第84話 調略2

 裏切りの効果は大きかった。

 本来であれば、それが俺たち水穂に向けられた奇襲となるはずが、風見に不意打ちの形でくるわけだから、一たまりもない。

 それに秋山風見の軍は所詮は100名たらずの少数だ。

 そこに大体同数の味方と思っていた兵が飛びかかってきたのだから、どうしようもない。


 陣はずたずたにされ、見る見るうちに打ち取られていく。

 後は砦まで逃げ帰るしかないわけだが、何名生き残れるかという状態だ。

 俺たちが砦の前にたどり着くと、既に砦の門は開け放たれていた。

 未だに上からは弓矢で攻撃してくる者もいるが、砦に入ってしまえば、どうということはない。

 一気に砦を落とすことに成功する。


 裏切った信前の武将が俺を探してやってくる。

 当然、「よくやってくれた。」と形だけは、満面の笑みで褒めたたえる。そして「戦功一番」とおだててやることも忘れない。

 内心「今回だけだ。」という思いが広がる。

 他人を裏切る者は俺のことも容易に裏切るだろう。

 ただ、使えるのであれば、これからも使ってやる。しかし、使えなければ、理由をつけて減俸すれば良いだけだから、今いくら俸禄を増やしたとしても痛くも痒くない。俺はその者の喜ぶ顔を見ながら、そんなことを考えていた。


 信前が武将の裏切りで落城したという知らせは、信中城では、衝撃をもって受け止められた。

 信夫地方は言ってみれば、互いに兵を融通しあう程の鉄則の同盟をもってこれまで独立を保ってきた国々であるから、その衝撃は言うまでもない。

 ただ、一回裏切りが起これば、人は容易に疑心暗鬼に陥る。

 実際、信中にも裏切る予定の者はいるわけだが、本来は武将の数にしてみればたった1人だ。


 今回は秋山が下手に策を講じて、前線に出てきたからうまくいったのであって、籠城戦であれば武将1人位裏切ったとしても、よほどうまくやらない限りあまり影響がない。

 見張りは当然複数で行われているし、敵兵が近づいてきたときは、それこそ砦総がかりで防衛をするので、そこで裏切ってもすぐに袋叩きにされてお仕舞になるだけだ。


 だから、本来籠城戦をしている以上、どっしり構えていればよかったのであるが、それができれば苦労はしない。

 隣の国は裏切りで落ち、今三川から20000という兵力が攻め込んできている。

 となれば、いつ更なる裏切りが出てもおかしくないと考えるのが当然だ。

 誰もがそう思う、逆に先に裏切った方があとあと有利なのではないかとすら思えてくる。

 ここまでくれば、三川勢も楽だ。

 ほおっておいても、寝返りたいという連絡が来るようになる。


 俺たちはそのまま信中に向かって、三川の援護を行っても良かったのだが、信夫地方の全勢力が信中に出払っているので、北に向かって夫前を落とすこととした。

 留守部隊しかいないはずだから、落とすのはそんなに難しくないはずだ。

 何といっても、落とした国は自分のものとなる以上、落とせる国は今のうち1国でも多く落としておきたい。


 俺たちが夫前を落としたとき、信中が落ちたとの連絡が入った。

 同時に入った報告によると、信中に残っていた信夫地方の残存兵力はそのまま降伏したとのことであった。

 結果、信夫地方にはもはや戦える兵力は残っておらず、ここに、三川による信夫平定という悲願が一挙に達せられることになった。


 普段ならここで、大喜びするところなのだろうが、俺は少し機嫌が悪くなった。

 理由は言うまでもない。

 今回の戦で2国しか落とせなかったからだ。

 「もう少し、信中が頑張ってくれれば、夫中くらいまでは落とせてものを、いやあわよくば・・・」などと考えるが、既に終わってしまったものはどうしようもない。


 そして、「今回の戦が始まる前は、如何に信中を落とすかを必死で考えていたのに、終わってみれば、もっと長くもっていてほしかったと思っているとは」と考えるとおかしくてたまらなくなった。

 何にしろこれで、少なくとも旧信夫4ケ国は水穂のものだ。

 「これでやっとまともな戦ができるような兵力が確保できるか、」俺はそんなことを考えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る