第6話

 幕が降りた。予想されたブーイングは聞こえない。それどころか、拍手が鳴りやまない。とても劇場とは呼べぬ、場末の粗末な舞台に、もぎりが本職の素人大根役者が即興コントを披露して、ここまで賞賛されるはずがない。これは俺一人に対する拍車だ。だが、三人のプライドを傷つけるのは忍びない。俺は、

「さすが、プロの役者さんは違う。あれだけの短い劇で観客総立ち」

 とお世辞を言っておいた。


魔法使い「場末、粗末、素人、大根、言ってくれるね」

勇者「だけど、すげえ拍手。これカテコ行く?」

少女「そうね」


 三人が横に並んだので、俺も一緒に挨拶することにした。カーテンコールというやつだ。

 幕が上がった。

 出演者一同、手をつないで客席に向かって頭を下げた。


少女「本日はお忙しいなか、魔法使いの森、ご観劇いただきありがとうございました。すこしばかりご挨拶させていただきます。私、普段は入場ゲートで働いています佐川といいます」

魔法使い「いつもは、警備、施設点検などしております斉藤です」

勇者「安村といいます。仕事はいろいろです」


 この流れからいくと、俺も自己紹介することになりそうだ。俺は仕方なく、帽子をとり、胸の前に持ってきて、恭しく一礼した。

「レディースアンジェントルマン。驚く無かれ。実は私、ここのスタッフではありません。何の変哲もないただの廃品回収業者です。ついこの間まで、みなさんと同じように、退屈な日々を唯一の楽しみでありますテレビ観賞ですごしておりました。

 それが忘れもしない2011年7月11日の正午。いつものように早めのランチをとっていたとき、いきなりテレビ画面が砂嵐になったのです。私はアナログ停波について何ひとつ聞かされていませんでした。核戦争でも起きたのかと驚いて、表に飛び出すといつもと変わりません。そこで電気屋を呼んで、故障したから見て欲しいと頼むと、とんだ赤っ恥をかきました」

「長い、長い」と少女が小声で注意したが、笑い声が起きているので、俺は漫談を続けた。


「どうすればいいんだ? と電気屋に聞くと、テレビ買い換えるか、外付けチューナー買うかすればいいと言われました。取引先の中古屋から1000円でチューナーを購入し、それで一安心したのです。ところが数日後、また映らなくなりました。電気屋に聞くと、アンテナレベルが低いから、雨が降ると映らなくなる。数万円で工事できるけど、よかったら見積もりするよ、と言われました。

 古いテレビを使い続けるのに、新品が一台買えてしまう金額を出費するのは、納得がいかず、私はさすらいの地デジ難民として、あてのない旅に出ました。手持ちの金が尽き三日間も何も口にせず、餓死寸前のところをここに拾われたんです。それからはスタッフの一人として、身を粉にして働きました」

「さっきスタッフじゃないって言ったよな」

 勇者が俺の話に突っ込んだ。俺はその言葉で現実に帰った。

「そう、私はここのスタッフではありません。名も無き廃品回収業者。人呼んでさすらいの地デジ難民。してその正体は……」


 観客の熱い視線が俺に集まる。誰もが固唾をのんで、俺の次の言葉を待っている。

 だから、次のセリフを必死で考えた。だが、なかなか浮かんで来ない。


 そのとき少女が、「あんた誰?」と俺に聞いた。

 これから、正体を明かすところというのに、いい年をして空気の読めない女だ。

「それを今から明かすんだろ」

 俺は少女に文句を言った。

「あんたじゃなくて、後ろ」


 彼女の言う後ろとは俺からいうと右横の辺りになる。だから、俺はそちらを見た。

 そこに誰かがいた。黒装束に黒頭巾という演劇の舞台で使う衣装をしていた。いわゆる黒子だ。


 こいつが怪人か。

 みたところ、大柄な男だ。

 俺はそいつの腕をつかんで、後ろに押した。

 ぴくりとも動かない。見かけ以上の体重だ。


「何? どうしたの?」

 怪人登場で長谷川も舞台に来た。


「人をデブ扱いするな」

 黒子は叫んだ。聞いたことのある声だ。

「おまえはもしや……笠松ビルオーナー笠松大五」

「よくおわかりで」


 怪人が頭巾をとると、スキンヘッドが現れた。

 バブル紳士は、金歯を光らせながら、

「ばれては仕方ありませんな。正直に話しましょう。私が怪人です」

「どうして?」

「ほんの出来心といいたいですけど、親父の代からここの遊園地とは深い因縁がございまして」

 彼の父親はここの土地を購入して、ゴルフ場を建設するプランを立てていた。息子の代になって買収を試みるが、資金不足で失敗。多額の借金を背負うことになった。


「あなた、何してるの? 邪魔ですから、舞台から出ていってください」

 長谷川の声で俺は我に返った。


 黒子は、頭巾をとり、顔をあらわにした。輝くばかりのブロンド、ふくよかな丸顔とくっきりとしたえくぼは、皮下脂肪の多さを物語っている。誰あろう。我がアシスタントの響子だった。


