第二話 世界がぜんぶ橙色で・・・
「吊り橋効果よ!」
わたしがそう力説するのは、いつもの喫茶店だった。
おごりで注文したのは、もちろん大好きメロンクリームソーダ。
「吊り橋効果ですか?」
力説する相手は、やっぱりあのアマ。猟奇で可憐な令嬢さんで、病気なお兄ちゃんLOVE☆一直線。
きっとイケメン正義でブサメン死罪に違いない、ゆかりさん。
「そう。吊り橋効果というのはね」
メロンクリームソーダを飲むあたしは、ゆかりさんに吊り橋効果の解説をする。
1974年にカナダの心理学者によって発表されたのは、ナンパするなら危険っぽい場所にしとけという論文。具体的に言うと、同じ男に同じ吊り橋で女の子をナンパさせたけど、つり橋を渡る直前にナンパしたグループで電話をかけてきた人は37%で、つり橋を渡ってる最中にナンパしたグループで電話をかけてきた人は65%。
ようするに、ナンパするなら怖い場所で声をかける方が成功しやすいんじゃない?という論文だった。
「――という論文でね」
メロンクリームソーダをストローでつつきながら、わたしは考えてしまう。
なんて冒涜的で、なんて背徳的な行為なの。
エメラルドグリーンの海に浮かんだ、乳白色の大陸をストローで突き崩す行為。
わざとらしく着色されたグリーンに、乳脂肪の白濁が混じっていく。
なんて禍々しい。まさに外道。
だけど悪行の先にあるのは、ほんのりクリーミーなメロン味。
魅惑のスイーツ体験だからやめられない。
「はふぅ」
会話の途中だけど、わたしは味覚の暴力に喘いでしまう。
サクッとアイスにストロー刺して、ちゅちゅっとソーダを吸い込んでみる。
すると、お口の中でハーモニー。
ストローに詰まったバニラアイスが、わたしのお口でダンスを踊る。
バニラの香りがワルツを踊って、乳脂肪がフラメンコ。
トロけたお顔を悟られないように、キリッと表情を引き締めながら言った。
「つまり、お兄ちゃんを命の危機に落としこんで、それをゆかりさんが救出するの。結果としてゆかりさんの好感度アップってわけ」
「さすがえりすちゃん! 素晴らしき名案ですの! まるでアドルフ・ヒトラーが『史上最大の戦い』と評した、グーデリアン将軍のキエフ包囲戦を思わせる――」
「ごめんネタが分からない……でも、これ名案だと思うの」
「同意ですわ。早速ですが実行しましょう」
「うん、まずは計画を立てて」
「わたくしにお任せ下さい。世にも見事な吊り橋効果を演出して見せますわ」
『――現場の村西さん。そちらの状況はどうですか?』
『――スタジオの皆さん! 私は連続爆破事件が起きた高校に来ています!』
バリバリ、
カサカサ、
ポリポリ、
コリコリ。
喫茶店での作戦会議から、数日が経過して。
わたしはリビングでお菓子を食べながら、テレビのニュース番組を眺めていた。
「へぇー、高校爆破事件。ひざびさに物騒な事件が……ん?」
ニュースに出ている、高校の名前。
なんか、どこかで聞き覚えがある校名なのよね――って!?
「燃えてる学校、お兄ちゃんが通ってる高校じゃないっ!?」
ガバッと、ソファーから跳ね起きて。
枕にクッションにサンドバックに、ソファーで便利な熊のぬいぐるみを投げて。
わたしが、テレビ画面を食い入るように見ると。
『とつぜん世界が橙色に染まって……照り返す炎で世界がぜんぶ橙色で……炎がぁぁぁ! 炎が迫ってくる!』
『いきなり校舎が大爆発して……うわぁぁん!』
わんわんと泣き叫ぶ女子生徒、メガネにヒビの入った男子生徒、燃える校舎の映像、なにこの地獄絵図っ!?
