第三話 天国はキラキラ☆イエロー


「……完成した」


 しぱしぱと重いまぶた。くたくたに疲れた二の腕。

 それは、徹夜までした努力の証。

 久しぶりにミシンなんか弄ったけれど、作業自体はわりと楽しかった。

 漫画特有のふんわりとしたボリュームを目指してフリルやスカートの裏側に針金を組み込んだり、再現度に関しては自信がある。


「これなら……イケる」


 わたしが、お兄ちゃん更正計画(仮)のために、夜なべして作り上げたもの。

 それは、魔女っ娘ルルたんのコスプレ衣装だった。






「コスプレ作戦で行きましょう!」


 いつもの喫茶店で、わたしはゆかりさんに言った。

 注文したのはメロンクリームソーダ。これ以外は考えられない。


 見れば笑顔、飲めば幸せ。

 ほんとメロンクリームソーダは、奇跡の飲み物だと思う。


 口に含めば甘味の洪水、喉を潤すソーダの刺激。

 脳にガツンと血糖上昇、気分は晴れやかメガハッピー。

 

 わたしは、メロンクリームソーダを飲みながら、ゆかりさんに言う。


「じゅちゅー。お兄ちゃんが二次元の世界に固執するなら、じゅちゅー。いっそのこと二次元と現実世界を結びつけてやればいいと思うの」

「なるほど、敵を味方に付けるというワケですね」

「その通りよ、じゅちゅー。手作りで申し訳ないけど、ゆかりさんのサイズに合わせたルルたんの衣装をじゅちゅー、じゃなくて受注して用意したわ」


 わたしが紙袋から取り出した、ピンクカラーの衣装。

 それはマジカル、フリルなリリカル。

 魔法少女ルルたんのコスプレ衣装だった。



 ――というのが、少し前の出来事で。



「うわっ、なにこれエロイ……」

「ちょっと胸がキツイですけど、よく出来ていますわ」


 わたしとゆかりさんは、自宅で衣装合わせをしていた。

 お兄ちゃんは出かけていて不在、女の子だけでお着替えタイム。

 わたしが夜なべして作ったコスプレ衣装で、ゆかりさんはフル装備だ。

 手にしたステッキは、リリカル・アンチ・マテリアル・ライフル。

 ピンクの変身ペンダントは、パステルカラーの手榴弾型。

 あなたをマジ狩る、本気でマジ狩る、魔物をマジ狩る、これってマジカル……? 重火器で武装した魔法少女のドコに魅力があるのか、そもそも攻撃のメインが重火器だから魔法少女とか関係無いだろとか疑問はあれど、長身でスタイル抜群なゆかりさんに、設定だと小学生の魔法少女のコスプレは厳しいことが分かった……胸のボリューム不自然すぎ……だけど、なるようになれ。


「衣装は完璧みたいね。あとは台本通りやれば完璧よ」

「はい、ルルたんのモノマネをしながらマサト様に迫り、向こうが現実と二次元の区別がつかなくなった所で」


「お兄ちゃんをーッ!」

「押し倒しますわッ!」


「ククク、二次元では絶対に味わえないゆかりさんのダイナマイトボディーの前では、お兄ちゃんの二次元へのこだわりなんて吹き飛んで三次元のすばらしさを感じることが出来るはずよっ!」

「うふふ、楽しみですわ。わたくしの淫らで卑猥でセクシーな艶技にマサト様が溺れる光景が」


 ゆかりさんは、妄想が暴走してるのか。

 床にポタポタと鼻血を垂らしながら、ハァハァ吐息で言葉を続けるわけで。


「もちろん実戦経験はありません。ですがわたくし、イメージトレーニングだけは完璧ですのっ!」


 ――どんなイメージトレーニング?

 わたしは聞こうか悩んだ。

 でも、なんか「とっても怖いお返事」が来そうだからやめておいた。


 そんなことを考えていたら、玄関の方から。

 ――ガチャリ。


「ルルたん、やっとおウチに到着したね ←(お兄ちゃんの声)」

「うん、ルル疲れちゃった ←(お兄ちゃんの裏声)」


 玄関のドアが開く。

 わたしたちの耳に響いてきたのは、同一人物の2種類の声。

 ミステリアスでセクシーな低音ボイスと、イカれて狂ったガチでキモい裏声っ!


「おや? えりすと高橋か? 二人で盛り上がってるところを悪いな」


 わたしたちの存在に気づいたお兄ちゃんが抱えているのは、魔女っ娘がプリントされた抱き枕――って、うわ……。


 コイツ、超えちゃいけないラインを超えやがった。


 野外に抱きまくらを持って、1人デートとかアウト。

 おまけに一人二役(片方裏声)で、妄想会話もオッケーとか超アウト。

 二次元でも三次元でも、これでいつでも一緒だね――って、ガチであうとぉぉっ!


