第124話 行商人2

 山岳地帯での商いは、一人一人はそれほど大きくない。

 それに、基本的に彼らは金を持っていない。

 それでも甘利たちが来る理由は彼らが獲る毛皮にある。

 彼らも松原城下まで下っていって自分たちで換金することがあるようだが、重い毛皮を背負ってそこまで行くには、どうしてもかなりの時間がかかるし、結構しんどい。


 何といっても、その間、猟ができないことになってしまう。

 それだったら、多少安く買いたたかれても誰かに頼んだ方が良い。

 それに山岳地帯なので、どうしても採れる農作物が限られている。

 おそらく食べたことがなく、何も知らなければ、欲しいとは思わないであろうが、一度食べて知ってしまえば、二度食べたくなるのが人間だ。


 結果、甘利達が定期的にそうしてものを運んでくれば、又それを買って食べたくなる。

 それ以外にも、今まで見たことがない品物も見せられる。

 確かにあると便利なものだ。

 それだけではなく、山岳地帯では自給自足が原則だから、皆持っているものは基本的に同じだ。

 ところが、甘利達の持ってきた商品は近くのものは誰も持っていない。


 そうした便利な商品を持っているだけで、どことなく優越感を味わうこともできる。

 そういう意味で最たるものは、装飾品であろう。

 実際、女性のために、きれいな装飾品などもいくつか用意してあった。そして、それらは上物、中物、一般と区別されて売られている。

 甘利達もこれ見よがしに、上物の優れているところを立て板に水でまくしたてる。


 実際、好みがあるだろうが、一度こういう色で、こういう文様の方が価値が高いと教えられると、それが欲しくなってしまうようだ。

 そして、皆がそれを信じ、そういうものに価値があると思わせることができれば、後は簡単だ。

 皆がそれを欲しがる。


 妻から要求されると甲斐性を見せたくなるのが男だ。

 それに、そうしたものが価値があると信じこまされるようになると、男たちにも面子がある。

 他人の妻がしており、自分の妻がしていないとなると恥ずかしいと思うようになるようだ。


 それに何といっても、こうした価値観が一回できてしまえば、終わりがない。

 実際、皆が買ってある程度その装飾品が普及しても、それで終わりになるわけではなく、甘利達は、又新しいものを持ってくる。

 そして、これまでとはここが違うという説明を聞くと、また購買力が刺激されてしまうようだ。


 そうした商品が全く手が届かないのであれば、誰も見向きはしないだろうが、彼らの手元には、その商品を買うために金に替えることができる毛皮がある。

 半分いいように騙されている気がしないでもないが、結果、甘利たちに換金してもらうようになる。


 甘利達が来るのは数ケ月に一度という頻度だから、村人たちはかなり熱心に商品を吟味している。

 その商品を買うときに、使うのは、甘利達から前回までに受け取った金か、毛皮だ。

 金は問題ないが、毛皮は町まで運ぶ手間が結構大変なので、その分の送料を値引いて換金するか物々交換される。

 斯様に、貨幣経済は完全に甘利達に依存しているわけだが、それには理由があり、なんでも行商人たちにも縄張りがあり、この村には甘利達しか物を売りに来ないそうだ。


 ただ、滅多にないことだが、行商人と村人の間で問題がおこり、どうしても売買関係を維持できないとなると、行商人の上部組織に連絡し、別のものに替えてもらうこともあるという。

 そうなると、当然外された行商人はそれなりの罰を受けることになるので、自分たちだけしか物を売りに来ないと言ってもあまりひどいこと(派手に毛皮を安く買いたたくこと)などはできない仕組みになっている。


 ここに来るまでに、甘利から受けた説明を思いだしならが、見るともなしに、山岳の人達がものを買う姿を見ていた。

 そしたら、なかなかうまいこと出来ているなと感心するとともに、競争相手がいないが故に回っている体制だとも思った。


 こうして彼らを少し憐れむと同時に、毛皮という武器を使って、元気にモノを買っている彼らの姿がたくましく思えたことも確かだ。

 そして、「こうしたところでも人は生きていけるのだな。こいつらにもこいつらの暮らしがあり、頑張ってこうして生きているのだな。」などといった感想が浮かんできた。

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