第10章 松原の国
第121話 松原
結婚と領主継承まであと1ケ月と言われ、いろいろやることが山積みだったが、あまりに多すぎてやる気がしないというのが本当のところだった。
仕事とは不思議なもので、ある程度やっているとやるべき自分の分の仕事があるのだが、全くやらないでいるといない者とみなされ、自分がいなくても仕事が回っていく。
今の俺は全くその状態で、いるならいるでやることがあったが、いない間もどうぜ回っていたのだから、とりあえず任させておくことにした。
それに勘定方の荒木算造が思ったよりも良い仕事をしてくれているようで、慎介もかなり信頼をおいて仕事をまかせている感じだ。
そして、報告書が極めて読みやすい。
気になって誰が書いたのか確認してみると、静殿の部下だった河合楓が書いたという。
最初、字がうまいだけという話だったが、こうして報告書として残るものを見ると、字がうまい、文章が読みやすいというのは極めて大事なことだと初めて気が付いた。
ま、とりあえず、うまく行っているようだし、「下手に俺が口出しをすることがないのは良いことだ。」と思うことにする。
そんなことを考えていたが、どうしても松原に行きたくて仕方がなくなってしまった。
幸い、信夫地方には前原との交流は良くも悪くもそれなりあったので、松原に詳しい人は必ずいるはずだ。
庭先攻略の際にいろいろ情報をもらった行商集団なら何かを知っているはずだと思って呼んでいる。
直接彼女たちが交流をしたわけではないが、知り合いに松原と行商をしている者がいるというので、その集団を紹介してもらい城に呼ぶ。
松原の領主は「皇 青龍」というらしい。
すごい名だと思って聞いていると、何でも自分は龍の生まれ変わりだとする皇教の教祖をしているという。
いきなり何を言い出すのかと思い、「はー?」と変な声を出してしまう。
まただ、どうもこのわけのわからない声を出すのは癖になってしまっているようだ。
しかし、「龍? 生まれ変わり? 何だそれは?」としか思えない。
説明している行商人も自分が信じているわけではないのだから、うまく説明することができない。
しかし、松原のかなりの人はそう信じているらしかった。
どういうことかと説明を求めると、もともと松原の領主は少し変わっていたところがあった。
といっても多少信心深い程度であった。
ところが、ある戦で、絶対絶命の危機に陥った時、何でも「お前は龍の生まれ変わりだから、負けるはずがない。」という声が聞こえたという。
その声に従って行動したところ、負け戦で死ぬことすら覚悟していたのが、まさかの大逆転で、敵を敗走させたという。
それ以降、その声に従っていれば連戦連勝で、以来「神の使い」だとか言われるようになったが、自分では頑なに声のとおり、龍の生まれ変わりと信じているという。
戦となれば、いつ死ぬかわからないが、勝ち戦ならその可能性が少なくなる。
勝ち戦が続けば、当然皆自然とそれを信じる様になっていったそうだ。
それに領主が率先して行っている行動だし、領主を敬うことにも繋がる。
結果、最初は信じていなくても出世のために信じているふりをするものまででる有様で、どこまで本気で信じているかわからないが、少なくとも武士階級は皆信じている(ふりはしている)ということだった。
武士の間に浸透すれば、利にさとい商人はすぐそれにならう。
また、商人も戦に負けるということは、国が荒れ、自分たちの生活基盤がなくなることを意味するから当然戦には勝ってもらいたい。
となれば、やはり信じる者も出て来るという話だ。
そこから先の農民も基本的に同じ過程を経て信じていくようになったそうだ。
そんなことをしているうちに、松原では「神国だ。」「自分たちは神に選ばれた民だ。」という考えを持つ者も出てきているという。
何となくわからないではない。
誰でも死ぬのは怖い、結果戦は怖い。
そんな時、頼るべきものができるというのは大変心強いものだ。
特にそれが連戦連勝の神とでもいうべきものなら、俺も信じてみたい。
「ただ、そんなおいしい話はない。」というのが俺の持論だ。
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