「お兄ちゃんの……お兄ちゃんのダメ人間っぷりに磨きがぁぁぁ!」

「ステキ……」

「いや、ゆかりさんの反応おかしいからっ! むしろお兄ちゃんなら何でもオッケーってオチ!? それよりミッション開始よ!」

「コスプレの衣装合わせか。ふむ、俺も今度やってみ――」

「ほらっお兄ちゃんがまた変態的なこと言い出した! コイツ自分で着るつもりよ! 男のくせに魔法少女のコスプレするつもりなのよ! 手遅れになる前に、ゆかりさん早く早くハリーハリー!」

「わっ、分かりましたわ! すぅ――あたし魔砲使いのルルカ!」


 ゆかりさんは、必死で覚えたルルたんの台詞を詠唱する。

 その姿は、


「いくよー! 妖魔をマジ狩る、本気でマジ狩る!」

 死ぬほど、似合っていなくて、


「魔法の呪文はリロード★マジカルっ♪ 魔法の銃弾バレット★マジカル♪」

 赤面するほど、恥ずかしくて、


「たとえ涙がこぼれても、捉えてみせるわブルズアイっ♪」

 絶望的に、痛々しい、


「恋のマジカル♪ あなたとマジラブっ♪ あなたの恋愛臓器ハートを――」

「アタマ大丈夫か?」


 お兄ちゃんの冷静すぎるコメントに。

 ゆかりさんは、


「――ガふぅっ!」


 ドバっと吐血して、ドタッと床に倒れた。


「きゃぁぁぁ! ゆかりさんっ!!?」

「未熟者め。コスプレの第一関門、限界を超えた恥ずかしさに脳細胞が死を選択したか」

「なに冷静に分析してるのよ! きゃぁぁ!? ゆかりさんのお口から……半透明なゆかりさんが出てるぅぅぅ!!?」


 失神したゆかりさんのお口から、半透明な『タマシイ』らしきものが飛び出てる。

 タマシイっぽいゆかりさんは、海中のワカメみたいにユラユラと揺れている。


「ほぉ。人の魂は初めて見るな」

「わたしも初めて見る……なんかクラゲっぽいね……って、冷静にコメントするのやめてよっっ! 殺人犯になりたくなかったら、タマシイ戻す方法を考えて!」


『あぁ……お空がキラキラ輝いて』


「おうちの天井しか見えないし、たとえ見えてもソレあの世だし!? だからキラキラ方面はらめぇぇぇっ! あとタマシイの方のお口で喋らないでっ!?」


 ――キラキラ、と。

 ゆかりさんのタマシイが、黄色く輝くスポットライトに照らされる。


 気づけば空気は、眠いよパトラッシュ。

 頭上に開いた天国行きのゲートから、暖かな黄色い光のシャワーが降り注ぐ。

 様々な楽器を手にした天使の群れが現れて、死せるゆかりさんを祝福する。

 マジで死んじゃう五秒前な空気に、魂の方のゆかりさんは、


『……イケますわっ!』

「させるかァァアァァァ!!」


 わたしは――ドゴッ!

 天使の群れを――ボカッ!

 片っ端から素手で――オッケー! こいつら物理で殴れるっ!


「天使はわたしが片付ける! だから、お兄ちゃんはゆかりさんをっ!」

「了解だ。高橋の本体は、鼓動も呼吸も止まってるようだな」


 カモン天使、ここがお前らの墓場よッ!

 背後からトロンボーンで殴りかかってきた天使に、わたしは腰と殺意をたっぷり込めた回し蹴りを浴びせる。


「ほぁたぁぁ! あちょぉぉぉ! きぇぇぇっ! よし、これで7体!」

「つまり蘇生させるには」


 お兄ちゃんは、床に倒れたゆかりさんのアゴをクイッと持ち上げて。

 ――――――

 ――ぶちゅ。

 ――――――

 ゆかりさんの唇に、自分の唇を重ねたわけで……

 そ、それは。


「お兄ちゃん……ゆかりさんと、キキキ、キスして……胸まで揉んで……はわわぁ」

「人工呼吸と心臓マッサージだ。変な勘違いを起こすな」


 冷静なお兄ちゃん。アワワなわたし。

 血反吐をぶち撒ける仲間を引きずりながら、天国に撤退していく天使たち。

 ぼけーと放心状態の、半透明なゆかりさん。

 周囲から、キラキラ「パトラッシュもう眠いんだよ…」な空気が失せていく。


 まるで、ビデオの逆再生みたいに。

 半透明なゆかりさんは、スルスルとお口の中に戻っていく。


 そして、


「ぁ……ぁぁ」

「戻ってきたか。肉体機能を回復してやれば、抜け出たタマシイが戻るという推測は、どうやら正しかったようだな」

「あのぉ、マサト様……」

「恥ずかしさのあまり心停止することは、未熟なコスプレイヤーで稀にある事例。恥じることはない」

「はい、分かりましたの……」

「今日は帰れ。コスプレ道は長く険しい道だ、これに挫けず己が進むべき道を歩め」

「あっ……ありがとうございます!」


 なにこの需要皆無な熱血師匠と弟子みたいな会話オチっ?


「ですが……帰宅の前に!」


 そう言うゆかりさんは、右手を大きく振りかぶって。

 ――ドゴッ!

 自分のアゴを、自分の拳で強打する、会心の自滅攻撃。


「きゃあっ、ゆかりさんっ!」

「これは脳震盪だな」


 叫んだわたしと、冷静にコメントするお兄ちゃんの目の前で。


 ゆかりさんは、

 床に――ドタッと、崩れ落ちる。


「ぅふふふ……これで……ぶくぶくぶく」


 うわ言を呟くゆかりさんの口元から、真っ赤な泡がぶくぶく溢れてくる。

 これは死ぬわね……とか思ってたら、やっぱりお口から白い魂がほわほわと。


「高橋の口を見ろ。またタマシイが出てきたぞ」

「だから冷静にコメントするのは……」


 ドクドクと吐血し続ける口から、半透明なゆかりさんがスルスル伸びてくる。

 茫然とするわたし、抱き枕を抱きかかえたままのお兄ちゃん。


 魂の方のゆかりさんは、半透明なお口を動かして言うの、


『あの……もう一度だけ人工呼吸を』


 マジであの世に逝け――と、言いたくなることを。

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