第一話 ゆかりさんとの真っ赤な誓い


「お兄ちゃんと付き合いたい?」


 わたしが相談を受けたのは、駅前の寂れた喫茶店の中だった。


「はい、真剣にお付き合いしたく思っております」


 深刻なツラして話す相談相手は、なにを隠そうお兄ちゃんのクラスメイト。


 名前は、高橋ゆかりさん。

 高校二年生のJKで、スタイル抜群のお姉さんだ。

 深窓の令嬢を思わせる清楚で可憐な容姿なのに推定Gカップのグラマラスボディーなゆかりさんは、チビで貧乳でJC2のわたしに涙混じりで訴えてくるわけで。


「数日前、勇気を出してマサト様に告白しました。ですが――俺には心に決めた女がいる――と……うぅっ」


 辛い記憶が蘇ったのかしら?

 ゆかりさんは、キラリと光る目元を花柄レースのハンカチで拭った。


 その仕草は優雅にして繊細で、嗚咽混じりに涙を流す姿はエレガントで儚げ。

 そんなゆかりさんの見た目イメージは、財閥か何かの令嬢さん。

 スカートの裾にヒラヒラが付いた制服は、きっと改造してるに違いない。


「うーん」


 わたしは、令嬢さんにどう説明しようか悩んじゃう。

 だってこのひと、お兄ちゃんの恋人がアニメの魔女っ娘だと知ったら、もっと泣きそうだし。


「うぅぅ……この恋が叶わず永遠にマサト様と結ばれないのなら、いっそマサト様と恋人を刺して自分も死んでやろうと思いまして、隠しカメラと双眼鏡を駆使して24時間数日にわたって、マサト様を監視し続けたのですが……それらしき女性の存在は確認できなくて」

「ふーん。とりあえずポロリと漏らした犯罪スレスレのカミングアウトは華麗にスルーさせて貰いますけど、うちのお兄ちゃんが生身の女性と付き合うなんて絶対ないと思いますよ」


 それから数分間。

 お兄ちゃんの正体を説明すると、ゆかりさんの表情はハニワみたいになった。


 そう、お兄ちゃんはオタク。

 それも人生捧げてるレベルの重症者。


 ただの人間に興味はない。

 宇宙人でも超能力者でも、二次元の美少女なら興味が湧く。


 リアル女性に愛情を持つことはない。

 冗談なしで三次元に興味がない。


 あれは病気というより本能だから治療するのは無理っぽい。


 そんな感じ。


「アニメキャラが恋人……それは困りました。ナイフでは殺せませんの」

「ゆかりさん。二次元の住民に嫉妬と殺意を抱かないでプリーズ。その怪しげな紙袋に入ってるの、もしかしてナイフか何か?」

「はい。この特殊ナイフはドイツ語で「スズメバチ」の意を持つHornisseホルニッセです」

「高級ウインナーの銘柄みたいな名前のナイフですね……」


 適当な相槌を打ちながら、わたしは妄想する。

 脳内に響くのは「パリッ」と折れる効果音、じゅわっと広がる肉汁の旨味。

 シャウでエッセンな高級ウインナーは、茹でて良しで、焼いて良し。

 粒マスタードがあればなお良しだけど、やっぱり乙女は甘いモノが好き。


 喫茶店のテーブルには、わたしの大好きメロンクリームソーダが鎮座していた。

 

「小型ボンベが内蔵された柄と噴出口が穿たれたブレードを持つホルニッセは、手元のスイッチで開放される気体の膨張圧力で刺突した人間を完膚なきまでに破壊する……ゲフンゲフン。外皮が非常に固いカボチャなどの野菜を調理するのに便利なよう開発された調理器具でして、応用としてボンベに可燃性ガスを詰めることで下ごしらえと同時に加熱調理すらも可能とした万能ナイフですの」

「物騒な説明をしてなお、そのナイフを調理器具と言い張るのね」


 ナイフから視線を逸らして、注文した「メロンクリームソーダ」を眺める。

 美しい。まさに食品芸術。

 それはグラスに入ったエメラルド。四角い氷と乳白色のアイスを添えて。


「ほへー」


 鼻孔をくすぐる甘い香りは、魅惑のバニラの官能芳醇。

 メロンクリームソーダは、とってもすごくマジでサイコーな飲み物だと思う。

 甘いものに甘いものを重ねる、二重の極み的な甘味力が堪らない。


 大好き・I LOVE・メロンクリームソーダに、しましま模様のストローを挿して。


「ずぞぞぞっっ」


 優しく下品に吸いとって、美味の洪水にわたしは恍惚。

 おいしい。冷たい。甘くてスイーツ。

 こんなに甘くてスイートな飲み物は、きっと世界でひとつだけのオンリーワン。

 甘いメロンソーダに甘いバニラアイスをプラスする贅沢って、今はメロンクリームソーダに酔いしれてる場合じゃないけど、やっぱりおいしい。ちゅーちゅー。


 ストローを咥えるわたしは、ナイフを片手にすすり泣く人に話しかける。


「ちゅーちゅー。うんうん。分かる分かる。ゆかりさんの覚悟はよ~く伝わった。お兄ちゃんと一緒になれないなら心中してやるという気持ちもわかる。恋敵を殺る気まんまんなのも理解した。だけどね、ひとつだけ言わせて――店員さん! 110番してください! このアマお巡りさんに突き出し ひゅーひゅー」

(※↑ゆかりさんが神速で放った手刀が、わたしの喉元に命中)」


「お客様、追加のご注文でしょうか?」


 わたしの声で、店員さんが来た。


 ――助けて……

 ――このアマ、わたしの首絞め。


「助け…… イ イ エ ナ ン デ モ ア リ マ セ ン 」

(※↑ゆかりさんの指が、わたしの声帯をゴリゴリ弄くってる)

「どうぞ、ごゆっくりお食事をどうぞ」


 おべべ、べべ。

 喉に添えられた指が、わたしの声帯の形状を変えて出す声を加工する。


 タスケテェ……出る声「 イ イ テ ン キ 」。

 このアマァ……出る声「 ス ル メ イ カ 」。

 なんなのぉ……出る声「 ミ ソ ス ー プ 」。


「……ふぅ。声帯操作術がなかったら、あぶなかったですわ」

「―― ヤ キ ソ バ セ ン シ ヤ キ ソ バ ン !!(ふざけないでよ、クソアマー!!)」 


 わたしの喉に添えられた、ゆかりさんの指が離れる。

 代わりにテーブルの下で突きつけられるのは、調理器具のホルニッセ。

 わたしが「ガクガクブルブル……」している前で。

 安堵の表情を浮かべるゆかりさんは、額の汗を拭いながら言うの。


「桜井マサト様の妹――桜井えりすさん。わたくしはマサト様を諦められませんし、憎むべき恋敵を殺さず心中するつもりもありません。ゆえにマサト様のオタクを治すご協力――していただけますよね?」

「ム、ムリッ」

    ↓

  (ゴリっ…ゴリっ…)

    → 「 ハ イ ヨ ロ コ ン デ 」


「ありがとうございます。では血判書にサインを」


 考えてみれば、お兄ちゃんのオタク趣味を治療するのは悪くない。


 わたしは、半分強制だけど、半分ぐらいは納得して、ゆかりさんと共同でお兄ちゃんのオタクを治療するという契約書に、血で綴られた赤文字で「桜井えりす」のサインをする。


 それが、二人の共同戦線の始まり。

 ぶっちゃけやめとけば良かった、わたしとゆかりさんの「真っ赤な誓い」だった。

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