「確かに髪染めてるけど、ブロンドじゃなくて茶髪。えくぼが素敵なのは認めるけど、いうほど丸顔でもふくよかでもないし。そんな人物描写より、もっと他に言わないといけないことあるんじゃないの?」


 いつも俺の陰で地道な調査を続けている、日の目を見ない彼女は、黒子の衣装がお似合いだ。普段は派手な化粧と服装をしているが、黒子の格好の今、根っからの裏方気質がオーラのように体の周りに放射している。日陰の女、これからは彼女のことをそう呼ぼう。


「そうじゃなくて。おまえが怪人だったとは驚いた、くらい言いなさいよ」


「何故、あなたが怪人なの?」

 俺の代わりに長谷川が聞いた。


「何故、あなたが怪人なの? その言葉、最初に言うべきだったわよね」

 響子は、俺ではなく長谷川に詰め寄った。

「何が言いたいの?」

「私が怪人の格好で登場しても、あなたはただ邪魔だから出ていけとしか言わなかった。相手が怪人だとは思わなかった。なぜならここに怪人が出るなんて思っていないから。黒子の怪人が出たなんて、ただの作り話。格好を聞かれて、たまたま黒子と答えただけ。それで本物の黒子が出ても、それが怪人だとは思わなかった」


 ?

 ?

 ?


 例によって、まわりくどい表現をするので、観客も出演者も、彼女が何を言っているのか、理解していないようだ。 

 俺ひとりだけは、彼女が何を言いたいのかすぐにわかった。

「つまり、そういうことよ。俺は最初から、彼女が怪人だと見抜いていた。しかし、身内のしたことだから、今までそれを明かすことなく黙っていた。彼女の不始末は上司である俺の不始末でもある。だから、俺自身の手で片をつけさせてもらう。響子、もうじたばたせずに、警察に自首しよう」


「所長がからむとややこしくなるから、黙ってて」


「お客さんもいることだし、最初からわかるように説明して」

 少女が言った。

「そうね」

 響子は客席に向き合った。

「まぎらわしくてごめんなさい。私の職業は黒子ではなく、探偵です。ここの遊園地から、ショーの最中に黒子の怪人が出たので、調査して欲しいと依頼がありました。ところが関係者に聞き込みをしても、怪人についての供述が曖昧で、初めてそのことを知る人もいました。これは何か裏がある。そう思って内情を調べると、ここの経営状況があまりよくなく、警備を減らす方向だとわかりました。

 それに対しスタッフはかなり危機感を持っていました。そこで私は、警備が減らされないよう、スタッフの一部が怪人騒動をでっちあげたと推測しました。もちろん、依頼に来た張本人、ここにいる長谷川さんはその中に含まれます。それで、私が怪人の格好で登場したとき、彼女がどんな反応をするか試したのです」


 観客の反応は鈍かった。彼女の説明が下手で、誰一人として、理解していなかった。だから、俺がわざわざ説明することになった。

「彼女の話をまとめます。怪人騒動はすべて自分がしたことです。動機はほんの出来心からです。もう二度としませんから、見逃してください」


「どうまとめたらそうなるの?」

 響子は俺を睨みつけ、それからすぐ笑顔に変わり、客席を見た。

「怪人騒動はスタッフによる狂言だったのです」


 俺がそうまとめたので、観客は理解した。


「私が言ったのに、あんたがまとめたことにしないでよ」響子は言った。「もう一度わかりやすく私の口から説明します。ここの遊園地は集客力がなくて、経営状態がよくないから、社長がスタッフを減らそうと考えていました。だけど、お客さんがいないくせに、それなりにイベントや遊具が多いから、運営スタッフに手をつけるのは難くて、そこで、毎日たいした事件も起きないから、警備員が対象になりました。それにスタッフの一部が反対して、怪人騒動を起こしました。その理由は、怪人が出れば警備員を減らすわけにはいかないからです」


 わかりやすく説明すると言った、舌の根もかわかないうちに、彼女は部外者にわからないように暗号を使ってきた。俺は暗号解読とスズメバチ駆除のスペシャリストだ。彼女が考え出せる程度の問題ならすぐに解ける。


 すぐに解ける。

 だから、すぐに解ける。

 この状況を察してくれ。


「さすがね。もう暗号を読み解くとは。あなたほど頭のいい探偵に会ったのは初めてよ。あなたが解いた暗号は、ここの遊園地のスタッフが、警備員削減に反対して、怪人騒動を起こしたということ」

