第86話 論功2

 水穂に戻って、今回の論功行賞に参加する。

 出席者は、相変わらず父親と俺と、筆頭家老板倉泰然、次席家老伊藤上総、若家老片桐慎介の計5人だ。

 勝戦の後の論功行賞程、楽しいものはない。

 特に、今回は、水穂本国の兵も、かなり頑張ったので、誰もが、加増される可能性が高いと思っている様で、皆かなりそわそわしている。


 ただ、そうは言っても、土地が無尽蔵にあるわけではないし、今回は信前、夫前の兵も前回程大量に戦死したわけではないので、いろいろ難しい調整がある。

 それに、会議に出ている者は、皆、自分の子飼いの武将を優遇したくて仕方がない。

 そこは駆け引きで、こいつを優遇したのだから、今度はそっちが譲ってくれという感じのことが平気で起こる。


 ま、駆け引きで済むなら、大して問題はない。

 論功行賞は難しく、家臣同士が妬みから、いがみ合った結果、国がおかしくなってしまったところもあると聞いている。

 ただ、今回、俺の関心はあまり、そこにはなかった。

 実は俺のことを、そして父親のことを考えていた。


 というのは、実際、父親は今回も戦に参加していないこともあり、あまり自分の意見を述べない。

 かといって、だからこそ俺が好き勝手出来るかというと、あくまで俺は領主の息子という立場でしかないので、家臣たちに無理を言うこともできない。

 今回も策が成功したから、何となくこの場にいるが、もし負けたとなれば、どうなっていたかわからない。


 父親はおそらくさっさと隠居でもして、楽をしたいのだろう。

 俺が、父親の代理として、戦をできるとわかると、実際自分では全く戦にも参加しなくなったわけだから、そう考えるのが妥当だろう。

 おそらく、和歌でもつくって、のんびりと暮らせればよいとでも思っているのであろう。

 だから、いま直ぐにでも俺が跡を継ぐといえば、俺は領主になれるだろう。

 それにここのところ、連戦連勝で家臣にも反対意見はないだろう。

 上総は内心どう思っているかわからないが・・・。


 ただ、俺は領主になる前に他国を見ておきたい。

 何といっても水穂はまだまだ小国だ。東の三川、東郷の足元にも及ばない。

 更に信夫が平定されたので、今度は、北の松原も考えなくてはならない。

 それに三川は今度北の憂いがなくなったので、本気で西への侵攻を図るだろう。

 そうなると、西の大国隠岐と正面からぶつかることになるだろう。


 時期は次の刈り入れの終わった頃か、同盟国である三川も間違いなく、その戦には参加しなくてならない。

 隠岐は特に商業の栄えた国と聞いているから、是非とも見てみたいと思っている。

 特に三川との全面戦争となれば、どちらもただではすまいだろうから、できればその前に見ておきたい。


 また、東郷の国もこの機会にしっかり見ておきたい。

 理由は簡単で、三川の同盟国なので、今ならそれなりの便宜を払ってくれるからだろうと期待しているからだ。

 できれば、松原も見ておきたいが、多分そこまでの時間はないだろう。


 そんなことを考えていたら、思わず苦笑してしまった。

 というのは、俺は十蔵から、「敵を知り、己を知れば百戦するもあらうからず」と教えられてき、確かにその通りだったため、今では逆に敵を知らないと怖くて仕方がないのかもしれないと思ったからだ。

 まさに長所は短所になりうるという典型のような話だと考えた。


 「それでもかまわない、俺は今までこうして、勝ってきたのだから、これからもそうする。」気が付くと、小さく独り言を言っていたようである。

 誰にも聞こえなかったと思うが、聞かれていたとしたら、かなり恥ずかしい科白だ。

 それに父親には既に秋の段階で1年の猶予をもらっている。

 それが既に春になろうとしているのに、俺は未だに水穂にいるままだ。

 このままだと、ずるずると1年が過ぎてしまうだろう。


 そして、秋になるとまた戦に駆り出されるのは目に見えていた。

 そんなことを思っていたら、俺は、論功行賞が終わり、家老たちが席を外すや否や、父親に「外の世界を見たい、今年の秋までには帰ってくる。」と訴えていた。

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