「そんなことより、お兄ちゃんよっ!? わたしのお兄ちゃんは無事なのっ!!?」
『――炎上する校舎から人影が出てきました! 視聴者の皆さん、生存者です!』
「テレビに映っている生存者だけど、あれお兄ちゃんよねっ!?」
『――道を開けろっ! 校舎から救出した負傷者がいる!』
「よかった……それに燃える校舎から負傷者を救助したとか、マジカッコイ――」
『――火災現場からルルたんのフィギュアを救出した! 見てくれ! ルルたんの顔が煤で汚れてしまった! 誰か水と清潔な布を持っていないか!』
「だれか、わたしのお兄ちゃんを殺してぇぇぇ! 身内の痴態を全国放送とかマジ勘弁だからぁぁ!」
『――生存者は美少女フィギュアを所持しています! どうやら美少女フィギュアを回収するために火災現場に――あ、美少女フィギュアに語りかけてますね』
『――ルルたん。怖かったかい。もう大丈夫だ。マサトお兄ちゃんが』
「おいレポーターさん! カメラの前で美少女フィギュアと会話してる身内の恥、今すぐ燃える校舎に放り込んでプリーズ!」
――プルルルルル~♪
「だっぁぁぁ! こんな時に電話かかって来ないでよぉぉ! ……はい、桜井です」
『もしもし、わたくしですわ』
「その声は、ゆかりさんっ!!? 大丈夫ですか!? 高校の爆破事件、いまニュースでガンガン流れてますけど!?」
『わたくしは大丈夫ですの。最初の起爆で全校生徒が避難したのを確認してから、二度目の大爆発を起こしましたから』
「そうですか。余計な犠牲を避けるのは人道的ですよね…………って、あの爆破事件を起こした犯人、ゆかりさんだったのぉ!?」
『肯定しますわ。吊り橋効果でマサト様へアピール大成功です。マサト様が愛するアニメのグッズを避難する前にひとつ回収してさし上げたのですが、マサト様ったら涙を流して喜んでくれて……ぽっ』
「 ソ ウ デ ス カ 、ヨ カ ッ タ デ ス ネ ……」
『うふふ、これで一歩前進です。えりすちゃんの作戦、本当に素晴らしかったですわ。あまりに素晴らしくて、わたくし警察に教えそうになりましたもの』
「アハハ、ハハ……」
このアマ。言葉の裏側で、わたしのことを脅してやがる。
ゆかりさんが、電話越しに言ってくる。
『えりすちゃんが協力してくれて、本当に助かりましたわ』
(翻訳:あなたも仲間ですわ)
『これは、二人だけの秘密ですね』
(翻訳:もしゲロったら共犯にします)
『うふふ、これからもよろしくお願いします』
(翻訳:逃しませんからね)
……
…………
………………この秘密は、墓場まで持って行こう。
わたしが、リビングでひとり誓ってる視線の先。
テレビのニュースを映してる、37インチの液晶画面の向こうでは。
『名も知らぬ後輩よ。このルルたんは、貴様の所有物であろう』
『これは僕のルルたん!? なぜですっ!? 僕のルルたんフィギュア(verスク水)は、燃える校舎に取り残したハズなのに……まさか』
『燃える校舎から救助してやった。俺に感謝するがよい』
『なぜあなたは、命をかけて救助したルルたんを僕に返却を!?』
『全てのルルたんは俺の嫁だ。同時に多くの同志の嫁でもある。この嫁は貴様が所有する嫁であろう。ならば、貴様に返して当然だ』
『ですが……僕はもうルルたんを愛する資格がありません……嫁を置いて無様に逃げだした僕が……』
『貴様の嫁は煤で汚れている』
『…………』
『嫁の顔を拭ってやれ。そして今まで以上に愛せ。それが貴様に出来る贖罪だ』
『……あざすッ!』
お兄ちゃんと後輩の、感動的な映像が撮られて。
スタジオのおっさんが、キラリと光る目元をハンカチで拭っていましたとさ。
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