第5話
私たちは夜の下関に繰り出しました。深夜まで酒場などで聞き込みを続けましたが、成果はありませんでした。
凄腕の探偵二人がかりでも見つからないのはおかしい。私の直感はそう囁きました。
翌日は朝食をホテルですますと、市内の火の山公園を訪れました。小さな山があり、展望台からは関門海峡や市街地を展望できる広い公園です。
昼食はそこの回転展望レストランでとりました。残念ながらフグ料理ではありません。
一体、いつになったらフグが食べられるのでしょう。
それからすぐ近くにある、みもすそ川公園を訪れました。
国道九号線と関門海峡の間のわずかな隙間に作られた公園でとても狭く、そのくせ、源義経像と平知盛像に加え、五門の大砲があります。
ここからは関門橋がよく見えます。
広い意味では一キロ程度の周辺を壇ノ浦と呼ぶこともありますが、この辺りが本来の壇ノ浦なのです。
そう、こここそが壇ノ浦。
あの単細胞は間違いなくここに来るはずです。
牧野探偵も、
「もしかしてここにいるかも」
と、私にささやきました。
「その可能性あり」
私達は狭い公園を調べました。すると、トレンチコートの男が、堂々とベンチに座って、海を眺めているではありませんか。
隣には若い女性がいます。
「何やってたのよ」
私は、近づいて声をかけました。
「来ると思ってたよ」
彼はそう言いました。
「知り合い?」
隣の女性が彼に聞きました。
「昔のね」
「昔って何よ」
私は抗議しました。
「元カノ?」
女性が聞いたので、私は、
「一応、彼のアシスタントです」と言いました。すると、
「へえ、この人が例の」と納得しています。私のことを彼女に話していたようです。私が、
「そちらは?」と聞くと、
彼は立ち上がりました。
「紹介しましょう。足立ねねさんです」
所長は足立ねねさんを探しだし、一緒にいる?
私は混乱しました。
彼が壇ノ浦に来たことは想定内ですが、彼女のような若い女性が下関に旅行に行き、それを壇ノ浦に行くと表現するでしょうか。
「本当に壇ノ浦に来たの?」
私は彼女に尋ねました。
「最初は田子の浦に行ったの。そこで探偵さんに出会って。探偵さんはアシスタントが自分を探しに、壇ノ浦に来るはずだから、先回りしようと提案してきて」
なんと所長は、私の行動を先読みしてたのです。
さきほどから黙っていた牧野さんは、
「そういうことね」と納得し、後ろを振り返り、右手を高く上げました。
彼女の視線の先には、赤いワゴン車が停まっていました。彼女が振り向いたことが合図になったかのように、車のドアが開き、二人組の男が出てきました。
二人はこちらに駆け寄り、ねねさんを両側からつかみ、連れて行こうとします。
「何するの」
彼女は叫びました。私は牧野さんに、
「どういうこと?」と尋ねました。
「だから、こういうことなの」
このままでは、ねねさんがさらわれる。
所長はいつものようにぶつぶつと独り言を話していて頼りになりません。私一人で三人を相手にするのは無理でも、一緒にツアーに来た観光客やガイドさんもいます。
「助けて」と私が叫ぶと、大砲の周りにいた人たちがこちらにやってきます。
私はねねさんを助けようと、片方の男のすねを蹴りました。
「痛ッ!」
男は足を押さえてうずくまりました。
続いて、もう一人の顔に飛び膝蹴りを入れました。男は大の字になってのびています。
「残るはあなたひとり」といって、私は牧野を見ました。
「ひとり?」
女探偵は、にやにやと笑みを浮かべています。
ツアー客もあざ笑うような表情で、私を見ています。
「はっ!」
私は状況を悟りました。ガイドを含めたツアー客は全員、彼女とグルなのです。このツアー自体が仕組まれた罠だったのです。
冷静に考えれば、おかしなツアーでした。
ネットなどで調べたわけではありません。事務所の郵便受けにチラシ広告が入っていたのです。
よくある箱根旅行などと並んで、下関コースが目立つ位置に載っていました。
ちょうどいいタイミングと判断した私は、申し込みをしたのです。
私は彼らにつかまれ、身動きがとれません。ねねさんもつかまり、観光バスの中にに無理矢理、押し込まれました。
「こいつはどうしましょう?」
仲間の一人が、所長をどうするか牧野に聞いています
「アホだからほっておいていい」
きっと所長の頭の中では、自分ひとりで全員を倒し、事件も無事解決されているのでしょう。
