第五話 コスプレ顔面ブルーレイ
「なによコレ……」
わたしが、お風呂上がりのメロンクリームソーダを妄想しながら浴室から出ると。
脱衣カゴに、なぜか魔女っ娘ルルたんのコスプレ衣装が入っていた。
――って!
こんなことをするのは、完璧異常者のヤツしかいない!
わたしは、パっと後ろを振り返る!
脱衣場の曇りガラスの向こう側から、ピリリとキモいゼッ! オタクな殺気っ!
「えりす。お前には2つの選択肢がある」
そうだ! こいつだ! やっぱりヤツだ!
八頭身の完璧ボディーに、オタッキーな変態ハートを秘めた人類の異常種ッッ!
「その声は……お兄ちゃんっ!」
「裸で脱衣場から出てくるか、俺が作成したルルたんのコスプレ衣装に袖を通すか――どちらか選べ」
「クッ、巧妙な罠を!」
脱衣カゴの中には、ピンクでフリルなリリカル☆まじかよ。
ルルたんのコスプレ衣装がフルセット。
わたしサイズのコスプレ衣装はハイクオリティー、驚いたことにお兄ちゃんの手作り。
どうでもいいけど、わたしは叫びたい。
パジャマと下着は行方不明、どこに隠したわたしのパンツっ!
「妹の下着を盗むとは……堕ちるトコまで堕ちたわね」
「限定ルルたんグッズの為なら、俺はどこまでも堕ちてやる」
「クールに狂った台詞を吐かないでよ!」
このオタク……
わたしにコスプレ衣装を着せるために、下着を含めた妹の着替えを盗みやがった!
――思い返せば、お風呂に入るちょっと前。
デジカメを構えたお兄ちゃんに、
「ルルたんのコスプレ衣装を着てくれ」
とお願いされたのは、わたしのコスプレが見たいんじゃなくて。
アニメ制作会社が公式で開催する「コスプレ・コンテスト」の優勝賞品が欲しいからという、マッハで↓から↑にアッパーかましたくなるクソファッキンな理由だった。
コスプレ優勝者に贈呈される限定ルルたんグッズに興味ないわたしは、そのお願いを超速・高速・光の速度で悪いが断るノッティング。華麗にスルーして、お風呂にエスケープしたんだけど……これは迂闊だった!
お兄ちゃんが強硬手段に出る……
この展開は、予想しておくべきだった!
わたしが「どうしよう……」と脱衣カゴの中をゴソゴソすると、そこにあるのはピンクのひらひら、魔法のライフル、手榴弾型のペンダント、ニーソに手袋、青い縞パンってふざけんなっ!
青のストライプ模様が眩しいパンツを手にとって、曇りガラスの向こうにいるお兄ちゃんに言う。
「このコスプレ衣装、地味にクオリティー高いね……じゃなくてっ! なによ、この子供サイズの縞パン! まさか買ってきたの!」
手にしたパンツは、子供サイズだった。
お兄ちゃんがデパートの下着売り場で、幼女向けのパンツを漁ってるのを想像すると情けなくて涙が出てくる……あとブラがないのは、貧乳のわたしには必要ないという判断かそうか絶対殺すマン!
「そのパンツは公式アイテムで非売品だ。具体的に言うと、ルルたんのDVDに付いてるオマケだな」
「DVDのオマケに子供用パンツ!? もしかしてアニオタって、わたしの想像以上にアタマおかしかったりするワケ!?」
「間違っていない」
「お願いだから否定してよ!」
「えりすは知ってるか。オタクがDVDを3つ買うワケを」
「知らないっ! いらないっ! 興味ないっ!」
いやいやながらも仕方がなく、全裸のわたしは子供用パンツに脚を通しながら言う。
「オタクは3つ買ったDVDを、観賞用、保存用、布教用、に分類する」
「どんだけメーカーに搾取されてんのよっ!」
「だが俺は、魔女っ娘ルルカのDVD(限定版)を4つ買った。なぜだ?」
「どうでもいいわよっ!」
ウザイ演説を始めたお兄ちゃんに、わたしはイラだった口調で言う。
ほんとイライラ、全裸でイライラ。
お兄ちゃんの演説の内容がウザイのもあるけど、中学2年生なのに子供用パンツがピッタリな現実にも腹が立つ。
だから伸びろ、わたしの身長!
せめて140cmまでっ!