「おい、暗号の答えを言っちゃまずいだろう」

 俺は響子に注意した。


 俺はそこにいる関係者達に、探偵事務所所長の俺自身の言葉で、事件のあらましを語ることにした。

 聴衆は固唾をのんで俺を見つめる。

「この事件は端的にいうと、ここの遊園地のスタッフが、警備員削減に反対して、怪人騒動を起こしたということだ」


 俺はまとめただけでなく、観客に詳細を語っていく。

「ただ怪人が出たと騒ぐだけじゃ、経営陣に対して訴求効果がない。警察に届けるわけにいかず、評判を落とさないようにという理由で探偵に調査を依頼することにした。狂言がばれないように切れ者の探偵は避け、可能な限り無能な探偵を選ぶ。そこで廃品回収などと兼業しているうちの事務所を選んだ。さらに所長ではなく、いかにも頭と尻が軽そうなアシスタントを指名した。まさか、その尻軽アシスタントが謎を解き明かすとは思っていなかった。でも、アシスタントを選んだのは悪くないぜ。三日もかかったんだからな。所長の俺ならものの十秒もあれば、事件を解決したはずだ」


 俺がそう説明したのに、響子がわざわざ、同じことを繰り返す。長谷川に向かって自信に満ちた表情で告げた。

「ただ怪人が出ただけでは、インパクトが足りないので、騒動を大きくしようと、あなたがたは考えました。さすがに警察に届けるのはまずいので、評判を落とさないようにという理由をつけて、探偵に調査を依頼します。狂言だと見抜く切れ者探偵は避け、便利屋と兼業のうちの事務所に目をつけました。それも所長よりも、美人という理由だけで採用されていそうなアシスタントのほうがいい。ところが、このアシスタント、美人のうえに頭も切れる。私じゃなく、所長を呼んでいれば、狂言がばれなかったはずです」


「私が先に説明したのに、自分が先に言ったように、順序を逆にしないでよ。それに私、自分のことを美人だなんて言っていません」

 響子はそうクレームをつけた。


 俺に真相を見抜かれ、長谷川は自供を始めた。

「大体あってますけど、所長さんではなく、アシスタントさんを希望したのは、料金が安かったからです。安いほうが優秀っておかしくありません?」

 と、彼女は事件との関与を認めた。


「値段つり上げておかないと、この人に依頼するクライアントが出てくるからです」

 響子が意味不明な説明をした。

 長谷川は心底驚いた表情で、「そんな人、いるんですか?」と聞いた。「妄想独り言スズメバチハンターですよ」

「たしかに妄想はひどいですけど、何を考えているのがわかるので、所長を指名されるクライアントもいます」

「へえ、そうなんですか」と長谷川は納得した。


 だが、俺はまだ納得していない。他にも謎は残っているからた。お化け屋敷の公安刑事消失の件だ。俺はすでに自分で解決していたが、暇つぶしのクイズとして響子に出題してみた。すると、


「あなたが一瞬たりとも目を離さなかった? そんなこと出来るわけないでしょ。相手はあなたの目の前で堂々と出口から出たのに、年がら年中注意力散漫のあなたがそのことに気づかなかっただけです」


 さすがは我が弟子。俺と同じ見解だ。

 観客の一部は、このやりとりをコントと勘違いしたようで、くすくす笑う声がした。


 もうひとつ謎は残っている。

 例の脅迫文だ。だが、イタズラの可能性があり、この場で公表することは憚られる。だから、俺は黙っていた。


「脅迫文は私が書きました。依頼先が遊園地なので来るなといっても来るに決まってるから。脅迫文出しても来るんだから、どうしようもないわね。理由は所長がいると邪魔だからです」

 響子のひとり漫談で、客席からまた笑いが起きた。


 どうやらこれで一件落着のようだ。


 出演者のうちで最年長の少女は、客席に頭を下げた。

「おかしな出し物になってしまって、すいません。とりあえず、これでおしまいです。ご観劇ありがとうございました」

 彼女の言葉に合わせるように、そこで幕が降りていった。



 事件は解決したが、その背景となった人員削減問題はまだ終わっていない。その点については、部外者の観客抜きで、関係者だけで幕引きをはからなければいけない。現在三十三歳だが、人生相談歴五十年。いよいよ俺の出番だ。経営側も従業員側も、どちらも満足できる方法を提案する。


 しかし、そのとき、あることを思い出した。俺は携帯電話を立体迷宮に落としていたのだ。

 代行運転、害虫駆除など、いつ急な仕事が入るかわからない。急いで探し出さなければいけない。しかし、あそこに戻れば、また抜け出ることはできない。

 幸い、財布は失っていない。俺は、風水師からこの財布にお金をいれておくとしらずしらずのうちに増えますよと言われ、大枚五十万円をはたいて買った黄金の長財布から、三十枚の万札をとりだし、よく見えるように上にかかげた。

 そして、こう宣言した。

「俺の携帯を見つけてくれた人には、謝礼として、現金をさしあげよう」


 三十万円という大金を見て、おじけづいたのか、反応はなかった。今の俺にとって、これっぽっちの出費は痛くも痒くもない。そこで、もう一度、

「ほんのささやかだが、携帯電話を見つけた者にはこれを進ぜよう」と提案した。


 今度はさすがに効果があったようで、

「いまどき十円玉三枚で人を雇おうなんてせこいけど、俺、施設点検担当だから、仕事のついでに一緒にさがしてあげるよ」

 と魔法使いが協力を申し出た。


 それから二人で二時間かけて、携帯を見つけだした。響子は先に帰ってしまった。

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