第79話 練兵
どうして、そんなことを考えているというと、三川で鷹狩りの際にみた秋山風見と、青柳新右衛門の陣の展開があまりに見事だったからである。
秋山風見の陣に切り込んだ時は、何も考えずに後ろから中央突破をしただけだったが、これからあんな手が通用する機会なぞないと思って良いだろう。
どうしても、正面からやりあわなくてはならない訳だが、どう考えても、水穂、三川、信夫の寄せ集めの我が軍に彼らと同じことが出来るとは思えない。
ただでさえ、兵力で劣る我が軍が 技術でも負けるとなれば、勝てる要素が見つからない。
何としても、兵の連携を強めなければならないが、はっきり言ってまったくどうしたら良いかわからない。
頭にあるのは、秋山家の見事な動きなので、信義を呼んで秋山家ゆかりの者で、だれか練兵が出来る者がいないか聞く。
すると、赤井琢磨という名を挙げて来る。
何でも秋山家には練兵を行う専門の家(赤井家)があり、琢磨は傍系ながら、その流れを汲む者らしい。
早速呼んで話を聞いて見ようとするが、簡単に断られてしまった。
どうやら気位が高いらしく、今まで三川で練兵をやっていた自分が、何故こんな弱兵をという気持ちかららしい。
確かに、わからない話でもない。
しかし、既に琢磨自身も落ちぶれた身だし、こちらもどうにかしなければならないので、粘っていると、「だったらそれなりの成果を見せて下さい。」という。
「具体的に何をすれば良いのか?」と聞くと、兵を横一列に並んで、隊を乱さずに陣を前に進めることができれば、練兵を引き受けてくれるといいう。
早速、兵を並ばせ、前進の号令をかける。
並んでいる時は、それなりに様になっていたが、動き出した途端に、それは見るも無惨なものとなった。
それぞれの兵の歩く速さが異なる。
どうにかして隣の者には合わせようとするが、少し離れた者となると、どうしようもない。
結果、蛇がのたうった様に、ぐにゃぐにゃとした前進となる。
琢磨は予想通りという顔をしている。
どうしても兵の動く速さが違うからこうなってしまう訳だが、皆、それなりに練兵はして来ているはずだ。
それでも速度が異なる原因は考えるまでもない、各国で訓練されて来ている進軍の速さが異なるからだ。
一番速いのが三川で遅いのが水穂だ。
これだけでも、如何に三川がきちんと練兵をしているかわかる。
信夫もそんなに速い訳ではないが、そこはやはり慣れた地の利というところだろう。
だったら出身国ごとに3つに分けてということも考えだが、そうなると今後は更に進軍速度の違いが表に出すぎて、出身国ごとの境目が分断されてしまう状態だ。
それにこれからも兵を増やしていかなければならない以上、旧出身国どうしだけでまとまるのは望ましくない。
何としても、混成のままで進軍速度を合わせるしかない。
どうしたものかと思っていると、唐の国の本に太鼓を使って、進軍速度を合わせるというのがあったのを思い出した。
太鼓の音に合わせて、足を出させてみればどうなるかとふと思った。
早速やって見る。
太鼓の音に合わせて、足を右、左と交互に前に出していく。
まるで、初めてよちよち歩きをした子供と同じだ。
ただ、確かに速度は遅いが、さっきまでの、のたうちまわる蛇とは全然異なっている。
ゆっくりだが、皆が同じ速度で前に進んでいるのがわかる。
それでも、どうしても中には、遅い者がいるので、それは位置を交換したりして、少しづつ調整していく。
何度か繰り返すうちに、速度もそれなりに上がってきており、何とか様になっている。
それを見ている琢磨の様子が変わってきた。
最初はあまり関心がなさそうであったが、そのうち食い入るように見つめはじめると、小声で「そこだ。」とか「それ。」とか言っていいだした。
そして、仕舞には、いきなり大声で「違う。」と叫んだかと思うと、続けて「ひもを用意しろ。」と言い出し、ひもを皆に持たせた。
そして、「それをもってさっきと同じように行進をしろ」という。
確かにひもを持っていると、自分が前に出過ぎているか、後ろに下がりすぎているかが良くわかる。
ある程度、太鼓を打つ速さをあげても、これなら何とかなりそうだった。
琢磨が何がばつの悪そうな顔をして、こちらを見てくる。
しかし、直ぐに正面を向くと、先にいろいろ指揮をしだした。
冬の間、練兵をすれば春の合戦までにはマシになるかな、ふとそんな期待を抱かせてくれる光景であった。
これで、最大の問題は何とか成りそうなので、俺は別の大事なことに取りかかることにした。
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