第93話 英才教育

 信義から東郷について、話を聞いて以来、ずっと思っていたのが、東郷のような一律の学校教育と信義のような天才肌をぶつけたらどうなるかと言うのがあった。

 確かに戦争は集団戦だ、一人の天才より、十人の凡才だがきちんと集団行動のとれるものの方が役に立つだ。

 実際、信義も10人どころか、3人に囲まれただけで、かなり危なくなるだろう。

それでも人は英雄に憧れ、強いものを望む。


 圧倒的な強さに人は惹かれる。俺はそうだ。

 信義は強い、俺は彼が天才だと思っているが、当然才能だけでここまで彼がこれたわけではない。

 彼の手を見ればわかるが、つぶれたまめの跡がすごい。これだけでも、小さい頃からどれだけ素振りを繰り返してきたかがよくわかる。

 それと、あの独特の相手に踏み込む時の足さばき、これもどれだけの練習をしてきたかわからない。


 そうした練習を小さい頃から、父親と1対1で毎日繰り返されてきたわけだが、これがどれだけ大変だったか、俺にはとても想像がつかない。

 俺が今回信義を連れてきたのは、「学校」というこの東郷の体制で、信義のような天才が、うまれ出るかどうかを確認したかったといっても過言ではない。

 そして、俺が確信したのは、もし信義が東郷で育ち、学校にいっていたら、今の「信義」は間違いなく存在しえなかったということだ。


 そうしたことを考えていたら、俺が東郷の学校教育に関してずっとおぼえていた違和感の正体がわかったような気がした。

 この体制はある意味、皆で同じことをできるようにし、平均値の底上げを図る体制でしかないという点だ。

 つまり、武術などでよくあるように、型をひたすら練習させるということを国規模で行っているだけの話だ。

 だから、そこまではいくが、それ以上のものとなると難しい。


 ただ、当然長所も多い。

 何といっても手本が目の前にあるので、そこにたどりつくまでが早い。

 それに、特に集団行動に特化した教育となっているので、ある程度の能力を持った兵が有能な指揮官のもと一糸乱れぬと言っても良い集団行動をとることが可能で、そこいらの小国が立ち向かっても太刀打ちできないだろう。

 実際、水穂も現状では全く歯が立たないであろう。


 しかし、ここからが肝心だが、「この体制をどう拡大する」という疑問に俺はたどりついた。

 小さいころからこの教育になれたものなら、こんなものかと思っているので、何の問題もなく受け入れられるだろう。だから「体制の維持」は問題ない。

 しかし、戦に勝てば領地が増え、他国の武士を捕虜とすることもあろう、こうして結果的に東郷に併合された国の人間がこの体制に慣れるとはなかなか考えにくい。

 特に今まで武士の家に生まれたというだけで、支配階級にいたものはまず受け入れられないだろう。


 そうなると、一番手っ取り早いのは、大人は殺してしまい、子供だけ学校に送り込み新たな兵の供給源とすることな等と考えていたら、案内役と目があった。

 別に俺の考えていたことがわかるとも思えないが、何となくやましい気持ちになり、そのまま目をそらしてしまったが、変に思われなかっただろうか。

 いや、おそらく説明役は、田舎者がたまたま少々腕の立つ者を連れてきているので、それを自慢し、自尊心を満足させている位の認識だろう。


 実際彼らの真骨頂は集団戦だから、個々の戦いで負けたとしてもあまり気にすることはないだろう。

 そう思って説明役を見ると、どことなく今までと様子が異なる。

 せっかく気前よく自国の制度を説明してくれているところに、それをぶち壊すようなことをしてしまったのだから当然か。

 ここは「失礼した。」と謝るべきかと考えていたら、説明役の方から、「では、引き続き領主との面会を」と言ってきた。


 確かに、領主との面会は申し込んでいたが、まさかいきなり今日とは思っていなかったので、びっくりしてしまった。

 また、何の手土産も用意してきていない。

 俺の悪い癖で、知らない相手とやりあうのはかなり気が引ける、更に先程の話を聞いた後では、領主がどのような人物か全く想像もつかない。

 本当は会いたくないが、領主が会うと言ってくれる以上、それを断るという選択肢はない。


 服装は普段着だったので、これだけが気になったので、「この服装で失礼にあたりませんか?」と聞いてみたところ、世話役からは「特に問題はありません。」という返事をもらったので、そのまま領主との謁見に向かうこととした。

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