第123話 関所2

 松原に行くには、信夫地方で最も北に位置する柿崎か俵を通っていくしかない。

 今回は庭先に近い松崎から松原に入ることにした。

 すでに水穂と三川は同盟国なので、水穂から松崎に入るのは、それほど難しくない。

 問題は松崎から松原だ。


 基本的に山越えとなるが、冬の間は雪のため殆ど通行出来ない。

 そのため、通行可能な春から秋の間だけ関所が設けられるが、こちらは隠岐と比べると検査は、全然大したことはなかった。

 基本的に人の出入りが殆どないようで、関所の役人も暇そうにしていた。


 俺と雅が背負っているのは、空の箱だ。

 関所では荷物改めがあるはずだから、いくら何でも空のままではまずいということで、皆から荷物を少しずつ分けてもらい、荷物を運んでいるふりをする。

 信義と小夜は、甘利との約束通りそれなりの荷物を運んでいる。

 確かに彼らの運ぶ量は、本職の行商人に比べれば少ないかもしれないが、それでもこれだけの荷物をただで運ばせて売れるとなれば、悪い話ではないと思う。


 関所で行われた荷物改めは本当に形だけであった。

 ただ、俺が少し驚いたのがその際に甘利が役人に商品をいくらか賄賂として渡していることだった。

 それも役人たちの慣れた感じを見ていると、とても初めてのことには思えない。

 確かにこんな辺鄙なところで一日中時間つぶしのような仕事をしていると、いろいろ思うところがあるのだろうし、誰も見ていないとなれば罪悪感も減っていくのだろう。


 実際、ここは隠岐と違って普段通行する商人も少ない。

 もしかすると最初は役人が人目がないときに、甘利たちに賄賂を要求してきたのが慣習化されてしまっているのかとも思った。

 甘利にしても、ここを越えられなければせっかく仕入れた商品が無駄になってしまう。

 そんな冒険をするくらいならある程度のものは必要経費として初めから彼らに渡すこととしておいた方が計算が立つので都合が良いのであろう。


 念のため俺も雅も、ある程度の荷物を背負うふりをしたが、確かめられることもなかった。

 それは良かったのだが、面白くなかったのが、行商に見慣れない若い女が2人(雅と小夜)もいたので、役人が面白がって彼女たちのことをいろいろ聞いてきたことだ。

 甘利とはある程度打ち合わせをしておいたが、俺たちは甘利の遠い親戚で、今回見習いとして参加していることになっている。


 当然甘利はそう話すわけだが、役人はよほど普段から暇なのだろう、関心は尽きないようで、彼女たちの近くまでやってきてジロジロ見始めた。

 挙句の果てに雅の肩に手を置いて、「今後とも便宜を図ってやろう。」などと上機嫌で語り掛けているときは、本気で殴りかかってやろうかと思ったが、必死に耐えた。


 よほど腹がたっていたからか、体が震えていたようだが、そのため、役人から「厠か?仕方ないな。早く通れ。」と言われた時は血管が2、3本切れたような気がした。

 しかし、結果早く通れたので良しとしよう。

 関所を過ぎると、雅が俺の傍に寄ってきた。その動作がとても愛おしい。


 しばらく行くと集落が見えてきた。集落の中に入ると、直ぐに甘利達の商売が始まった。

 いつも商売をする場所は決まっているのであろう、迷いなく、広場のようなところに行くと、大声で「磯崎屋!磯崎屋!」と叫び始めた。、

 すると、山岳地帯で生活する者にとって、甘利達のような行商人は、よそ者は触れ合える数少ない機会だからか、直ぐにそれなりの人が集まってきた。


 特に子供にとっては、遠くから来る稀人はそれだけで興味の関心となるようで、俺たちのあとを面白そうについて回ってきた。

 そして甘利達が何か取り出して、並べる毎に眼を輝かせて、「これは何?これは何?」と聞いて来る様は何ともいえず可愛いらしかった。


 そして甘利達に信夫地方のことをいろいろ聞いて来る。

 おそらく外からの情報はこうした行商人から仕入れるしかないのであろう。

 やはり彼らにとって一番知りたいことは信夫地方のことであるようだった。

 これまではかろうじて独立を保っていた信夫地方が、三川の支配下にはいったことは、さすがに彼らも聞き及んでいる。


 知りたいのは、その結果、生活がどう変化したかということらしい。

 ま、これもわからなくはない。今現在国境を接している彼らにしてみれば、いつ三川が攻めてきて支配下に置かれるかわからない。

 こうした山岳地帯に住んでいる庶民にしてみれば、おそらく支配者が誰であるかということよりも、その支配者がどうした統治を行うのか、その結果、自分たちの生活がどうなるのかということだけが関心事なのであろう。

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