高き聖獣。その愚かな誇りを讃えて――生首を落としましょう」
『えっ?』
「当然でございましょう? 暴れる畜生のツノを切断するなど危険でなくて?」
『ヒヒーン! 間違ってないが……』
「ならば正解ですね。狩猟対象であるあなたは、狩人であるわたくしに抵抗した。これは生殺与奪権を握るものとして、十分あなたを殺す理由となります」
チェーンソの回転する刃を、ユニコーンの首筋に添えながら。
ゆかりさんは、まるで感情のこもらない声で囁いた。
「さて、なにか言い残すことは?」
『ヒヒーン! もっ申し訳ありません! ツノは差し上げます……だから命だけは』
「引き際を謝るバカは早く死ぬ――すでに信号はグリーンとイエローを通り越してレッドになっているというのに、今さらになって命乞いとは失笑モノですわ」
『ヒ、ヒヒーン!?』
「あなたに残された僅かな時間――後悔するも、祈り捧げるも、わたくしに跪くも、全ては自由です。されど結末はひとつ――」
――キュィィィィン!
唸るチェーンソ、あたしは叫んだ。
「やめて、ゆかりさん! なにも命まで取ることないわ! 欲しいのは『惚れ薬』の材料だけよ! 床が血で汚れちゃうっ!」
『ヒヒヒィーーーーン!』
キュィィィィ――
――ガリガリガリガリッッッ!
馬の絶叫、骨が引き砕かれる音、
そしてボキリ、
何かが折れる音を最後に、
キュイイイイィィィ…………チェーンソは、エンジン駆動をやめる。
「切断したのは……ツノだけ?」
ツノをへし折られたユニコーンが、ゆかりさんに問いかける。
『ハァハァ……なぜ我を殺さぬッ!』
「命拾いをしましたわね。聖獣さん」
片手で聖獣殺しのチェーンソを持って、片手で惚れ薬の原料なユニコーンの角を抱えたゆかりさんは、慈愛に満ちた優しい瞳で語りかける。
「あなたが誇り高き神獣で、ツノを奪ったわたくしへ復讐を狙うのであれば、その時は躊躇なく殺害しました。しかし絶命の瞬間、怯え震えて涙を流す聖獣など――殺す価値すらないですわ」
『ヒヒーン! あっ……ありがとうございます!』
「礼など不要、ただちにこの場を失せなさい」
ゆかりさんが命じると同時に、魔方陣とユニコーンが「ピカーッ」と輝いて。
フラッシュアウトした視界が元通りになると、ユニコーンの姿はどこにもなかった。
「ささ。材料も揃いましたし、マサト様に使う惚れ薬を作りましょ~♪」
そう言うゆかりさんは、スカートを翻してその場で一回転。
気分爽快、テンションるんるん、スキップ混じりで、惚れ薬を作成しに台所へ向かう。
わたしは、それを眺めながら、
「あは……ぁはは」
乾いた笑いを、押さえることが出来なかった。
「あれ、お兄ちゃん? おかえりなさい?」
「ただいま(←お兄ちゃんの声)」
「ただいまー(←お兄ちゃんの裏声)」
ガチャっとドアが開いて、自宅に戻ってきたのは例のアレ。
顔はいいのにアタマは駄目で、もはや手遅れ打つ手なし、ルルたんが印刷された抱きまくらと学校にいくのがデフォルトになった、巷で噂の生きる都市伝説にして実在する変態異常者、その呼び名はお兄ちゃん。
今日は、ゆかりさんと惚れ薬を作成した翌日だ。
予定なら今頃、惚れ薬を盛られたお兄ちゃんは、ゆかりさんとラブラブになってるハズ……
「お兄ちゃん、今日なにか変わったことなかった?」
なぜかお兄ちゃんは、いつもどおりの時間に帰宅してきた。
「今日は色々あったな。登校時、下駄箱に怪しいチョコレートが入っていたり」
間違いない。
ゆかりさんと昨日作成した、惚れ薬を混ぜたチョコだ。
「へー、きっとお兄ちゃんのファンだよ。もちろん、ソレ食べたんだよね?」
「いや、ゴミ箱に捨てといた。手作りのようだったが衛生概念に欠けた奴が作ったらしく、チョコから髪の毛がはみ出てたり、不気味だったからな」
「その髪の毛が大事なのよ! 呪術的に恋仲になりたいターゲットの人体の一部を……ゲホゲホ! それより捨てちゃったの!? 惚れぐ……ゲホンゲホン、チョコレート!?」
「無論だ。あんな不気味ものが食えるか」
チクショウ、まさかの作戦失敗っ!
下駄箱にチョコとか……わたしなら喜んで食べるのにっ!
「他にも面白いことがあったぞ。お前とよく遊んでいるクラスの高橋」
「ゆかりさん?」
「そうだ。その高橋が、授業中とつぜん数百匹のゴキブリに襲われたんだ」
「数百匹のゴキブリに……ゆかりさんが」
ゴミ箱に捨てられた、惚れ薬入りのチョコ。
それを仮にゴキブリが食べたりしたら……そして惚れ薬が人間以外にも効果があるとしたら?
「高橋の制服が一瞬で真っ黒になった光景は、特に印象に残っているな。数百匹のゴキブリを見るのは初めてだったが、あれほど恐ろしいとは思わなかった」
お兄ちゃんの話を聞きつつ、わたしは、
「アハハ……ハハ……」
やっぱり、乾いた笑いを続けるしかなかった。
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