第85話 同盟
信前が落ちた時、風見はいち早く信中に引き上げていた。
しかし、信中が降伏を決めた時は、流石にここまでと覚悟を決めたのか、単騎で三川兵の大軍に突っ込み、少なからぬ者を道連れに壮絶な最期を遂げたらしい。
まさに、窮鼠猫を噛むというやつだ。
当たり前だが、誰も死にたくない。
特に勝ちが決まった戦ではそうだ。
勝った後には、これから楽しい敵からの財産のぶんどり合戦が始まるというのに、死んでしまえば何も手に入らない。
片や、風見には最早守るべきものは何もなく、そんな男が身1つで突っ込んで来るわけだから、覚悟が違いすぎる。
接近戦では風見に歯が立たないであろうが、当然三川兵も馬鹿ではない。
遠くから、弓を射たり、長槍による中距離攻撃で、風見は壮絶な最期を迎えたらしい。
俺は信夫平定が終わると、慎介を連れて、そのまま信中に向かった。
理由は、三川と話し合って、正式に領地を確定しなければならないからだ。
本当は、十蔵を連れて行きたかったのだが、俺にこれ以上好き勝手やられたらたまらないと思った家臣達から「お目付け役」として、慎介を押し付けられたというわけだ。
克二は、信中城に陣取っていたが、かなり上機嫌だった。
彼の気持ちも分からなくはない。やっと北の憂いがなくなったのだ。
父親が出来なかったことを、自分が成し遂げたという思いもあったであろう。
俺はこれ幸いとばかりに、棚上げになっている同盟の話を出してみた。
すると、克二は二つ返事で、これに同意してくれた。
ただ、内心「ま、当然だろう。」という思いもある。今回、信夫平定がなし得たのは、水穂の影響が大きい。
「これだけ役に立つのなら。」と考えるのが、普通だろう。
更に上機嫌な克二は、今回俺たちが落とした信前・夫前のほかに、柿崎と俵もくれるという。
俺は、今回の戦で、もう少し、領地を増やせるかという思いがあったので、喜んで受けようとすると、慎介が俺の背中をつついてきた。
それで、かろうじて正気に戻った俺は、「先の約定通り、信前、夫前の二国だけで充分です。」と答えることが出来た。
克二が何とも言えない顔をしている。「引っかからなかったか。」というところだろうか。
正直、まだまだ小国である水穂にとって、更に二国増えるのは魅力的だ。
しかし信夫地方の北の2国をもらうということは、その先にある北の大国、松原と国境を接することになる。
確かに三川とは同盟を結ぶことができた。
しかし、当然戦争となれば、国境を接するところが一番大きな責任を持つことになる。
同盟は、あくまで他国が戦っている時に援軍を出すという形でしかない。
もし、今回、我々が松原と国境を接するようなことになれば、あの大国に対抗して北の守りを水穂が行うという大変理不尽な話(三川にとっては大変おいしい話)になってしまう。
それに、松原は全く南に興味がないわけではなく、実際、柿崎と俵に攻め込んだことがある。
しかし、本気で制圧する気があったわけではないようで、いわゆる嫌がらせのようなことをして、兵を引いている。
理由は、山岳地帯の信夫地方に本気で侵攻する不利を知っているからである。
それに、松原程の大国となると、何も無理をしてそんな山岳地帯を併合する必要もない。
どちらかというと、三川との緩衝地帯として、そのまま残っていてもらいたいくらいというのが本音だ。
かといって、何もしないと、他国と交戦しているときに、攻め込まれる可能性がないとも言えない。
小国とは同盟を結ぶ価値がないと思っているのは、三川も松原も同じだ。
だったら、ある程度痛めつけておいて、逆らう気をなくしておこうという感じだった。
三川と松原の違いは、一言でいえば、同じ信夫地方とはいえ、北の方が人口が少なく雪も多いことから戦略的価値が低かったが故に、松原は本気で信夫地方を攻めなかったということだろう。
それに対し、三川の北は山岳地帯とは言っても盆地など農作業が可能な地域があり、そこではそれなりに無視できない人口を持っていたことが、信夫攻略を決断させた原因だった。
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