第92話 東郷5

 いろいろ説明を聞いたが、やはり実際どのようにやっているか見ないと話にならない。

 そこでまずは授業風景を見せてもらうことにしたが、はっきり言って異様だった。

 俺の知っている学校は三川だけだが、水穂にも似たようなところはある。ただ、どちらにしてもそこに学びに来るのは武士の子弟だから、数はある程度限定される。


 ところが、東郷では基本的にすべての領民の子となるので、何と言っても数が異様に多い。

 なおかつ、それが皆、似たような服装で、板の間に座って授業を聞いている。

 俺は、本気で、軽い目眩を覚えた。

 一緒に回ってくれた説明役の話では、基本的に歳で分けるが、それだけではあまりに人数が多くので、更に五十人くらいの組を作って、その下に十人の班を作っているとのことであった。


 確かによくみると、五十人ごとに教師がいるようであるが、基本的に何もない部屋に、数百名の生徒がところ狭しと一斉に座って、それぞれが、自分の担当である数名しかいない教師のいう事をひたすら聞ている様はなんとも言えなかった。


 「武」の授業も異様だった。

 基本的に五十人がひたすら同じ動きの反復練習を行っている。

 定期的に月1くらいで、定期的試合を開催し、誰が強いか確かめるので、その前には実践形式で授業を行うということだった。

 しかし、それ以外の時はひたすら、同じ型の素振りだけをしているという。


 農業の授業もあるというので見せてもらったが、ある意味予想通りだった。

 基本的に「武」の授業と同じで、ひらすら鍬で田を耕す反復動作をしていた。

 確かにこれを経験すれば、皆同じ動作で田や畑を耕すはずだと改めて思った。

 そして、こうした動作は確かに効率は良いだろう。

 皆同じ様に耕すことができるように教育されるわけだから、最低限度のことはできるようになるだろう。これはこれで合理的だ。


 どうしても俺はこのあまりに合理的な体制に思うところがあったので、世話役に「この組で一番強いものはだれですか?」と聞いてみた。

 すると、教師と思しき者と話をした後で、「あの者です。」と一人の青年を指さした。

 そこで、「突然で大変申し訳ありませんが、我が国の者と手合わせできませんか?」と聞いてみた。

 世話役はいきなりでかなり面食らった様子だったが、また教師と話をしてから「受けるそうです。」と言ってきた。


 「信義」と声を掛けると、彼自身もこの時のために十蔵ではなく、自分が選ばれたのかと思いいたったようで、「はい!」と気持ちよい声をだすと、いつでも準備はできているという感じで、前に歩みでた。

 まわりで授業を受けていた者も、これから何かがはじまるということを察した様で、ぞろぞろ集まってきた。

 確かに毎日素振りばかりさせられているところに、普段とは違う「見世物」が始まるとなれば、誰もが喜んで見に来るはずだ。


 「さて、審判は誰になるのか。」などと考えていたら、世話役が真ん中に進みでた。どうも彼が審判もするようだ。

 「ただの世話役が・・・」と違和感を覚えたが、東郷の国に来てから、俺の常識では計り知れないことを多々見てきたので、そんなものかと思うことにした。


 試合はある意味俺の予想通りだった。

 東郷の国に来てから散々度肝を抜かれることが起こっているので、これが外れたらどうしようかと本気で思っていたが、これはあたったので、一安心というところだ。

 一言でいうと信義の圧勝だった。

 確かに指名された青年の剣はするどかった。ただ、信義は更に速かった。

 一本目は、相手が信義の面を振り切る前に、相手の喉の先に信義の剣が置かれていた。


 二本目は、相手の胴払いを木刀で受けると、そのまま相手の相手の首を切る動作を見せて寸前で止まった。

 三本目は既に相手は勝てないと思ったようで、そのまま棄権した。

 教師らしき人が、「他に誰か?」と聞いて1人が前に出てきた。


 ただ、これも前と同じように信義に良いように遊ばれてしまったという感じだ。その後教師が再度、呼びかけるが、今後は誰も前に出てこない。

 俺が嫌という程、身をもって経験した信義の剣の速さが東郷の教育を寄せ付けなかったことを実感した瞬間だった。

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