第122話 旅立ち2

 行商人の頭の名は、磯崎屋甘利といった。甘利達に話を聞くと、暫くすると松原に商いに行くと言う。

 ちょうどよいので、一緒に連れて行ってくれる様に頼む。

 すると、如何にも面倒事は御免だと言う感じで、断って来る。

 もし俺に何かあったらただでは済まないと思っているのだろう。


 護衛を連れて行くし、俺たちのことは自己責任で、甘利達の責任は一切問わぬと言う念書を書くことを条件に何とか連れて行って貰えることになった。

 それに信義と小夜の2人には荷物を背負わるということも条件となった。

 ただで2人分の荷物が運べるのだから悪い話ではないと思う。そこまでしてやっとだ。

 ここで、ふと藤五郎のことが思い出される。

 おそらく甘利達の反応が普通であって、あまりに簡単に同行を認めた藤五郎の態度が今更ながらに気になるが、それこそ今更だ。


 藤五郎には何かしら思うところがあったのであろうが、俺としては、雅を手にいれることができたことで、良しとする。

 今のところ雅に何の不満もない、夜の相性も最高で、文字通り手放したくない。

 正直、いつまでも触っていたい。

 特にこれから松原に行くわけだが、「もし雅に何かあったら」と思うと、雅を連れていくことは躊躇される。


 松原に同行させる者だが、十蔵はやはりいろいろ準備があるので、残しておくことにした。

 結果、東郷に行った時と同様、信義と小夜を連れて行くことになった。

 雅にそのことを告げると、「自分も一緒に行きたい。」と言ってきた。

 なんでも小さい頃から一通り護身術は学んでいるので、自分の身位は守れると言ってきかない。


 おそらくまだ城での生活になじんでいないこともあり、一人でいたくないのであろう。

 なんかそんなことを思ったら不憫で、思わず連れていくことに同意してしまった。

 小夜もいるし、小夜に雅の護衛を頼めば良いと思っていたことも同意した原因の1つだ。

 それに今回は行商人に紛れていくわけだから、1人や2人増えたところでどうということもないであろう。


 準備らしい準備は特にない。行商人らしい恰好をして、それらしく見せるため、準備してもらった空の箱を背負って出発する。

 水穂領内は馬で行って良かったのだが、どうせ信夫から松原への山越えは歩きになる。

 また、雅に馬に乗るかと聞いてみたら、自分だけという感じであまり積極的ではなかったし、行商人の恰好をして馬に乗るのもおかしな感じなので、最初から歩いていくことにする。


 ところがどうも間が悪いというか、こういう時に限って、母上とばったり会ってしまう。

 母上的には俺が行商人の恰好をして、箱を背負っているのが、とても次期領主のすることには見えなかったようで、俺を見るなり、まるで汚いものでも見るかのように目をそらされてしまった。

 流石にこれには多少参ったが、今さら計画を変更するわけにもいかないので、とりあえず頭を下げて出発する。


 本来の行商人はもともと8名の予定だったが、俺たちを入れて12名になった。

 途中無理をいって庭先に寄ってもらうことする。

 当然その分松原に行くまでの日数は余計にかかることになるので、それは金で清算することにした。

 行商人に扮した俺の姿を見ると、皆びっくりしていたが、その反応はそれはそれでおもしろかった。


 咲はかなり馬を使ったなぎなたの使い方がうまくなっていた。

 信義に「どうだ?」と聞いてみたが、人馬一体とまでは流石にいかないが、今位の状態なら、信義でも勝てるかどうかわからないと答えてきた。

 やはり、馬に間合いの長い武器の組み合わせというのは反則だとつくづく思う。


 雅を連れていたので、ついでだとばかりに、皆に今度正室として迎え入れることになったことを告げる。

 皆喜んでくれたが、静殿に会ったときだけは流石に多少気まずい空気が流れた。

 無理もない。

 形の上では静殿が断ったような形になっているが、実際は俺が断らせるように誘導したわけで、それはもちろん俺が静殿と結婚する気がなかったこを如実に物語っている。


 それが、それから殆ど日も置かずに、雅を嫁に、それも正室として迎えいれると聞けば、やはり面白くないのは仕方がないと思う。

 そこで急に思い出したのが、克二のことだ。

 俺が正室を迎え入れることにしたことを話しておかないといろいろうるさそうだと思ったが、どうせあと1ケ月で正式にお披露目をすることになるのだし、これから松原に行くことを考えると面倒くさくなったので、その時の報告とすることにした。

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