第4話

 私の名前は飯室響子。二十三歳。職業私立探偵。訳あって便利屋さんと一緒のところで働いてますが、この便利屋さんというのが、大変変わった人で、扱いづらいことこのうえありません。

 独り言と妄想がひどくて、それも一人称小説のようにまとめようとするから、近くにいるとひどい目に遭います。


 前に働いていた大手探偵事務所では、いろいろとあって退職しました。もちろん、私が悪いわけじゃありません。

 独立したかった私は、オフィスを共同で使い、机だけ借りるタイプの物件など、いろいろ探しました。

 そんなとき、格安で引っ越しを引き受けてくれた便利屋の人のことを思いだしました。

 紹介してくれた人から、ぶつぶつ独り言言うけど、アホだから気にしなければいいって言われてて、かなり気に障ること言ってくるけど、料金が安いから我慢しました。

 そのアホは、ダンボールを運んでいるとき、こう言いました。


「それからしばらくして彼女は、会社を辞め、なかなか次の仕事が見つからず、貯金が底をつき、俺が面倒を見ることになった」


 彼の妄想の中では、すでに私を雇っているのです。それで、彼のことを調べました。 

 事務所は汚いビルの一階にあります。廊下の向かいに保育所があって多少うるさいけど、中は広くて、共同利用するにはもってこいでした。

 車は軽自動車、雨が降るとテレビが見えないボロアパートに住んでるくせに、頭の中では外車に乗って、最高級タワーマンションに暮らしているんだから、ある意味幸せといえます。


 彼が私を雇うという形なら、賃貸料一円も払わなくてすみます。

 でも、便利屋らあちゃんって名前がどうもなじめません。そこで「便利屋と探偵」に変えていただけないか頼みました。すると、なんと彼のほうから、「ラーチャー&スミスバーニー探偵社」に名前を変えてくれました。別にそこまでしなくてもいいのに。

 最近は自分のことを探偵だと思いこむようになっていますが、あんな人に探偵が務まるわけありません。


 その便利屋探偵に大事件が起きました。

 ゴミ屋敷の片づけが終わった次の日、そこの住人が**(ビープ音)の浦というところに行くと告げたきり、戻ってきません。携帯にかけると、机の引き出しから着信音が聞こえました。彼は携帯を忘れていったのです。

 肝心の地名がよく聞き取れなかったけど、「ノウラ」は間違いなく聞こえましたし、少し前に「の浦」で、私に検索を頼んで来たから、「の浦」は確定です。


 彼は、私がプリントした資料から行き先を選んだはずです。

 十個程度の候補地の中から、彼は壇ノ浦を選んだと見当をつけました。

 壇ノ浦は源平合戦の最後の戦いの場で、平家終焉の地です。

 彼が壇ノ浦を選ぶ理由は、よく独り言で平家物語の話をしているからです。ハイネやゲーテ詩集の話もよくしますが、読んだことはないはずです。平家物語の一節を琵琶法師のように語ることもあるので、実際に読んだことがあり、かなりの関心を持っているはずです。


 現地に行く前に、彼が何の目的で、旅行に出かけたのか調べました。すると、田中産業さんと片づけたゴミ屋敷の住人足立ねね様の行方をつきとめるためだとわかりました。

 足立ねねさんが、壇ノ浦に旅行に行くと言い残すことなど万が一ありませんが、彼の頭がそう解釈することはありうるのです。

 所長は壇ノ浦に行った可能性が高い。そう私は推測しました。

 しばらくしたら戻って来ると甘く考えてましたが、一週間をすぎても一向に音沙汰なし。

 私も探偵の端くれ。のたれ死にされても困るし、これから消えた探偵を捜してきます。


 それほど困難な人捜しではありません。帽子をかぶって、トレンチコート着て、独り言話して、行動もおかしいし、あれだけ目立つターゲットは滅多にあるものではありません。

 素人さんでもすぐに見つかりそうです。プロ中のプロであるこの私が、本気で探すような内容ではないのです。

 普通なら一人で現地に行き、聞き込みをするのですが、休暇をかねて旅行会社のツアーに申し込みました。

 この仕事に就いてから初めての長期休暇です。思い切りエンジョイします。

 こうして観光旅行を兼ねた、女一人旅壇ノ浦人捜しツアーが始まりました。


 出発は夕方です。駅で待っていると、二階建ての観光バスが到着しました。全部で三十人くらい乗っていましたが、バスは最新のものなので、隣との距離が保たれ、ゆったりした空間が魅力です。


 初日はバスの中で睡眠をとります。眠れるかどうか心配です。しかし、気が付くと、大阪に着きました。途中、何度もサービスエリアに寄ったのですが、私は眠り姫のように眠りこけ、目覚めることはありませんでした。、

「眠り姫じゃなくていびき姫だな。せっかくの美人が台無しだ」

 という悪口が後ろから聞こえました。


 大阪で昼食です。バスから降りて、食い道楽の街に繰り出します。

 ほとんどの人が二人以上で来ていて、私のような一人旅の客は他に女性が一人いるだけです。牧野優という名前で、三十歳くらいの小柄な方で、私たちはツアーの間行動を共にすることになります。

彼女はスタントマンの傍ら、ガソリンスタンドでアルバイトをしているそうです。


「大阪初めて?」と聞かれ、

「いえ、何度か」と私は答えました。


 二人で串カツ屋さんに入りました。私はトンカツ系は苦手です。事務所の隣がマスダというトンカツ屋さんで、お隣さんということで安くしてくれたので、よくそこに行きました。同じものばかり食べていると、体のほうが拒否反応を示すようになります。私は揚げ物が嫌いになりました。それでも痩せません。