「ならば教えてやろう。4つ目は自分用だ。俺はオマケを自分で使用するため、4つ目のDVDを買ったんだ」
「なにが、オマケを自分で使用す――」
そこまで、口走ったとき。
風呂あがりで火照った顔から「さぁー」と血の気が引くのを、わたしは感じた。
ルルたんDVDのオマケ。
それは、子供用パンツというクレイジーなもの。
わたしはいま、そのパンツを履いていて。
お兄ちゃんは言った――オマケを自分で使用するためと。
つまり、このパンツは、
「お兄ちゃん……まさか、このパンツ」
「俺がいつも使っている『自分用』を、えりすのコスプレ用に貸してや――」
「あ゛あ゛あ゛あ゛――ッ!」
パンツ一丁のわたしは。
脱衣所で奇声を上げながら、お兄ちゃんのエキスっぽいものが、たっぷり染みこんでるっぽい、子供用パンツを脱ぎ捨てた!
「うぅ……ひっぐ」
コスプレ顔面ブルーレイ!
傷心モードで涙ダラダラのわたしは、心のなかで叫ぶ。
――汚された!
――実の兄に体を汚された!
――間接キスならまだ許す!
――だけど、間接パンツはねーよバカァ!
「お兄ちゃんのパンツが……わたしの……ぅぅ」
「安心しろ。さすがの俺も、そのサイズのパンツは履けない」
「嘘よっ! きっとお兄ちゃんのことだから……ひっぐ」
「だから俺は履けないパンツを口に含んですぅーすぅーしたり、顔をうずめてくんかくんか匂いを嗅いだり、人肌に暖めてから中に――」
「ストップ! それ以上はやめて! そこから先を聞いたら、たぶんわたしの心は持たない!」
人肌に暖めてから、縞パンの中にどうするのか?
それはサッパリ不明だけど、常人には理解できない行為であるのは違いない。
「ふん。とにかくお前は、コスプレ衣装に着替えろ」
「イヤよ! 脱衣カゴから盗んだ、わたしの服を返してよ!」
「それは認められない。俺はルルたんのコスプレをするお前をデジカメで撮影させて貰う」
「ふ……ふざけんなぁぁぁっ!」
駄目、コスプレ衣装を着たら撮影される。
でも着替えは盗まれたし、家族といえども裸を見られるのは抵抗が……ない。
アンサーは、わたしのヌード。
コスプレを撮影されて全国公開されるぐらいなら、家族に裸を見られる方がまだマシ。
というか、お兄ちゃんに裸を見られて困ることなんてなにもない。
普段から、リビングを下着で歩きまわってたりもするし。
わたしは、ひとつ深呼吸して――ガチャリ。
脱衣所の扉を開いて、全裸にタオルを巻いただけの格好で、お兄ちゃんに面と向かっていうのだ。
「お兄ちゃんの前でコスプレ衣装を着るぐらいなら、この格好で外に出たほうがマシよ!」
「そうか。なら仕方ない」
「ほえ? お兄ちゃん……ちょっっ!」
いきなりの行動に、わたしはテンパる。
お兄ちゃんは、ヒザを正座の形に折り曲げて地面に座った。
そして、両手のひらを綺麗な三角形になるよう床にペタリとつけて、
「この通りだ。えりす、コスプレ衣装を着てくれ」
体を折り曲げて、額を床に押し付けた……
うん、土下座。
それは見事な土下座。
とっても土下座。
実の妹にコスプレ衣装を着て欲しくて、お兄ちゃんは土下座までしやがったのだ。
「ヤダァ……カッコ悪ぃ……」
わたしの口から、抑え切れない本音がポロリ。
だけどお兄ちゃんは微動だにせず、額を床に押し付けたまま。
「俺は優勝賞品の限定ルルたんグッズが欲しいんだ。頼む、えりすの力を貸してくれ」
「いや、ムリだから」
「えりすの見た目と、俺の作った衣装が組み合わされば、この戦い必ず勝てる」
「勝つとか負けるとかどうでもいいし……とにかく土下座やめて……情けなさ過ぎてアタマがクラクラしちゃう」
額にコツコツ指を当てるわたしに、頭を上げたお兄ちゃんは問いかけてくるのだ。
「どうしてもダメなのか?」
「当たり前でしょ」
「そうか。なら――着せるまでだ」
「えっ」
お兄ちゃんの目がギラリと光るのと、お口から――ぷっ。
わたしの腕にチクリと刺さるトゲの痛みってか、口から「ぷっ」と含み針を発射され……た?
「あ……ありゅ?」
なぜか、体が動かない。
膝が、ユラユラとグラつく。
ぐらり、カラダ揺れる。
パタリ、床に倒れる。
でも、立ち上がることができない。
カラダが……言うことを聞かない。
「俺が調合した即効性の麻痺薬だ。後遺症は残らない」
耳に響くは、お兄ちゃんのセクシーボイス。
即効性、麻痺薬、まさか……?
