第62話 信義

 一回宿に戻って、十蔵に「水穂が単独で信夫地方を攻略しなければならなくなった。」と伝えたら、本気で「あなたはいつも何を勝手にやっているのですか。」という感じで睨み返された。

 しかし、経過を説明すると、十蔵もわかってくれ、「確かにそれなら仕方ありませんね。」と最後には言ってくれた。


 俺が望んでいたとおり対等な関係で同盟が結べないとすれば、三川軍の駐留とかいろいろ条件がつくのは目に見えている。

 そうなれば、いつその軍の力で属国に引き戻されてしまうかわからない。

 だったら同盟など結ばなければ良いだけだが、そうなれば三川との戦争を覚悟しなければならないわけで、それこそ、そのまま国が滅んでもおかしくない。

 結局選択肢は、力を示して対等な関係に持ちこむか、形を変えてこれまで通り属国になるかの2つしかなかったわけで、当然選ぶのは前者だ。


 十蔵への報告が終わると、加藤家に信義を訪ねる。

 尋ねてみてびっくりした。加藤家の門は太い竹で大きく十字に打ち付けられており、自由に訪問できる状態ではなかった。

 ただ、既に連絡はいっていたようで、俺が名前を告げると、脇からこっそりと入れてくれた。

 中に入ると、使用人が暗い顔で俺を出迎えてくれた。


 家の中は全ての戸が閉め切られた状態で、昼間だというのにかなり暗く、使用人の顔と相まって、余計にこの家の悲壮感を増している感じがした。

 案内されて中に入ると、信義は家の中の道場で1人で正座をしていた。

 ここも閉め切られていたが、かすかにもれる入る太陽の光の中に1人座っている信義の姿には特に悲壮感というものは感じられず、どこか神々しささえ感じさせるものがあった。

 ただ、その通常とは異なる感じが、無理をしているという印象を俺に与えたのは否めなかった。 


 俺の顔を見ると、向こうから「やあ。」と声を掛けてきた。

 ある意味、俺たちの軍が彼の父親を殺した一翼を担っていたわけで、その息子にどう話しかけたら良いかすらわからなかったが、信義の顔を見ると、「久しぶりにどうだ。」と木刀を握って渡していた。

 最初彼の顔を見ると、何を話したら良いかわからなかったが、近づくと不思議とこれしかないという感じで自然に声をかけることができた。


 信義は、いろいろあって心乱れているかと思ったが正直、相変わらず、強い。

 既に俺の手の内は殆ど知られてしまっているので、奇襲すら通用しない状態だ。

 正直、「これでもか。」というくらい徹底的に負けてしまったわけだが、負けっぷりもここまで見事だと腹も立たない。


 一息いれたところで、信義に「俺と来るか。」と声を掛けると、どこかふっきれた感じで信義が「ああ。」と応えてくれた。

 ただ、正直水穂に来たとしても、所詮は新参者だし、それに今まで水穂に「ひどいことをしてきた」旧三川兵となれば、かなりひどい取り扱いとなるであろう。

 当然それは信義もわかっていると思うし、俺の表情からも感じるとるものがあったようだ。 


 この数日で、彼には本当にいろいろなことがあったのだろう。

 おそらくはそれと比べればまだマシという発想がなかったとは思わないが、既に現当主が決めたことを「反逆者」の子弟がはねつけることなどできるはずもないのは明らかだった。

 当初、勝一や北の方だけのことを考えていたが、俺のしたことが与えた影響の大きさに改めて思いを至らせていた。


 確かに最初に、俺が始めたことなのは間違いないのだが、信夫攻略や信義たちの処遇など、一度動きだしてしまったものの大きさ、影響力は途方もないものがあると思った。

 まさに雪の上から小さな塊を落としただけでも、時にはそれが坂道を転がっていく段階で、どんどん大きくなっていき、凄まじい災害を引き起こすことがある。

 たとえが適当かどうかわからないが、俺が昔聞いた与太話が思いだされた。


 ただ、直ぐに何にしろ今は信夫攻略だとすぐに気持ちを切り替えた。

 そのためには敵を知ることがまず第一、受け入れる三川兵を知り、味方を知ることも大事、そんなことを考えながら十蔵の待つ宿に向かった。

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