彼らは、私を無理矢理バスに乗せ、一番後ろの席にねねさんと並んで座らせました。それから、私たちの両手を縛り、猿ぐつわをかませ、口を封じました。
バスが発車します。
牧野は私の前に立ち、
「ぼんくら探偵の頭じゃ、理解できないようだね~。いいわ。全部、教えてあげる。冥土の土産になるかもしれないから、よく聞いてね」
といって、けらけらと笑いだしました。
隣のねねさんは、恐怖で震えています。
「私は嘘なんか吐いてない。だって、私がおまえに渡した名刺は本物だからね」
「?」
「犯罪組織と言うのは、おまえが前にいた総合探偵社のことだよ。私に依頼をしたのは他ならぬ、おまえの元上司川井部長だ。私たちは秘密を知る足立ねねを見つけるため、おまえについてきたのさ」
もし私が声を出せるのなら、「その秘密とは何?」と聞いたことでしょう。
本当は声を出せますが、猿ぐつわのせいで発音が不明瞭です。それでも、「その秘密とは何?」と言おうと努力しました。
しかし、相手は、「残念だけどフグは食べられないの」と見下したように言いました。、
バスは関門橋を通り、九州に入りました。私たちはどこへ連れていかれるのでしょう。
「どこに行くの?」
私は大声でそう言おうとしましたが、猿ぐつわのせいで発音が不明瞭です。
何度も言ううちに、相手も理解し、
「**(ビープ音)の浦」と言いました。
肝心の部分を聞き逃してしまい、もう一度聞きました。
「一応、社員旅行という形で、バスを借りてて、運転手はこちらで用意したの」
と見当違いの話をしてきます。
**の浦とはどこ?
九州に入ったことから、九州のどこかにある「の浦」に違いありません。しかし、私には該当する地名が浮かんできません。
最後部に座っている私とねねさんは、両側から敵に挟まれ、窓の外はよく見えません。
バスはそれからも進みました。人気のない公園のようなところに停まりました。、ここならいくら大声を上げても問題はないのでしょう。私たちはロープと猿ぐつわをはずされ、交代でトイレに行きました。そのとき逃げることができたかもしれないけど、ねねさん一人置いて行くことができず、おとなしくバスに戻りました。
それからガイドの男から、彼らとねねさんの関わりについて説明を聞かされました。
「川井部長が例の組織とつながってるのはあんたも知ってると思うけど、邪魔者のあんたが辞めた後、会社ぐるみでそことつきあうことになってね。
探偵と暴力団がグルになって、覚醒剤を扱う。あんたのところが便利屋と探偵をミックスしたようにね」
「それは違う。私は便利屋じゃないわ」
「その子は、取引の現場にたまたま居合わせてしまった。警察に言うと殺すと脅され、どこにも相談できず、家をゴミで取り囲んで、中でおびえていた。その場で殺さなかったくらいだ。たいしたことないとほうっておいた。それが、いきなりゴミが片づいた。念のため調べてみると、あんたのところが関係している。ゴミが片づいた意味は、こちらをおびき寄せるための罠だと考えた。
ねねには二十四時間、見張りがついている。下手に手出しをすると、一網打尽にされる。ことは慎重に進めないといけない。
チャンスは訪れた。それまであったゴミの防御壁が無くなり、ねねは怖くなって逃げだした。所長はそれを追いかけ、行方がわからない。あんたは二人を探すはず。それで罠をかけたというわけさ」
「こんなひどいツアーなんか、申し込まなければよかったわ」
私は、ガイドをけなしました。
「どこがひどいんだ? これでも手間暇かけたつもりだがな」
「肝心のフグが食べられないのに、三十万円なんてぼったくりもいいとこ」
「人件費とバス代考えたら、三百万は欲しいよ」
「わざわざ私一人のために、こんな大がかりな罠を張るなんてどうにかしてるわ」
「バカ、俺はもともと旅行会社のスタッフだったんだ」
「どうりでガイドがうまかったわけね」
「冥土への旅だからな」
死のガイドはそう言って笑いました。
私たちは、もう助からないのでしょうか。私達が誘拐されたことを知るのは、所長だけです。しかし、あの所長に私たちを見つけることができるでしょうか。
一縷の望みはあります。なぜなら、所長はねねさんを探し出しているからです。彼女の服の中にGPSがしかけてあれば、私たちの居場所がわかるはずです。
きっと所長は私たちを救い出してくれるはずです。本人が世界一の名探偵と言っているので、必ず見つけることでしょう。
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