「まひゅか……わだじにゴスブレ衣装を……」
「許せえりす。ルルたんのコスプレコンテストで優勝するためだ。まずはパンツから始めるぞ」
――って、こいつ!
わたしを薬で麻痺らせて、コスプレ衣装を着せて撮影する気だ!
もはや犯罪、これはアウト!
実の妹に手を出し……てるのかは微妙だけど、何かの毒牙に掛けてるのは間違いなし!
「これが大事なんだ。しっかり履かせてやる」
お兄ちゃんの腕が、肌に巻きつけたバスタオルに伸びる。
ヤバイ……お兄ちゃんに犯される……ことはないだろうけど、確実にココロを汚される。
きっとエロとは違うベクトルの変態行為で、たとえカラダは汚されなくても、心に深い傷を負うのは間違いない。
――イヤだ……
――イヤなの嫌なの嫌嫌、嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌っ!
――だれか……誰かわたしを助け、
――バリィィィィ―ンン!
パンツを掴んだ、お兄ちゃんの魔手が迫る。
どこかで窓ガラスが砕ける音。
麻痺薬で朦朧とする意識。
遠のいていく耳に響いてくるのは。
あの人の声で。
「ヤラせはしません! えりすちゃんを、わたくしはヤラせたりしません!」
その声は……ゆかりさん?
でも、その格好……特殊部隊みたいな軍用ベストを身に着けて、両手両足には外壁に張り付くための吸盤、耳につけているのは壁の向こうの音を探知するコンクリートマイクか何かで、手にしたバールのようなものはガラスを突き破るための道具……って、このアマ。
わたしの家を24時間監視してるのって、本気でマジでやってたのか!
監視任務に適した装備のゆかりさんは、乙女らしくも鬼気迫った表情で叫ぶのだ。
「えりすちゃんをヤルぐらいなら……わたくしをヤッて下さい!」
アタマがおかしいんじゃないかって台詞を。
「妹に手を出すなんて鬼畜です! だから妹のえりすちゃんに手を出すぐらいなら……とにかく、わたくしの体に手を出してください! ヘイカモン、マイボディー!」
とっさに何も浮かばなかったのね、ゆかりさん。
お兄ちゃんが、ゆかりさんに言う。
「高橋よ。俺の邪魔をするなら容赦はしない」
「大丈夫ですわ! 高校生でマサト様の子を身に宿す覚悟はできていますっ! オッケー、ナイトフィーバー!」
「なるほどな。意味が分からぬ」
「なら、わたくしが教えて差し上げますわ! 卑猥な体でレッツ、ベッティング! 淫らな腰使いでパイルダーオン!」
「ところで高橋よ。貴様はえりすのコスプレを見てみたくないか?」
「シュッポー! シュポシュポ! シュッ! ポーポッ……えりすちゃんのコスプレですか?」
「ああ。実は――」
それから数分間――
お兄ちゃんが、ゆかりさんに説明したのは「第二次コスプレ作戦」の概要。
わたしにコスプレ衣装を着せて、晒した生き恥を撮影。
それをコンテストに応募して賞品ゲットという、妹のカラダで限定グッズを手に入れる鬼畜な作戦。
それを耳にした、ゆかりさんは、
「えりすちゃんのコスプレ……」
しびれ薬でまともに口も動かないわたしを眺めつつ、ゴクリと喉を鳴らした……って、ちょまっっ!
ゆかりさん、あなたもわたしの敵に回るのっ!!?
「すごく……似合いそうですわ」
「高橋に、えりすの着替えを任せていいか?」
お兄ちゃんの問いかけに、ゆかりさんはチラリとこちらを見るけど。
その視線が、お気の毒そうに歪んで。
「はい。わたくしにお任せ下さい」
ゆかりさんは堕ちた。
魔法少女のコスプレ衣装に身を包んだ、わたしを見たいという小さな興味に負けて。
そして――
わたしの味方はゼロになった。
………………
…………
………
……それから数時間、
…わたしの記憶はない。
たんに、しびれ薬の影響で覚えていないだけか。
はたまた、脳が自我を守るためつらい記憶を消去したせいか。
それは、分からない。
だけど
■公式企画 ルルたん☆コスプレ・コンテスト
ランキング投票の暫定一位の場所には、
「ママ手作りの衣装で参戦 ルルたん大好きのエリスちゃん(10歳)」
ノンモザイクで全国公開中の、
わたしのコスプレ写真が収まっていた。
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