第94話 領主

 そのまま、城に案内される。世話役はそこで、「拙者はここでと。」言われ、別れる。

 とりあえず、いろいろ世話になったので、頭を下げておく。

 東郷も大国なので、面会には三川の時の様に、いろいろ面倒くさい取り次ぎ等があるのかと思っていたが、それほどでもなかった。


 直ぐに謁見の間に通された。

 すると、これまた直ぐに領主が来ると言うので、頭を下げて待つ。

 「領主、峯藤琢磨様のおなり。」と言われて前を見ると、そこにいたのは、これまで俺たちをさんざん案内してくれた世話役だった。


 俺が、何が何だかわからないという顔をしていると、いままで世話役だと思っていた領主から、「国外からそれなりの客が来ると、大体いつも身分を隠し、余が案内しているのだ。」と言われた。

 「何故、その様なことを?」と聞く前に、「我が国のことを紹介した時の客の反応が面白いからに決まっておろう。」と本当に楽しそうに笑われてしまった。

 それから、急に俺の方を向いて、「克二殿からいろいろ話は聞いていたが、茜殿は実に興味深い。」と言われた。


 何でも、これまで東郷を訪問する客はいくつかに分類分けができるそうだ。

 1つは説明の途中で怒り出してしまう者。

 これは国の中で身分が高ければ高いほどそうなる傾向があったそうだ。

 ま、当然だろう。自分は生まれながらに高い身分だと思って、それだけを誇りに暮らしてきたのが、ここではそれがいきなり全否定されてしまうわけだから、怒り出すのもわからないではない。

 なぜ武士はいま武士でいられるかというと、親が武士だったからという理由以外知らない者に、いきなりそれを否定するようなことを言っても受け入れられないだろう。


 もう1つは逆に、東郷の国をべた褒めしてくる者も結構いるそうだ。

 これはさっきとは逆で、身分が低い者にその傾向がみられるそうだ。

 これもわかりやすい話だ。

 東郷に派遣される位なのだから、それなりに有能なのだろう。

 ところが親の身分が低いというだけで、冷や飯を食われているとなれば、そういう感情を持つのも理解できる。


 俺は何も言わなかったが、東郷を見て、べた褒めをして帰った者がうまく国でやっていけるのかが心配になった。

 そいつが馬鹿者なら、国に帰っても、東郷のことをべた褒めするだろう。

 結果どのような目に合うかは想像に難くない。

 しかし、ある程度頭の回る者ならどうする。

 出奔するという手もある。おそらくこの領主なら、喜んでそうした者も受け入れるだろう。

 もしかすると、そこまで見込んであらかじめ自分で案内をしているのかもしれないと思った。

 確かにそれなら、気前よく自国の良いところを積極的に訴えてくるわけだ。


 そんなことを考えていると、領主は「茜殿はどちらとも違った。」と言ってきた。

 それを聞いて、「俺は確かに領主の息子でそれなりの地位となるだろうが、困惑していただけで、確かに怒りだしはしなかったな。」等と考えていた。

 そしたら、「我が国の体制を確かめようとしたのは初めてだ。」と言われた。

 どうも最初意味が良くわからなかったが、どうやら信義をけしかけたことを言っているらしい。


 俺としては、ただ単に天才肌の信義がどこまで通用するか見たかっただけなのだが、どうも東郷(の教育)という体制そのものを確認するためにあのような行為をしたと思われたらしかった。

 「別に、そのような深い意図があったわけではありません。」と否定するが、何の意味もないことは俺が一番よくわかっている。


 気まずい雰囲気になりかけたが、領主の方から話題を変えてくれた。

 「茜殿は実際に我が国の学校生活を体験してみたいということだったが、期間はどのくらいを希望するのだ?」と聞かれた。

 この後、隠岐や松原にも行ってみたいので、とりあえず1ケ月と答える。

 それを聞いて領主はまた何か言いたそうであったが、「そうか」と応じてくれた。

 ただ、かなり真剣な顔で、続けて「必ず後で、学校の感想を聞かせてくれまいか?」と言われたのが少し気に掛かった。

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