 大阪の串カツには食べるときのルールがあります。ソースの二度づけが禁止されているのです。もともとカツ類が嫌いなのに、やかましいルールがあって、串カツ屋に入ったことを後悔しました。一緒に行った牧野さんは、食欲旺盛で、常連さんたちも驚いていました。

 それから近くを歩き回りました。牧野さんは、さすがスタントマンだけあって、普段の動きもきびきびしています。

 私は、彼女の前では普通のOLと言っておきました。仕事に差し障りがなくても、探偵ということを明かしたくないのです。


 昼食をすませ、またバスに乗りました。バスは山陽自動車道を進みます。広島で降りました。今夜の宿は広島市内の旅館です。お風呂の後で浴衣を着たまま卓球をしました。牧野さんはスポーツ万能で、私とは勝負になりません。彼女は子供の頃から空手をやっていて、今は黒帯です。私は自分の仕事に役立つかもしれないので、娯楽室の隅のほうで初歩的な技を教わりました。


 翌日、広島市内で昼食のカキ料理をとり、下関に向かいました。

 下関のホテルに着くと、一階のレストランで夕食です。ふぐ料理を期待したのですが、出ませんでした。きっと明日専門店でいただくのでしょう。

 なにしろ、ツアーの名前が、広島カキと下関フグ・山陽の旅ですから。


 レストランで料理を待っている間、窓の外を見ていると、トレンチコートに中折れ帽の男性が歩いているのを目撃しました。

「所長だ!」

 私は、大声をあげて立ち上がりました。ここで遭遇するとは、私の推理もまんざらではありません。

 隣にいた牧野さんが、「どうしたの? 知り合い?」と聞いてきました。

「あのコートの男を追いかけないと」

 私がそう言って外に出ようとすると、彼女も「私も行く」といって、一緒にレストランから出ました。


 ちょうど所長は、ホテルの角を曲がるところでした。私たちも急いで追いかけ、角を曲がると、そこに彼の姿はありません。


「どこへ行ったの?」

 牧野さんは、そう言って周囲を見回しましたが、ホテルの壁と向かい側の工場の高い塀があるだけです。

「あの塀を乗り越えたのかな?」

 私がそう言うと、

「無理、私でも無理」

 彼女はそう言いました。

 ホテルには通用口がありました。どんなに早く動いても、あの時間でドアを開けて中に入ることはできないと思います。それでも念のため、ドアノブを回しました。ドアは中から鍵がかかり、動きません。

 一体、所長はどこに消えたのでしょう。

 私達はレストランに戻り、私は自分が探偵だと明かし、彼女に事情を説明しました。


「ふう~ん、人捜しに下関に来たの? それにしても探している相手が、泊まるホテルの前を通るとはすごい偶然ね」

「もしかして、彼、私がここに泊まることを知ってたんじゃないかな」

「それありえる。だって相手は探偵事務所の所長さんでしょう。そのくらいすぐに調べられるはずよ」

「そ、そうね…」

「それにしても連絡のひとつもよこさないのは変ね」

 彼女は怪しみましたが、所長の記憶力の悪さ、いえ忘却力のすごさを知っている私は、

「電話番号覚えていないんです」などと言い出せませんでした。


「ねえ、これから二人でその人探さない?」

 彼女のほうからそう言ってきたのには驚きました。

「でも、下関といっても広いし」

 プロの探偵なのに、私は乗り気ではありません。

「探すというよりは、正確にはおびき出すんだけど」

「どういう意味?」

 と私が大きな声をあげると、

「しっ! 聞かれてるかもしれない」と注意されました。

 彼女は声を潜めて、

「所長さんがここを通ったのは、あなたの様子を見に来たから。あなたがここを出れば、尾行してくるかもしれない」

「なんで私が疑われるの?」

「あなたを疑っているんじゃなく、あなたが第三者につけねらわれてるから、その第三者が所長のターゲット」

「私が狙われてる?」


 複雑になりすぎです。少し整理しなくちゃ。

 所長は足立ねねさんを探しにここまで来て行方不明。その所長を探しに私が来たのに、その私が何者かに尾けられています。

 しかも、そのことを所長は知っていると、この女性は言っています。


「なんでそんなことわかるの? あなた本当は誰? スタントマンなんて嘘よね」

「ごめんなさい、黙ってて」

 彼女はそう言って、私に一枚の名刺をくれました。そこには、私が以前勤めていた探偵社の名前が印刷されていました。

「本物ね。デザインも私がいたころと同じ。あなたも探偵なの? でも、なぜ?」


「全部話すわ。足立ねねはある犯罪組織の秘密を知ってしまった。自分が狙われていると知った彼女は、家の回りをゴミで囲って、簡単には侵入できなくした。それなのに、母親がゴミを片づけてしまい、防犯効果がなくなった。彼女はあの家にいては危険と判断し、姿をくらました。犯罪組織はゴミを片づけた人物が探偵だと突き止め、あなたが所長のもとへ出向くと考え、あなたをマークした。おそらく所長さんは彼女を見つけだし、事情を聞かされ、組織があなたを張る可能性に気づいた」


 そうかもしれません。外から見ればゴミ屋敷なのに、家の中が綺麗なままなのは、ピッキングなどで中に入れなくするためでしょう。組織を恐れたねねは、旅行に行くといって逃亡。所長が探偵ということを知った彼女は、いざというとき頼りになるかもしれないので行き先を告げたのです。


「でもどうして、あなたがそのことを知っているの?」

「ある人物から頼まれた。それ以上は言えないことくらい、あなたならわかるでしょう」


 依頼人は、ねねの母親、あるいは田中産業なのでしょうか?

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